研究室訪問

統計を経済、政治の第一線で生かしたい

 「統計上の一喜一憂を排し長いすう勢の中で本来の姿を見きわめたい」「データを入れれば経済予測ができるようなマシンをつくりたい」「異分野の方々と共同研究に取り組み1+1=2以上のものをつかみたい。統計はその中心になりうる学問」。大学では経済、大学院は理工学と文系理系双方を経験している佐藤さんの研究は「統計を通じ世の中のお役に立ちたい」という姿勢に貫かれている。

プログラムをWeb上に公開し、経済専門誌に掲載される

 高校生のころから数学は好きだった。学部時代、統計数理研究所にアルバイトとして出入りし、コンピューターのプログラムを書いた。最先端の大型コンピューターを動かして「非常に興奮」し、それが統計の道へ進むきっかけになったという。

顔写真

佐藤 整尚
データ科学研究系
計算機統計グループ准教授

 大学院博士課程の時に研究所の公募に応じ、1995年(平成7年)に入所した。最初にやったのが、北川源四郎所長が開発したDecompという、データのトレンド推定や季節調整法のプログラムをWeb上に公開し、だれでも簡単に使えるようにしたこと。自分でDecompを使ったところ便利だったので、自分だけではもったいないと、工夫してWebに乗せた。

 これは口コミで広がり、経済専門誌にも掲載された。いまもシンクタンクなど経済の実務に携わっている方が定期的に使っている。WebDecompを通じて利用者から意見が寄せられ、新たな共同研究につながったケースもあるという。

 現在、取り組んでいるのは、GDPの数字をより実態に近い形で見る研究である。低成長時代は、四半期ごとに発表される0.1%とか−0.1%という小さい数字の成長率を4倍の年換算にして見る方法には無理がある。もともと四半期ごとの数字の中に推定値による誤差があり、その誤差が年換算の数字全体に大きく影響してしまう。

 「四半期ごとの数字に基づいて、経済が上がった下がったと一喜一憂するのは、実はノイズ(誤差)に踊らされているだけかもしれない。四半期の4倍より半年前の2倍とか、前期よりも2期ぐらい前のトレンドから今期を見る方がまろやかになっています」。発表される数字に対し正しい見方をすれば、経済の本来の姿を見ることができるという。その見方の研究をし、社会一般へ広く提案しようとしている。

異分野の方と共同研究に向かいたい。統計はその中心になりうる学問。

高頻度データからノイズを除去する分離情報最尤法

 もう1つの研究は、株取引など1日に何万回と記録される高頻度データの中からノイズを除去する「分離情報最尤法」である。高頻度データにはどうしてもノイズが入り、そのままのデータで1日の中の変動ぐあい、バラツキぐあいを分析すると、実際にはありえない数字が出てきてしまう。このため、元データに対してある変換を行うことによって、ノイズの部分と本来の株価情報とを区分けし、本来のデータのみを取り出すものである。東大経済学部の国友直人教授との共同研究で、すでに論文も発表している。

 「簡単な、新しい方法を提案しています。将来的にかなり期待できる方法で、潜在的な可能性を持ち、金融情報だけでなく、ほかの分野でも幅広く使える。いままで得られなかった情報を手にすることができると思います」

 共同研究を重視しており、自身の研究の多くも共同研究だ。研究所が東京都港区から立川市へ移転し、研究室が広くなり、会議室等施設も充実し、共同研究にはより都合がよくなったという。学部時代から長く指導を受けている国友東大教授も、佐藤さんの部屋を訪れ、パソコンに向かっている。

 「統計学者だけで世の中の問題を解決することは難しい。異分野の方、考え方や能力の違う方と一緒にやり、お互いのメリットを生かしながら研究に立ち向かっていきたい。統計はその中心になりうる学問」。そう語る佐藤さんには、ほかの研究者を接近させる人間力があるのだろう。共同研究が続くためには、気心を通じ合うことが大切だ。

目指すのは世の中のお役に立てる研究

 こうした研究を通じ、いままでに得た知識、経験を政治、経済など世の中の第一線の現場で生かしたいという気持ちには非常に強いものがある。「統計は役に立つ学問です。実は大げさなことも考えていて、1つは選挙制度など政治メカニズムに関する研究。もう一つは経済の先行きを読むという研究。経済の将来を予測するマシンをWeb上でつくりたい。こういうことに自分の研究は使えるのではないかという実感を持っています」

 大証券や都市銀行が相次いで倒産した1997年当時の経済状況を高名な経済評論家と研究したり、将来どうなるかという見込みを時の政権中枢へ伝え、財界トップと話し合ったこともあるという。そうした経験を通じ、国の運営という現実的課題の難しさを知り、研究者として刺激を受けた可能性がある。今後、目指したい研究テーマは「学問というより、世の中に役立てること」と明快である。

 身長177センチ、体重88キロの偉丈夫である。趣味はスキー。そのトレーニングを兼ね、ローラーのスケート靴とストックを使って舗装面を走る全身運動をしている。鍛えた体で困難に立ち向かうとともに、共同研究のパートナーたちを引っ張ったり押したり、かついだりしていくのだろう。自らは「少し変わっている人間」とも言う43歳だが、これから複雑系の長い道を歩んでいくために体力、気力の充実は非常に重要である。

(企画/広報室)

図1.WebDecompの画面。Web上で簡単に時系列解析ができる。このサービスは研究室内のマシンで行っている。


図2.マクロ経済データへ時系列的アプローチ。PEモデルと呼ばれる手法を紹介したもので、将来の時系列予測値を用いて足元の経済状況を探ろうという試み。


図3.高頻度観測された株価のデータをプロットしたもの。これを見ると小幅な上下の振れが多いことが分かる。このデータから1日の変動幅を推定することに取り組んでいる。

ページトップへ