第74巻第1号5−19(2026)  特集「統計エキスパート人材育成プロジェクト」  [原著論文]

木構造に基づく確率分布推定を用いたDEA効率性評価

東京理科大学 趙 宇

要旨

標準的なData Envelopment Analysis(DEA)モデルは決定論的であり,観測データに測定誤差や外生的ノイズが存在しないことを前提としている.しかし,実データには確率的変動が不可避であり,これを無視すると効率性推定に深刻な誤差が生じる可能性がある.既存のブートストラップ法や回帰型アプローチは統計的推論を部分的に導入しているものの,データの不確実性を直接的に扱う枠組みは確立されていない.本研究では,DEAにおける効率性および信頼区間を推定するため,密度木と密度フォレストに基づく新たなサンプリング手法を提案する.提案手法は,観測データをクラスタに自動分類し,各クラスタ内でガウス型エントロピー関数に基づく情報利得を最大化することで局所的な確率構造をモデル化する.さらに,アンサンブル学習により推定の安定性と頑健性を確保し,観測データのばらつきやノイズを反映した擬似データを生成する.これにより,DEAにおける統計的不確実性を柔軟かつ実証的に評価できる.電力企業データによる実証分析では,観測データに基づくDEA効率値と,提案手法による推定効率値との間でKolmogorov–Smirnov検定を行った結果,統計的に有意な分布差は認められなかった.この結果は,提案手法が観測データの分布的特性を適切に再現し,測定誤差やノイズを考慮した効率性評価を可能にする有効なアプローチであることを示唆している.

キーワード:密度木,密度フォレスト,サンプリング,信頼区間推定,不確実性.


第74巻第1号21−29(2026)  特集「統計エキスパート人材育成プロジェクト」  [原著論文]

長崎県の果物生産における多様なデータを基にした価格予測モデルの構築

長崎大学 姜 佳明
東京理科大学 趙 宇

要旨

スマート農業とは,ロボット技術,人工知能(AI),IoT(モノのインターネット)などの先端技術を活用し,農作物の品質向上や農作業の省力化・効率化を目指す新たな農業の形態である.特にデータ活用による農業の効率化が強く求められている.農業の持続的な発展と地域の活性化を目的として,農業従事者の減少や農産物価格の高騰,さらに地方自治体が直面する深刻な労働力不足や高齢化の進行,農業従事者の収入減少といった,日本の農業を取り巻く課題を背景に,本研究では,長崎県における主要果実「びわ」の市場価格を予測するモデルの構築を目指す.具体的に,2011年から2023年までの長崎市中央卸売市場におけるびわの市場販売量,代替品(いちご・メロン)の価格,気象条件を説明変数として,びわの価格を予測するモデルを構築する.これにより,農家による価格リスクの管理を支援し,スマート農業の地域への実装に貢献することを目的とする.

キーワード:実社会問題解決,需要関数,スマート農業,地域経済,データサイエンス.


第74巻第1号31−45(2026)  特集「統計エキスパート人材育成プロジェクト」  [原著論文]

走行環境が自動運転自動車に与えるヒヤリハット要因の分析

大妻女子大学 田島 友祐
滋賀大学 笛田 薫
あいおいニッセイ同和損害保険株式会社 三浦 雄作
あいおいニッセイ同和損害保険株式会社 三樹 孝博

要旨

本論文では,自動運転車両の走行実験データを用いて,走行環境がヒヤリハット発生に与える影響を分析した.具体的には,ヒヤリハット発生時の走行環境として,走行モード,道路形状,行動類型,道路情報,周辺状況をカテゴリ変数化し,ゼロ切断ポアソン回帰モデルを構築することで,ヒヤリハット数の予測ならびにその要因を分析した.さらに,それらの2変数間の交互作用項を導入し,モデルの変数選択を行い,解釈性を検討した.その結果,ヒヤリハット発生に有意な影響を与える走行環境の組合せが明らかになった.また,走行モードによらず行動類型と周辺状況の交互作用がヒヤリハットの発生数の増加に影響することが判明した.本研究の成果は,今後,巡回型バスなどの無人自動運転サービスの安全性向上に資する知見を提供するものと思われる.

キーワード:ゼロ切断ポアソン回帰,交互作用,リスク分析.


第74巻第1号47−59(2026)  特集「統計エキスパート人材育成プロジェクト」  [原著論文]

土壌化学組成と母岩・気候条件の関係:主成分分析と線形判別分析による検討

早稲田大学 張 天逸
統計数理研究所 中西 寛子

要旨

土壌形成には気温や降水量などの気候因子が強く影響するため,土壌の化学組成からその場の気候条件を推定する試みは多くなされてきた.しかし,土壌の化学組成には気候条件のみによって規定されるわけでなく,特に化学風化の程度が弱い環境では母岩の特性が強く反映されると考えられるが,従来モデルではほとんど考慮されてこなかった.そこで本研究では,土壌の化学組成が気候条件および母岩によってどのように特徴づけられるかを明らかにすることを目的に,異なる気候条件下で生成された世界各地の土壌試料の主要元素化学組成データを対象として,多変量解析を実施した.主成分分析(PCA)の結果,土壌化学組成は寒冷・乾燥から温暖・湿潤といった気候条件に加え,化学風化の進行度にかかわらず母岩の影響も強く受けていることが示された.また,母岩タイプの判別を目的とした線形判別分析(LDA)により,土壌の化学組成から母岩タイプが高精度に識別されることが明らかとなった.本研究結果は,温暖・湿潤環境で化学風化が進行した状況下においても,母岩の特性が土壌組成に反映されうることを示しており,土壌化学組成を検討する際には気候要因と母岩タイプの影響を明確に区別して評価することで,従来モデルに内在していた潜在的なバイアスを低減できることを示唆する.

キーワード:組成データ,対数比解析,土壌化学組成,化学風化,PCA,LDA.


第74巻第1号61−80(2026)  特集「統計エキスパート人材育成プロジェクト」  [原著論文]

滋賀大学 小野島 隆之
統計数理研究所 神保 雅一

要旨

人間の脳活動は脳波として計測でき,その状態が課題成績に影響を与えることから,特定の周波数帯域の活動の脳波位相が知覚に関係すると考えられている.この関係を推定するには,被験者ごとに対象とする周波数帯域の脳波の位相と課題成績の関数関係を推定する必要がある.近年では,脳波位相依存刺激法などの脳波位相の状態に基づく刺激法も提案されており,脳波位相と脳機能の関係を被験者ごとに柔軟に推定できる手法が求められている.本研究では,刺激提示に対する各試行の二値応答(正答/誤答あるいは検出/未検出)を観測データとし,脳波位相を説明変数とした正答確率を柔軟に推定する枠組みを構築した.具体的には,ロジット変換をリンク関数とし,周期カーネルを用いたガウス過程回帰によって脳波位相に依存して変化する正答確率を推定するベルヌーイ・ロジットモデルを構築した.このモデルにおけるサンプルサイズの増加に伴うグラム行列の退化と計算時間の増加に対処するためにモデルを改良し,新たに二項・ロジットモデルを提案した.本研究は,脳波位相と正答確率の関数関係を推定するための2つの統計モデルを構築し,数値実験により検証したものである.

キーワード:脳波,ガウス過程回帰,ロジット変換,周期カーネル.


第74巻第1号81−94(2026)  特集「統計エキスパート人材育成プロジェクト」  [原著論文]

中高生の「早期Uターン意向」等に関する分析
—滋賀県長浜市におけるケーススタディ—

滋賀大学 松原 悠
滋賀大学 堀 兼大朗
滋賀大学 伊達 平和

要旨

本研究では,滋賀県長浜市において中学生と高校生を対象としたUターン意向等に関する調査を実施し,特に,20代や30代といった比較的若い年代でUターンする意向(早期Uターン意向)に注目した分析を行った.長浜市役所と共同して長浜市内の全中学校・高校の生徒に対して回答を依頼し,約3,000名から回答を得た.ロジスティック回帰分析を通じて,市への愛着・地元企業の認知度・まちの満足度・親との関係等が将来居住意向やUターン意向と関連していることがわかった.特に,早期Uターン意向を持つ者は,地元企業の認知度が高い,親と悩み事を気軽に話せる関係にある,といった傾向を有していた.政策面においては,働く場に関する認知度の向上を図る施策や,親子のコミュニケーションを改善するような施策の有用性が示唆された.

キーワード:Uターン,早期Uターン意向,中学生,高校生,ロジスティック回帰分析.


第74巻第1号95−106(2026)  特集「統計エキスパート人材育成プロジェクト」  [総合報告]

神経画像解析における統計学的課題とアプローチ:確率場理論

順天堂大学 内田 航
順天堂大学 青木 茂樹
順天堂大学 岩崎 学

要旨

磁気共鳴画像法(MRI)に代表される神経画像技術の発展は,脳構造・機能の非侵襲的評価を可能にし,神経科学および臨床医学に飛躍的な進歩をもたらしてきた.特に,全脳探索的に脳の構造・機能的変化を統計学的に評価する手法は解剖学的・病理学的仮説に基づかない疾患評価を可能にし,疾患病態評価法として医学的にインパクトの高い知見が蓄積しつつある.しかし,神経画像データは本質的に高次元であり,全脳探索的解析における統計的推論では深刻な多重比較問題が生じる.また,隣接するボクセルで観測されるMRI特徴量間には複雑な空間的相関構造が存在し,古典的多重比較補正とは異なるアプローチの展開が求められてきた.本総説は,神経画像解析分野に特徴的な統計学的課題と,神経画像分野において長年応用されてきた確率場理論,現在の標準となっている統計学的手法の発展を概観する.

キーワード:神経画像,多重比較,確率場理論,permutation test,threshold-free cluster enhancement.


第74巻第1号107−120(2026)  特集「統計エキスパート人材育成プロジェクト」  [研究ノート]

講義形式における統計の入門科目の授業実践とその考察

京都大学 岡本 雅子
東京大学 瀧川 一学
統計数理研究所 中西 寛子

要旨

京都大学は,全学共通科目として統計関係の科目を数多く開講している.その中で,工学部工業化学科(現:理工化学科)2回生向けに「統計入門」が開講されている.本論文では,2023年度の「統計入門」を対象とし,学習者の学習項目ごとの理解度を把握するために,レポート課題および期末テストの結果,理解度アンケートの結果を分析した.その結果,レポート課題では受講者のつまずき箇所が明らかとなった.また,理解度アンケートから,授業前半の学習項目の理解度(学習者の自己評価)は比較的高かったが,後半の理解度は低かったことがわかった.さらに,期末テストでも同様の結果が得られた.加えて,期末テストの信頼性を表す指標としてMoodleに実装されているアイテム分析機能を用いて分析したところ,改善が必要な設問があることがわかった.また,受講者の学習動向などから,講義形式で実施した統計入門の授業について課題や問題点などが明らかとなった.

キーワード:統計入門,統計教育,高等教育,初学者,講義形式.


第74巻第1号121−133(2026)  特集「統計エキスパート人材育成プロジェクト」  [研究ノート]

学校外教育の累積的効果:利用パターンとタイミングが教育達成に与える影響

武庫川女子大学 眞田 英毅

要旨

本研究は,出身階層が中学・高校段階での学校外教育利用を通じて教育達成に与える効果を,g-computation(反実仮想シミュレーション)の枠組みで検討した.教育達成は,4水準の順序変数として定義し,銘柄大卒の予測確率に着目した.「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」を用い,出身階層を主成分分析による変数,教育達成を4水準の順序変数として分析した結果,当初の仮説であった「累積的利用」は,必ずしも教育達成を最大化しないことが示された.本研究の主たる発見は第一に,出身階層を問わず,大学受験に直結する「高校段階のみ」の利用と「累積的利用」は同程度の高い効果を示し,進学戦略として高校段階の利用が最も有効であること,第二に,「中学のみ」の利用は進学確率の増加に貢献せず,学力的な困難を抱える生徒が利用を選択している可能性(セレクション効果)が示唆されたことである.そして最も重要な知見として,たとえ同じ学校外教育戦略をとっても,高階層の生徒の進学確率は低階層の約2倍に達し,学校外教育の利用パターンでは説明しきれない階層効果がなお一定程度残存していることが示唆された.

キーワード:教育格差,主成分分析,順序ロジットモデル.


第74巻第1号135−146(2026)  特集「統計エキスパート人材育成プロジェクト」  [研究ノート]

共通オッズ比とランク累積分布関数によるランキングデータ解析:世界大学ランキングを事例に

広島大学 樊 怡舟

要旨

高等教育国際化が進んできている中,大学ランキングに大変注目が集まっており,実際の大学運営や政策形成に関わる重要な指標とされてきている.本稿は,こうしたランキングデータの解析方法として,世界大学ランキングにおける各国のランクイン状況を「世界平均水準」と比較可能な形で定量化するためのノンパラメトリックな枠組みを提案する.具体的には,Top100, Top200, ..., Top500といった複数のベンチマークに対応する2×2分割表を構成し,共通オッズ比(Common Odds Ratio,COR)を抽出する手法と,ランク累積分布関数(Cumulative Distribution Function of Rank,CDFR)を導入し,ランキング構造の比較と要約を可能にする.
さらに,CDFRに単峰性仮定を導入することで,各国のランキング分布を「極度先進国型」「中堅先進国型」「発展途上国型」に分類し,国ごとの構造的特徴を明らかにする.分析においては,世界大学学術ランキング(Academic Ranking of World Universities,ARWU)過去14年分のTop500データを用い,中国・アメリカ・イギリスの3か国を事例に,ランクイン数・COR・CDFRの年次推移を比較した.
その結果,中国はCDFRが凸型を示し,年を追うごとにCORも上昇する比較的「発展途上国型」,アメリカは明確な凹型と高いCORを持つ「極度先進国型」,イギリスはS字型のCDFRを示す「中堅先進国型」として特徴づけられることが示された.本研究は,国際ランキングのもつ構造的制約や母集団の仮定による限界も併せて議論しつつ,統計的に理論整合性のある「世界平均水準」の定式化と国際比較の可能性を示唆する.

キーワード:ノンパラメトリック手法,比較的発展途上国型,先進国型,ARWU,共通オッズ比.