第70巻第1号3−26(2022)  特集「公衆衛生—新型コロナウイルス感染症」  [総合報告]

新型コロナウイルス感染症の時空間集積性とそれに基づく実効再生産数推定精度の向上
—東京都を例にして—

岡山大学 石岡 文生
統計数理研究所 椿 広計
多摩大学 久保田 貴文
電気通信大学大学院 鈴木 和幸

要旨

2019年12月に中国の武漢で最初に報告された新型コロナウイルス感染症(通称:COVID-19)の脅威に対し,学術的な見地に基づいた様々な調査研究が,今まさに世界中で盛んに進められている.現在,様々な国では,時空間集積性を評価する試みが精力的に行われているが,日本国内での長期に亘る日々のホットスポットの動向についての検証は,いまだ為されていないのが実情である.本研究では,東京都が公表している2020年3月31日から2021年5月31日までの全427日間における市区町村別の累積陽性者数を用い,prospective-cylindrical scan法に基づいた空間スキャン検定を毎日行うことで「どの地域」に「いつから」ホットスポットが存在していたのかを明らかにする.さらに,ホットスポットの発現とその要因との関連性,ならびに地域性や人流とホットスポットとの関連性について考察する.解析に当たっては,市区町村別居住人口に対し,地域の従業員数と人流を加味したものとなっている.加えて本稿では,ホットスポット情報を用い東京都の市区町村別実効再生産数を推定するとともに,これにより,この推定方法の精度がより高いことを示す.なお,これは人口が一定規模以下の自治体の実効再生産数の推定においてもある程度実用可能である.

キーワード:COVID-19,時空間集積性,空間スキャン検定,実効再生産数.


第70巻第1号27−39(2022)  特集「公衆衛生—新型コロナウイルス感染症」  [原著論文]

世代間・地域間の時系列相互相関に着目したCOVID-19の分析

統計数理研究所 村上 大輔
統計数理研究所 松井 知子

要旨

新型コロナウィルス感染症(COVID-19)が猛威を振るう昨今,陽性者数を減らすための対策が国・地方自治体で検討されている.そこで本研究では対策立案に向けた第一歩として陽性者数の世代間・地域間の相互相関に着目した分析を行う.分析にはvector autoregressive(VAR)モデルを用いる.VARモデルを用いれば世代間・男女間の相互相関関係が推定できる.しかし同モデルには次の短所がある:(i)パラメータが時間不変であり時々刻々と変化する状況が捉えづらい;(ii)パラメータが多く擬似相関を招きやすい.そこで本研究では(i)に対処するために局所回帰を,(ii)に対処するために非負制約を,それぞれVARモデルに導入した.(i)と(ii)を導入することが陽性者数のモデル化の推定精度を大幅に改善することを従来モデルとの比較によって確認した.次に,同モデルを東京都内の陽性者数データに適用した.それにより世間一般である程度予想されていたと思われる次の事柄をデータから確認した:陽性者数の時間変化パターンが,男性は労働世代かどうかで,女性は20代かどうかで異なること;20–50代男性の感染が増えた後に20代男女の感染が増える傾向があること;特に人流が回復した2020年8〜10月頃は20–50代男性の影響が顕著であること.次に,東京都市圏を対象とした分析を実施した.それにより都内の労働世代の男性の影響が大きいことなどを確認した.

キーワード:COVID-19,vector autoregressiveモデル,非負制約,局所回帰,相互相関.


第70巻第1号41−58(2022)  特集「公衆衛生—新型コロナウイルス感染症」  [総合報告]

新型コロナウイルス感染阻止への一人ひとりの行動変容とリスク未然防止
—動機付けへのシーソーモデルとマスク義務化効果分析—

電気通信大学大学院 鈴木 和幸

要旨

新型コロナウイルス感染阻止へ向けて,このリスクを抑え未然防止を図るには,全体の舵取りを行う為政者,公衆衛生・治療への医療・医学関連従事者,検査への保健局・関連企業の方々に加え,市民一人ひとりの行動変容が必須である.本研究は感染リスク未然防止へ鍵を握る源流管理・予測・動機付けとともに,未然防止へのアクション三視点として,発生防止・発見・影響防止を示し,それぞれの視点から感染阻止を検討する.特に鍵を握る源流での感染阻止には,感染者への迅速な対応とともに市民一人ひとりの行動変容が大切である.行動変容への動機付けとして,シーソーモデルとともに全米50州とDC特別区のマスク義務化の効果を分析し,誰でもが直感的に理解し,納得しうる記述統計の立場よりのグラフの提示を行なう.また,実効再生産数を基にマスク義務化の有効性を定量的に示す.

キーワード:源流管理,予測,実効再生産数,品質保証,効果と効率.


第70巻第1号59−68(2022)  特集「公衆衛生—新型コロナウイルス感染症」  [研究ノート]

COVID-19流行動態の再構成によるメタ・ポピュレーションモデルの記述性能評価

長崎県立大学シーボルト校 斎藤 正也
長崎県立大学シーボルト校 竹内 昌平
昭和大学 山内 武紀
群馬大学大学院 内田 満夫

要旨

新型コロナウィルスは大都市を中心に流行が維持されている.地方での流行を分析するには交通等による人の移動を考慮することが必要である.人の移動による感染の導入とその後の流行動態を記述するモデルとして,メタ・ポピュレーションモデルとよばれる,地域毎のSIRモデルに人員の移動を追加することで地域間の相互作用を導入したものがある.このモデルはインフルエンザの流行の記述に使われた実績がある.
本研究では,メタ・ポピュレーションモデルを使っての2020年10月末までのCOVID-19の国内流行の記述可能性を検討する.そのために各都道府県の流行曲線をモデルに同化することで状態推定を行うとともに,短期間の予測誤差を計測した.地域に分解した記述のためにパラメータ数が増大し,その制約が運用上の課題である.本研究では補助モデルによる地域別の実効再生産数をデータ同化に先立って行うことで対応した.さらに,流行動態に適合させたモデルの利用例の提示として,地方への流入リスクを算定し,規模と頻度の関係として整理した.

キーワード:メタ・ポピュレーションモデル,COVID-19,流入リスク分析,データ同化.


第70巻第1号69−88(2022)  特集「公衆衛生—新型コロナウイルス感染症」  [総合報告]

COVID-19の感染性に関する学術論文の動向

統計数理研究所 船渡川 伊久子

要旨

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)では無症状の感染者からの感染が報告され,発症前の感染者からの感染割合など感染のタイミングが関心のひとつとなった.感染性の時間推移には感染時が起点の場合と発症時が基準の場合がある.感染時からの感染性の相対的な時間推移は世代時間(generation time,感染源の感染と2次感染者の感染の時間間隔)の分布が用いられる.発症時刻を基準とした場合は,発症‐感染間隔(感染源の発症と2次感染者の感染の時間間隔)の分布が用いられる.感染時刻の観察は容易ではないため,世代時間や発症‐感染間隔の報告は少ない.世代時間の分布の推定に要する仮定が成り立たないという批判もある.世代時間の代わりとして発症間隔(serial interval,感染源の発症と2次感染者の発症の時間間隔)を用いることが従来多い.しかし,世代時間は正の値だが,COVID-19では負の発症間隔が観察されている.また,一般に世代時間よりも発症間隔の分布の方がばらつきが大きい.パンデミックという特殊な状況下で論文の迅速な出版が求められ,情報が急増する中,結果や結論の解釈および信頼度の判断が読み手に求められた.本稿ではCOVID-19の感染性に関する主な学術論文を紹介し,その動向を報告する.

キーワード:感染性,感染ペア,COVID-19,世代時間,発症間隔,発症-感染間隔.


第70巻第1号89−114(2022)  特集「公衆衛生—新型コロナウイルス感染症」  [原著論文]

ベイズ的グループテストのカットオフ値評価とROC解析

統計数理研究所/総合研究大学院大学 坂田 綾香
東京大学大学院 樺島 祥介

要旨

グループテストとは,患者の検体を複数個混ぜ合わせて検査することで検査回数を削減する方法である.本稿では,混ぜ合わせた検体からベイズ推定を用いて患者の状態を特定する問題設定を考える.特にベイズ最適と呼ぶ問題設定を扱い,その場合に適切なカットオフ値を,リスク関数の最小値を与えるものと定義して評価する.また,このリスク関数を用いることで,ベイズ推定による患者の状態推定において用いられる周辺事後確率最大化法による推定量や,Youden index最大化法を一つの枠組みで記述できることを示す.さらにカットオフ値に依らないグループテストの性能評価のため,ランダム系の統計力学の方法に基づくROC解析を行い,少ない検査数で元々のテストの性能を超えることのできるパラメータ領域を検討する.

キーワード:グループテスト,カットオフ値,ROC曲線,ベイズリスク.


第70巻第1号115−126(2022)  特集「公衆衛生—新型コロナウイルス感染症」  [研究ノート]

日本におけるCOVID-19パンデミック後の自殺率上昇の地域差及び性差に関する分析
—全国市区町村の産業構造に着目して—

統計数理研究所 岡 檀
多摩大学 久保田 貴文
統計数理研究所 椿 広計
慶應義塾大学大学院 山内 慶太

要旨

10年以上に渡り減り続けてきた日本の自殺が2020年に入ってから増加に転じ,COVID-19パンデミックとの関係が指摘されている.本研究の特徴は,単なる自殺件数の多寡ではなく,自殺率上昇の度合いとその地域差,性差に着眼した点にある.そのために,全国の1,735市区町村の過去11年間の自殺統計データを参照し,2020年前後の自殺率の変化を推定する指標「自殺率上昇度」を独自に作成した.この自殺率上昇度に市区町村毎に14種類の産業別住民就業率のデータを連結して分析を行った.2020年の市区町村の自殺率上昇は,内需型サービス業への就業率と有意な正の相関があった.宿泊業・飲食サービス業について精査した結果,女性の自殺率上昇度は男性よりも遙かに大きいことが明らかとなった.静岡県を取り上げて分布を確認した所,同じ県内であっても自殺率が上昇した市町としなかった市町が混在し,その地域差は住民の産業別就業率と関係していた.女性であることは必ずしも自殺リスクを高めるわけではないものの,コロナ禍により打撃を受けた産業と関連のある女性のリスクが高まっている可能性が示唆された.多職種間の共通資料とするために,GIS(地理情報システム)を用いて静岡県の地図上に分析結果を描出した.

キーワード:COVID-19パンデミック,自殺率上昇度,市区町村,産業構造,男女差,GIS(地理情報システム).