第67巻第1号3−20(2019)  特集「農林業の生態系サービスの経済・統計分析」  [原著論文]

日本における森林生態系サービスの経済評価

神戸大学 佐藤 真行
京都大学 栗山 浩一
九州大学 藤井 秀道
九州大学 馬奈木 俊介

要旨

本研究では,日本における森林資源の生態系サービスを定量的に評価することを目的とし,経済価値評価を実施した.その際に,これまで発展してきた環境の経済評価論の観点から本目的に合致する評価手法の検証を行い,生態系サービスの評価における効用理論的枠組を整理したうえで,経済学的理論背景と照らし合わせて概観した.その上で,生態系サービスの経済価値評価を行う上で重要となる非利用価値を含めた幅広い価値を推定可能とする表明選好法のうち仮想評価法(CVM)を利用し,支払カード型CVMによって森林の原単位価値評価を行った.CVMは支払意思額(WTP)に基づいて評価を行うものであることに鑑み,ランダム効用モデルを基礎にもち同様にWTPに基づくコンジョイント分析を応用することで属性別のウェイトを推定した.こうした分析から,非利用価値を考慮した森林生態系サービスの経済価値を原単位および属性単位で推定した.こうした評価は,生態系サービスの可視化のひとつの方法である生態系勘定への応用に資するものである.

キーワード:生態系サービス,経済価値評価,仮想評価法,森林資源,原単位価値,属性別価値.


第67巻第1号21−37(2019)  特集「農林業の生態系サービスの経済・統計分析」  [研究ノート]

農林業の生態系サービスと自然資本のグローバル分析

茨城大学 池田 真也
国立研究開発法人国立環境研究所 山口 臨太郎
九州大学大学院/九州大学 馬奈木 俊介

要旨

生態系サービスは人間の福祉にとって必須であるため,その価値評価は環境政策立案のためにも重要である.本稿では最新の国連報告書(Inclusive Wealth Report 2018)で公開された農林業の生態系サービスをもたらす再生可能な自然資本(森林と農地)のデータを用い,その資本ストックの変化からグローバルな傾向を明らかにした.主要な結果の一つとして,自然資本は総じて減少傾向にあるものの,南アメリカの農業国では農地の価値が増加する一方で,ヨーロッパを中心とした先進国では農地の価値が減少しているなどの地域差が明らかになった.今後の課題として,生態系の負のサービスや,都市部における生態系サービスなどに評価対象を拡張することが挙げられる.

キーワード:農地資本,森林資本,国富,資本評価.


第67巻第1号39−50(2019)  特集「農林業の生態系サービスの経済・統計分析」  [原著論文]

外来種駆除の生物多様性保全効果:保全優先地域と脅威動態の関係

琉球大学/沖縄県環境科学センター 楠本 聞太郎
琉球大学 南木 大祐
琉球大学 久保田 康裕

要旨

限りある保全リソースで,生物多様性を効率的・効果的に保全するには,保全事業の有効性を十分に理解しておく必要がある.本研究では,沖縄島北部のマングース駆除事業を例題として,フイリマングース(Herpestes auropunctatus)による脅威と,陸生脊椎動物(254種)の保全優先地域の空間的一致性を検証した.脊椎動物種(哺乳類29種,鳥類155種,爬虫類47種,両生類23種)の潜在分布地図を用いて,除去規則に基づく空間的優先順位付け分析を行い,分類群ごとの保全優先地域を明らかにした.捕獲罠によるマングース捕獲情報(2000年から2009年)に基づき,マングースの分布確率の時空間動態を階層ベイズモデルによって推定した.当該地域の駆除事業は,各分類群の保全優先地域におけるマングースの分布確率を低下させた.一方,保全優先地域とマングースの分布確率の空間的一致性には,分類群間で違いが見られた.また,保全優先地域の一部では分布確率が上昇しており,駆除の継続が必要であることが明らかになった.今後は,生物多様性の空間情報を積極的に活用し,他の保全事業との相乗効果や経済的コンフリクトを考慮した上で,保全アクションの戦略的適用を検討していく必要がある.

キーワード:階層ベイズモデル,空間的保全優先順位付け,除去規則,マングース(Herpestes auropunctatus).


第67巻第1号51−62(2019)  特集「農林業の生態系サービスの経済・統計分析」  [研究ノート]

インターネット調査におけるモニター情報の利用による非回答バイアスの補正
—国内草資源を利用した放牧飼養牛肉に対する消費者評価への適用—

九州大学大学院 楠戸 建
鹿児島大学 後藤 貴文
九州大学大学院 髙橋 義文
九州大学大学院 矢部 光保

要旨

エビデンスに基づく政策立案などの側面から欠測データに関する研究が進展している.本研究では,逆重み付き推定量(IPWE)を用い,仮想評価法における非回答バイアスについて検証した.また,その際に用いる共変量の入手可能性の問題に対応するため,インターネット調査会社のモニター登録情報を用いた.高所得者を対象に放牧飼養により生産された牛肉(国産放牧牛)に対する消費者評価を行った結果,回答者と非回答者の間には,個人年収,年齢,同居家族,動画サービスやSNS利用,趣味に関して差異が存在することが明らかになった.他方,回答者のみのサンプルを用いて算出された放牧牛ステーキ肉に対する平均支払意志額は100g当たり約1161.6円であったのに対し,IPWEを用いて推計を行った場合には100g当たり約1161.7円と推計され,両者にほとんど差がなかった.以上から本研究においては,回答者・非回答者間に属性的な差異は存在するものの,その差異は平均的な支払意志額の差にはつながっておらず,評価対象の国産放牧牛に対する支払意志に関して非回答バイアスが存在しているとは言えないことが示された.

キーワード:非回答バイアス,仮想評価法,モニター情報,放牧牛,インターネット調査,エビデンスに基づく意志決定.


第67巻第1号63−72(2019)  特集「農林業の生態系サービスの経済・統計分析」  [研究ノート]

ミツバチの送粉サービスと景観構造との関係解析
—宮崎県綾町における日向夏生産の事例—

宮崎大学農学部 光田 靖
宮崎大学農学部/地域環境計画九州支社 湯村 昂広
宮崎大学農学部 平田 令子
宮崎大学農学部 伊藤 哲

要旨

宮崎県綾町において特産品である日向夏(Citrus tamurana)に対するニホンミツバチ(Apis cerana)による送粉サービスと周囲の景観構造との関係を解析した.綾町内の日向夏農園16箇所において対象木を合計24本選定し,開花時期にニホンミツバチの訪花数を現地計測した.一方で,オルソフォトを判読して対象地の土地被覆分類図を作成した.各対象木を中心とした半径2km円内において土地被覆タイプ別の面積を計測した.ニホンミツバチの訪花数を送粉サービスの指標として,これを目的変数とした統計モデルを開発した.モデルの説明変数として,景観構造の指標である半径2 km円内の天然林面積および農地と草地の合計面積を用いた.また,ニホンミツバチ訪花数の観測においては観測者のミツバチ発見能力に差があることから,ニホンミツバチ訪花数を予測する生態モデルと,観測者がニホンミツバチを発見する確率を推定する観測モデルを組み合わせ,ベイズ推定によりパラメータ推定を行った.推定されたパラメータは天然林面積が多いほど,農地と草地の合計面積が多いほど,ニホンミツバチによる送粉サービスが高くなることが示唆された.

キーワード:エコパーク,GIS,ベイズ推定,天然林再生,有機農業.


第67巻第1号73−96(2019)  特集「農林業の生態系サービスの経済・統計分析」  [総合報告]

関数データに基づく統計的モデリング

滋賀大学/科学技術振興機構さきがけ 松井 秀俊

要旨

農業をはじめとする多くの分野では,1つの個体が時間や位置の変化に伴い繰り返して計測されたデータが多く用いられる.本論文では,このような形式で与えられたデータを分析するための方法の1つである,関数データ解析に基づくさまざまな分析手法を紹介する.関数データ解析では,経時測定データを関数化処理し,得られた関数データ集合を対象として分析を行う.特にここでは,関数データ解析の枠組みで回帰分析,時系列解析,空間データ解析を行うための方法を紹介する.また,各手法に対して適用例を示し,どのようなデータに対して,どのような結果が得られるかについて説明する.

キーワード:回帰分析,関数データ解析,空間データ解析,経時測定データ,時系列解析.


第67巻第1号97−119(2019)  特集「農林業の生態系サービスの経済・統計分析」  [研究詳解]

農地と森林の生態系サービスの経済評価手法

甲南大学 柘植 隆宏

要旨

農地や森林は,農作物や木材の供給以外にも,国土保全や水源涵養,気候の安定化,地球温暖化防止,生物多様性保全,レクリエーション機会の創出などの多様な役割を果たしている.これら農地や森林の生態系サービスの重要性を示すためには,その価値を貨幣単位で評価して可視化することが効果的である.しかし,生態系サービスの多くは市場で取引されることがなく,価格が存在しないため,価格に基づいてその価値を評価することができない.このため,その価値の評価には,環境評価手法と呼ばれる特別な手法が使われる.本稿では,農地や森林の生態系サービスの価値評価に適用可能な環境評価手法として,代替法,ヘドニック価格法,トラベルコスト法,CVM,コンジョイント分析を取り上げ,その経済理論と推定方法について解説を行う.

キーワード:環境評価手法,代替法,ヘドニック価格法,トラベルコスト法,仮想評価法(CVM),コンジョイント分析.


第67巻第1号121−149(2019)  [原著論文]

個人企業向けクレジットスコアリングモデルにおける業歴の有効性

株式会社日本政策金融公庫 尾木 研三
株式会社日本政策金融公庫 内海 裕一
慶應義塾大学 枇々木 規雄

要旨

日本の多くの銀行は,融資審査業務の一部を自動化して審査コストを削減するために,クレジットスコアリングモデルを用いている.モデルにはさまざまなタイプがあるが,従業員数20人以下の小企業の信用力評価は,財務指標とデフォルトとの相関を利用したロジスティック回帰モデルの利用が一般的である.小企業には法人企業だけでなく個人企業も含まれるが,個人企業向けモデルの精度は期待するほど高くはない.主な理由は,個人企業は財務諸表を作成する義務がないため,資産や負債といったB/Sに関する情報が不足しているからである.精度を上げるには,資産や負債に関する客観的な説明変数の使用が有効と思われるが,個人企業の大半は,事業主世帯の私的資産と事業の会計が混同している場合が多く,正確なデータを得ることが難しい.
尾木 他 (2016)は,小規模な法人企業向けモデルに業歴を用いることを提案し,業歴が重要な変数であることを示した.その理由は次の3つである.第1に,小企業の評価では,経営者の私的資産を企業の資産に追加することが効果的であるが,そのような情報は容易かつ正確に入手できない.第2に,小企業の実績デフォルト率が,業歴が長いほど低いのは,年々蓄積される経営者の私的資産が経営を支えるからと考えられる.第3に,経験豊富な銀行員は,融資審査で業歴を債務者の信用リスク評価の重要な要素に位置付けている.
本論文では,個人企業向けモデルにおいても業歴を用いることを提案する.そして,2007年から2014年の間に日本政策金融公庫が融資した68万以上の個人企業のデータセットを利用して,業歴とデフォルト率の相関関係を分析する.本論文では,測定値として一般的なAR値でモデルを評価する.分析の結果,業歴別デフォルト率はワイブル分布の密度関数もしくは「0-3年」「4-25年」「26年以上」の3つの区分線形関数で定式化できることがわかった.いずれの関数を用いても,AR値を約9%改善させることができ,実務的観点からモデルが有効であることを確認した.

キーワード:クレジットスコアリングモデル,クレジットリスク,個人企業,業歴,ロジスティック回帰モデル,ワイブル分布.