第65巻第1号5−20(2017)  特集「高頻度金融データに基づく統計的推測とモデリング」  [研究詳解]

拡散過程による日内株価データのモデリングと統計推測理論

統計数理研究所/国立研究開発法人科学技術振興機構 荻原 哲平

要旨

本稿では,拡散過程と呼ばれる連続的なpathをもつ確率過程を用いた日内株価モデリングとリスク量の統計推測手法の理論研究を紹介する.特に日内株価データのモデリングで問題となる,「マーケット・マイクロストラクチャー・ノイズ」と呼ばれる仮想的な観測誤差の存在や,複数資産の観測時刻が一致しない「非同期観測」の問題を取り上げ,関連する研究を紹介する.まず,株価ボラティリティや複数資産の共変動のノンパラメトリック推定手法の研究の歴史を簡潔に振り返った後,パラメトリック推定法として最尤型推定量の漸近理論を取り扱う.その後,推定量の最適性の概念である「漸近有効性」を扱う.特に推定量の漸近有効性を議論する上で重要な役割を果たす,統計モデルの局所漸近混合正規性の概念について紹介し,最尤型推定量が漸近有効性を満たすことについて論ずる.最後にベイズ型推定量を構築し,その漸近理論を紹介する.

キーワード:高頻度データ,最尤型推定法,漸近有効性,非同期観測,ベイズ型推定法,マーケット・マイクロストラクチャー・ノイズ.


第65巻第1号21−38(2017)  特集「高頻度金融データに基づく統計的推測とモデリング」  [研究ノート]

Lévy駆動型確率微分方程式の段階的推定について

九州大学大学院 上原 悠槙
九州大学大学院 増田 弘毅

要旨

非正規型Lévy過程で駆動される確率微分方程式モデルの推定を考える.指数的エルゴード性とデータの高頻度性の下,正規型疑似スコア関数に基づいてスケール係数およびドリフト係数をこの順に段階的に推定する方法を提案し,推定量の漸近正規性および裾確率評価を導出する.推定対象を分割することで最適化の計算負荷が削減され,より安定した推定精度が得られる.拡散過程の場合と異なり,特に両係数のパラメータが共通因子を持つ場合には,ドリフト係数の漸近共分散行列は同時推定の場合と異なる形をとる.

キーワード:エルゴード性,正規型疑似スコア関数,高頻度観測,段階的推定,Lévy駆動型確率微分方程式.


第65巻第1号39−69(2017)  特集「高頻度金融データに基づく統計的推測とモデリング」  [研究詳解]

高頻度データに基づく確率微分方程式モデルのハイブリッド推定

大阪大学大学院/大阪大学数理・データ科学教育研究センター/CREST 内田 雅之

要旨

本論文では,高頻度データを用いた確率微分方程式モデルの未知パラメータにおけるハイブリッド推定について解説する.最適な収束率より遅いベイズ型推定量を初期推定量とした,マルチステップ推定法や適応的最尤型推定法を説明し,それらの推定量の漸近的性質について述べる.エルゴード的拡散過程,非エルゴード的拡散過程,微小拡散過程の3種類の拡散モデルを取り扱い,数値実験により提案した推定量の漸近的挙動を考察する.

キーワード:拡散過程,確率微分方程式,最尤型推定量,ハイブリッド推定量,ベイズ型推定量,マルチステップ推定量.


第65巻第1号71−85(2017)  特集「高頻度金融データに基づく統計的推測とモデリング」  [原著論文]

高頻度データに対するWhittle推定

大阪大学大学院/大阪大学数理・データ科学教育研究センター 深澤 正彰

要旨

連続伊藤過程の拡散項に対する,高頻度データに基づく統計的推定問題を考察する.対象の伊藤過程そのものの値が高頻度データとして与えられている場合には,既にかなりの理論が整備されている.とくにEuler-丸山近似に基づく尤度の近似が漸近有効な推定を与えることはよく知られている.ここでは対象とする伊藤過程そのものの値は直接観測されず,その積分値のみが高頻度に観測される状況を扱う.データの数値微分による近似を安直に用いると,推定の一致性さえ崩れてしまう.本稿ではとくに伊藤過程の二次変分をデータで近似する際の中心極限定理を与える.定常 Gauss過程に対する Whittle尤度のアイデアを用いて,漸近分散が小さい推定量を構成する.

キーワード:高頻度データ,Whittle 推定,中心極限定理,安定収束,Langevin モデル.


第65巻第1号87−111(2017)  特集「高頻度金融データに基づく統計的推測とモデリング」  [研究ノート]

東京証券取引所における高速な注文反応の分析

株式会社三菱UFJトラスト投資工学研究所 田代 雄介
株式会社三菱UFJトラスト投資工学研究所 川口 宗紀

要旨

近年の株式市場では,高頻度取引の存在感が世界的に増している.東京証券取引所でも,高頻度取引のシェアは年々増加してきている.また,2015年9月には売買システムがリニューアルされ,より高速な取引が可能になった.本稿では,東京証券取引所における高頻度な注文行動を分析するために,直前の注文との時間間隔が短い注文に注目し,その特徴について議論する.また,時間間隔が短い注文の原因となる高速な注文反応がリニューアル前後で変化したのかについても合わせて言及する.分析の結果,短間隔で発注される注文は成行注文のようなインパクトの大きな注文後に連続しやすいこと,特にリニューアル後においてこの傾向が高まっていることなどが分かった.また,異なる注文タイプ間の注文反応を多次元Hawkes過程でモデル化し,その推定を行ったところ,注文に瞬時に反応する参加者と10ミリ秒程度遅れて反応する参加者がいることが観察された.特に後者の参加者について,リニューアル後における一部の注文タイプの発注頻度の向上,銘柄の板の特徴量に応じた注文行動の変化,といった注文行動の特徴を発見した.

キーワード:マーケット・マイクロストラクチャー,高頻度取引,注文行動,多次元Hawkes過程.


第65巻第1号113−139(2017)  特集「高頻度金融データに基づく統計的推測とモデリング」  [原著論文]

高頻度注文板データの統計解析:異市場・同一株式価格間の先行遅行関係

慶應義塾大学大学院/首都大学東京大学院/独立行政法人科学技術振興機構 林 高樹

要旨

本研究は,東京証券取引所(主市場)と2つの私設証券取引所―チャイエックス,ジャパンネクストPTS―の国内3市場にて同時に取引されている現物株式について,注文板形成の先行遅行関係の大きさやその特徴を実証的に調査することを目的とする.
先行遅行時間の推定方法として,本稿はDobrev and Schaumburg(2015)が最近提案した方法を採用する.分析対象銘柄は,東京証券取引所において時価総額および流動性の高い100銘柄から成るTOPIX100構成銘柄,分析期間は 2013年1月4日から2014年12月30日(489営業日)であり,東証における2回のティックサイズ変更のタイミングも含んでいる.まず,個別銘柄ごとに異取引市場間での市場価格の先行遅行時間を推定し,次に,これらの推定値を多変量時系列データ(銘柄×データ期間)に配置し,パネル回帰分析を行い,銘柄に共通な特徴や相違点を抽出し先行遅行要因を探る.

キーワード:高頻度データ,高頻度トレード,先行遅行分析,Hoffman-Rosenbaum-Yoshida推定量,Dobrev-Schaumburg推定量,マーケット・マイクロストラクチャ.


第65巻第1号141−154(2017)  特集「高頻度金融データに基づく統計的推測とモデリング」  [研究ノート]

切断実現ボラティリティの推定と観測時間間隔
―日本株式による実証分析―

東京経済大学 吉田 靖

要旨

株式市場の高頻度データの分析において,ジャンプの存在は多くの研究が指摘しており,ジャンプを考慮したボラティリティの推計が課題となっている.解決策の一つとして,切断実現ボラティリティがあり,本稿では,2014年7月22日から10月27日までの東京証券取引所のTOPIX100構成銘柄の高頻度データを使用して,切断実現ボラティリティの計測を行った.観測時間間隔は5秒から1800秒としている.その結果,大半の株式において,実現ボラティリティに占める切断実現ボラティリティの比率は半分未満であり,株価の変動にはジャンプの影響が大きいことを示す結果となった.しかし,観測時間間隔を短くするに従って切断実現ボラティリティが小さくなる現象も同時に観測され,この要因の一つとしてゼロリターンによる影響を示唆する結果も得られた.さらに,その他の構造的な要因が残されている可能性も大きく,切断実現ボラティリティを正確に計測するための観測時間間隔と閾値の最適な選択には課題があることを指摘した.

キーワード:切断実現ボラティリティ,高頻度データ,ジャンプ拡散過程,観測時間間隔,マイクロ・プライス,TOPIX100.


第65巻第1号155−180(2017)  特集「高頻度金融データに基づく統計的推測とモデリング」  [原著論文]

経験類似度に基づくボラティリティ予測

関西学院大学 森本 孝之
統計数理研究所/総合研究大学院大学 川崎 能典

要旨

事例ベース意思決定理論に基礎を置いた経験類似度(ES,Empirical Similarity)という概念を適用することにより,異なるモデルから生じるボラティリティ予測値を結合する.経験類似度の枠組みでは,意思決定者が予測モデルや予測値の尤もらしさに関する確率評価を行わずに,専ら類似性のみに依拠して将来を予測することができる.具体的には,過去のモデル予測値と対応するボラティリティの実現値との距離を定量化することによって,予測の組合せの重みを決定する.そして,決定された重みを用い将来のボラティリティを予測する.本稿では,この経験類似度モデルから得られたボラティリティの予測値とその他時系列モデルの予測値とを実証的に比較する.モデルの予測力比較については,誤差関数に基づくモデル信頼集合(Model Confidence Set,MCS)を用いることにより,複数の銘柄と推定予測期間におけるモデルの予測力を順位付けし,最良モデルの累積頻度を分析し評価する.

キーワード:経験類似度,実現測度,HARQ,ESQ,モデル信頼集合.