第62巻第1号3−24(2014)  特集「疫学研究のデザインとデータ解析:最近の理論的展開と実践」  [研究詳解]

位置情報を用いた疫学研究とその統計的方法

名古屋大学大学院 高橋 邦彦
大分大学 和泉 志津恵
国立環境研究所 竹内 文乃

要旨

近年,事象の地理的変動の評価や健康リスクの地域間比較を行うために,収集されるデータに位置情報を付加した空間データの利用が活発になってきている.疫学分野においても,疾病の発生状況の地理的な格差・変動の記述や種々の要因の地理的変動を考慮した検討などを扱う空間疫学研究,空間データをモデルに組み込んだ健康リスクの推定の試み,それらに関連する統計手法が注目されるようになってきている.本稿では空間データを用いたいくつかの疫学研究の事例を紹介し,その中で用いられる方法と研究の進め方について概説する.

キーワード:空間データ,空間疫学,疾病地図,疾病集積性,災害,放射線.


第62巻第1号25−44(2014)  特集「疫学研究のデザインとデータ解析:最近の理論的展開と実践」  [研究詳解]

ケースコホート研究の理論と統計手法

統計数理研究所 野間 久史

要旨

臨床研究・疫学研究におけるコホート研究では,しばしば規模の大きな集団を長期間に渡って追跡する必要があり,コホートにおけるすべての対象者において,完全な共変量情報を収集するためには,膨大な費用と労力が必要とされる.ケースコホート研究は,統計的な精度を保持しつつ,このような共変量測定のコスト・労力を節減することを目的とした研究デザインである.本稿では,このケースコホート研究の理論と統計解析の方法論についての解説を行う.特に,曝露効果の指標の推定における方法論とその歴史的な経緯についての解説を行い,古典的な分割表の解析手法から,交絡調整の方法,Cox回帰の修正部分尤度による推定方法についての一連の方法論を紹介する.また,近年の研究で大きく発展した,全コホートの補助情報を利用した推定量の構成方法についての解説を行う.事例として,Wilms腫瘍の臨床試験データをもとにした,仮想的なケースコホート研究のシミュレーション実験の結果を示す.

キーワード:疫学,ケースコホート研究,2段階デザイン,重みつき推定方程式,セミパラメトリック推測,不完全データ.


第62巻第1号45−58(2014)  特集「疫学研究のデザインとデータ解析:最近の理論的展開と実践」  [研究詳解]

統計的因果推論における原因の確率とその評価

統計数理研究所 黒木 学

要旨

本論文では,Pearl(1999)によって定義された3つの原因の確率,すなわち,ある事象がもうひとつの事象を引き起こすのにどの程度必要,十分,あるいは必要十分であったかを評価する問題について概説する.特に,これらの原因の確率に関する識別問題について議論するとともに,実験研究あるいは観察研究のフレームワークでこれらの確率の値がどのような範囲におさまっているのかを明らかにする.

キーワード:線形計画問題,単調性,バックドア基準,SITA条件.


第62巻第1号59−75(2014)  特集「疫学研究のデザインとデータ解析:最近の理論的展開と実践」  [研究詳解]

直接効果・間接効果の推定および未測定の交絡に対する感度解析

横浜市立大学 田栗 正隆

要旨

疫学研究の1つの目的は,興味のある曝露の疾病発生に対する因果効果を推定することである.曝露と疾病の間に因果関係が示唆された場合,どのようなメカニズムで効果があるのかについての知見を得ることにも興味が持たれる場合がある.この問題に対しての1つのアプローチは,曝露の疾病に対する影響(総合効果)を,中間変数を介しない直接効果と,中間変数を介した間接効果に分解することである.本論文では,潜在結果変数モデルに基づく直接効果・間接効果の定義と識別のための仮定,識別式についてまとめる.また,識別のための,未測定の交絡がないという仮定が崩れた場合の感度解析方法を紹介する.紹介した方法の適用事例として,全米保健医療統計センターが公表している米国の出生証明書および乳児死亡に関するデータ解析結果を報告する.

キーワード:因果推論,感度解析,効果の分解,直接効果・間接効果,未測定の交絡.


第62巻第1号77−92(2014)  特集「疫学研究のデザインとデータ解析:最近の理論的展開と実践」  [研究詳解]

観察研究におけるバイアスの感度解析

国立環境研究所 竹内 文乃
統計数理研究所 野間 久史

要旨

疫学研究をはじめとする観察研究の結果には,ランダム誤差だけではなく各種バイアスの影響による不確実性が含まれる.具体的には対象者の選択や参加,追跡の偏り,測定誤差や未測定の交絡因子の存在などが,状況によっては結果に重大な影響を与えるバイアスになるとされる.ただ,研究対象者や参加者が偏っているか,対象者の脱落がランダムに起きているかどうか,測定誤差はどの程度か,重要だが測定されていない交絡因子がないかどうかは,研究の解析データを用いるだけでは評価することはできない.そこで,これらの影響を評価するには何らかの情報に基づいて感度解析を実施することが必要になるが,もしこのようなバイアスがあれば…というシナリオを複数設定しての感度解析は結果の解釈が困難となる場合が多いこともあり,必要性は十分に知られながらも,通常これらを考慮した解析が行われるケースは決して多くない.本稿では,近年,疫学研究で大きく発展したモンテカルロ法を用いる確率的感度解析に特に焦点を当て,バイアス解析に関する一連の方法および適用事例を総括する.

キーワード:観察研究,疫学研究,不確実性,バイアス,確率的感度解析.


第62巻第1号93−102(2014)  特集「疫学研究のデザインとデータ解析:最近の理論的展開と実践」  [研究詳解]

ペアワイズ条件付き尤度を用いた統計解析

宮崎大学 藤井 良宜

要旨

層別分割表解析における共通オッズ比の簡便な推定量として,マンテル\sdash ヘンセル推定量はよく知られている.この推定量は,単に簡便な推定量であるばかりでなく,比較的高い効率を持っている.その理由の一つとして,マンテル\sdash ヘンセル推定量がペアワイズ条件付き尤度を用いて構成できる点が挙げられる.本論文では,マンテル\sdash ヘンセル推定量とペアワイズ条件付き尤度法との関係を詳しく解説するとともに,その他にペアワイズ条件尤度を適用できる例を挙げながら,この方法の有効性について解説する.

キーワード:条件付き推定,オッズ比,マンテル-ヘンセル推定量,コホート内症例対照研究,カウンターマッチング.


第62巻第1号103−122(2014)  特集「疫学研究のデザインとデータ解析:最近の理論的展開と実践」  [総合報告]

欠測データに対するセミパラメトリックな解析法
—その理論的背景について—

統計数理研究所 逸見 昌之

要旨

疫学におけるコホート研究のような観察研究では,様々な要因により統計解析の結果に偏りが生じる可能性があるが,そのうちの1つはデータの欠測によるものである.統計的な欠測データの解析法には,大きく分けて最尤法や多重代入法などのパラメトリックな手法と,逆確率重み付け法や二重頑健推定法などのセミパラメトリックな手法があるが,本稿では後者の方に焦点を当てる.後者の方法は,近年主に医学統計学の分野で急速に発展し,実際の適用例はまだそれほど多くはないが,有力な方法として注目されており,今後その需要はさらに高まってくるものと思われる.セミパラメトリックな統計手法は,特に医学統計学の分野では他にも様々な場面で用いられているが,本稿ではその理論的背景の理解にも資するように,セミパラメトリック推測の一般論に基づいた解説を行う.

キーワード:MAR,影響関数,推定関数,局外接空間,漸近有効性.


第62巻第1号123−133(2014)  特集「疫学研究のデザインとデータ解析:最近の理論的展開と実践」  [総合報告]

分子疫学研究における統計的方法論の展開:がんサブタイプへの取り組み

国立がん研究センター 口羽 文

要旨

一般に,がんは臓器別に研究されることが多い.疫学研究においても,各部位のがんと曝露因子との研究から,これまでに数多くのリスク因子が同定されている.しかし,一方で,腫瘍の分子レベルでの特徴はさまざまであり,これらは固有の発症メカニズムを反映しているであろうと考えられる.よって,新しいリスク因子の同定や発症メカニズムに関するより深い洞察を得るために,分子データによって定義されるサブタイプ間の原因の違いを評価する研究は増えつつある.そこで,本稿では,腫瘍の分子レベルでの多様性をetiologic heterogeneity(原因の不均一性)の観点より評価するための近年の方法論の展開を紹介する.

キーワード:原因の不均一性,サブタイプ,競合リスク,クラスタリング,分子疫学,がんゲノム.


第62巻第1号135−159(2014)  [研究ノート]

金融危機前後の商品先物取引における証拠金不足に起因するリスクの評価

総合研究大学院大学 青木 義充

要旨

2008年後半に起こった金融危機前後の商品先物相場が激しく変動した状況下で,商品先物への投資参加者が負うべきリスクの定義と評価を行った.商品先物へ投資する際には,規定の証拠金を預託する.価格が下落し,損失が預託した証拠金の半額を上回った際に,取引を続けるためには追加の証拠金(追証)を預託する必要がある.追証を預託せず取引を中止する場合は,仲介者が翌日以降に当該投資家の資産を清算する.清算時点の損失額が証拠金を上回った場合,その超過分を一時的に補填する必要がある.本稿では,仲介者が清算時に損失額を補填する事象を投資家のデフォルトと呼ぶ.当時,東京商品取引所が採用していた価格変動と取引機会に制約を課す値幅制限制度が,追証とデフォルトの発生に与える影響について分析した結果,価格変動を抑える機能により価格変動が激しい期間では追証の発生とデフォルト時の補填額を抑制する働きがある一方で,取引機会が制約されるためデフォルト発生率が上昇することが示された.

キーワード:商品先物,値幅制限,取引追証拠金,金融危機.