与信判断が確率変動するときの倒産企業の信用リスク値分布のモデル化
—Skew-normal分布の応用—
要旨
正規分布に従う確率変数が別の正規分布に従う閾値を超過する場合にできる歪んだ分布を非対称正規分布(skew-normal distribution)という.近年のファイナンス理論では企業は信用リスク値がある一定の閾値(与信判断基準)を超えた時に倒産すると考える問題設定が一般的である.本稿では非対称正規分布の考え方に基づき,信用リスク値と閾値が共に確率変動するものと考え,信用リスク値分布が確率変動する閾値によって切断されることで倒産企業の信用リスク値分布が形成されると考えた.
この考察に従い非対称正規分布の性質を説明した後,実証データを用い非対称正規分布の閾値パラメータ推定を行ったところ,金融環境の変化に合わせて閾値(与信判断)の位置パラメータが変動していく様子を示すことができた.また,このモデルは倒産企業分布の歪度が閾値のパラメータ,特に尺度パラメータ(与信判断の振れ幅)の大きさで説明され得ることを示唆している.
キーワード:非対称正規分布,信用リスク,skew-normal,hidden truncation.
2項モデルの予測による金融リスク最小化:理論と応用
要旨
本稿では,2項モデルで表現される保険・与信契約といった事象にかかわるリスク総額最小化問題を総利潤の側から捉え,総利潤を確率収束の意味で最大化する最適2項予測を与え,その形が簡潔な閾値モデルに帰着することを示す.現実には,不連続関数である指示関数に最尤推定値を代入して予測を行う.こうした際でも,次期に実現する最大化総利潤の予想区間ないし最小予想区間が,通常の漸近論の結果から構成されることを示す.数値実験では,我々の漸近論の結果は有限標本における近似も良好である.実証分析では,南ドイツ銀行の個人向けローンのデータを用い,総利潤の実績値を数%上回る結果が2項予測の閾値の最適化によって得られることを示す.
キーワード:最適2項予測,利潤最大化,最小予想区間,指示関数の近似.
レジーム・スイッチング因子分析とJ-REIT市場のリスク・ファクターの検出への応用
要旨
本論文では,レジーム・スイッチングあるいは隠れマルコフと呼ばれるモデルを導入した因子分析である「レジーム・スイッチング因子分析」について,その統計的手法を提案する.あわせて,これを金融資産価格におけるリスク・ファクターの検出へ応用した実証分析を行う.
レジーム・スイッチング因子分析の目的は,資産価格のみからそのリスク要因を抽出することにある.その次元数は,分析対象とする資産数よりも少ないことが期待される.さらに,そのリスク要因が,市場の背後にある見えざる経済レジームによって異なったものにスイッチングしうることを考慮する.本論文では,レジーム・スイッチング因子分析のモデルを設定した後に,その推定方法を導出する.すなわち,(1)尤度関数を求めるためのフォワード・バックワード・アルゴリズム,(2)モデル・パラメータの最尤推定量を求めるためのBaum-Welch(EM)アルゴリズム,を導出する.さらに,推定量の誤差評価についても言及する.続いて,レジーム・スイッチング因子分析により,我が国のJ-REIT(日本版不動産投資信託)の市場において資産間で共有するリスク・ファクターを,見えざる経済状態に応じて検出できるのか,という実証分析を行う.その結果,レジーム・スイッチング因子分析は,通常の因子分析よりも,資産価格のリスク構造を統計的にうまく説明できることが分かった.一方,ファイナンス分野においては,資産価格のリターンの源泉を説明するために,回帰分析が良く用いられる.比較のために,レジーム・スイッチング回帰分析も行った.この実証分析により,以下の3点を見出した.(1)レジーム・スイッチング・モデルを導入した因子分析とマルチファクター分析はいずれも同一とみなせる経済レジームを平滑化確率(スムーザー)として検出した.(2)レジームによってスイッチングする「リスク・ファクター」は資産価格のみから検出が可能である.(3)レジーム・スイッチングに起因する「リターン源泉」は市場ベンチマークを導入することにより,より上手く説明することができる.
キーワード:因子分析,隠れマルコフ・モデル,統計的手法,実証分析.
取引開始前の気配更新と価格発見
要旨
本稿では,unbiasedness regressionにより,東京証券取引所の取引開始前に配信される気配の情報効率性について分析した.他の取引所と同様,東京証券取引所の取引開始前の気配もノイズではなく新情報が反映しており,投資家は気配を通じた学習を行っていると考えられる.取引開始前の気配の更新は,価格が大きく動く日ほど活発である.また,価格変化の大きさや気配更新の活発さにかかわらず,取引開始直後にはほぼ情報効率的な価格形成がなされている.以上より,価格変化が大きく価格発見が困難であるときには,気配を活発に更新しながら価格発見を行っている可能性がある.
キーワード:情報効率性,価格発見,寄前気配,unbiasedness regression.
ヘッジファンド運用戦略の事後評価とリスク計測モデルの検討
要旨
2008年のサブプライム危機時にヘッジファンドは想定以上の大きな損失を記録し,ヘッジファンドへの投資家もモデルから計測したリスク量を大きく超える損失を被った.本論文では,サブプライム危機前後のヘッジファンドデータを利用し,金融機関で多く利用される損失にi.i.d.を仮定した損失予測モデルから算出したバリューアットリスクと期待ショートフォールのバックテストを行い,ヘッジファンドの投資戦略ごとに結果をまとめた.ヘッジファンドの損失分布としては,正規分布の他に,正規混合分布等のヘッジファンドのリターンの負の歪度や大きな尖度という非正規性が表現可能な確率分布を利用した.
キーワード:ヘッジファンド,リスク管理,バリューアットリスク,期待ショートフォール.
危険理論におけるGerber-Shiu関数と統計的推測
要旨
保険会社の破産リスクに対する分析は,いわゆるアクチュアリー数学における最も重要な問題の一つであり,その統計的推測は実務上の重要な課題である.そのようなリスクを扱う保険数学の一分野として危険理論がある.近年の危険理論において,破産時刻や破産時損害額などの同時分布に関する期待割引罰則関数(Gerber-Shiu関数)といわれるリスク関数が注目を集めている.本論文では,あるレヴィ過程によって表現される一般化リスク過程とそのGerber-Shiu関数について紹介し,その統計的推測に関して議論する.
キーワード:危険理論,Gerber-Shiu関数,一般化リスク過程,正則化Laplace逆変換,経験推定.
拡散型確率過程の推定における極限定理
要旨
拡散型確率過程の統計的推定を,極限定理の観点から議論する.疑似尤度解析,非同期共分散推定について解説し,新しい話題にも言及する.
キーワード:拡散,ボラティリティ,非同期共分散推定,漸近混合正規性,マルチンゲール漸近展開.
2次ガウス過程を用いた担保付貸出の解析的な損失分布のモーメント評価
要旨
本稿では,デフォルト強度と担保価値との間に相関がある場合を想定して,担保付貸出の損失分布の期待値とモーメントを評価する.具体的には,デフォルト強度は,Ornstein-Uhlenbeck過程に従う潜在変数の2次関数で表現されるとする2次ガウス過程でモデル化し,デフォルト強度の非負性を保つ.そのうえで,デフォルト強度が担保価値と相関を持つという条件を満たすようにモデル化して,担保付貸出の期待損失を解析的に評価する.また,損失分布の高次モーメントも解析的に評価する.
評価対象の期待損失は,割引デフォルト確率の項と担保による期待回収額の項から構成される.前者の項は,通常の生存確率を用いた1階積分で表現される一方,後者の項は,相関の影響を考慮して測度変換された生存確率を積分の測度とした1階積分で表現されることを示す.より一般的に損失の高次モーメントも,測度変換された生存確率を積分の測度として1階積分することで評価できることを示す.また,数値例により,相関が損失の期待値・標準偏差に及ぼす影響を考察する.
キーワード:デフォルト強度,確率的回収率,2次ガウス過程,期待損失,測度変換.