第55巻第2号201−222(2007)  特集「文化を科学する」  [原著論文]

先史人類の行動生態の構造的把握と文化現象の可視化 —関連指数分析と多次元尺度構成法による分布位相解析—

同志社大学 津村 宏臣

要旨

本稿では,先史人類の居住と社会生活における行動生態の構造的把握とその再構築の方法と解釈について論じる.旧石器時代の遺跡で特徴的に検出される石器ブロックを対象に,石器分布を関連指数分析により評価し,関連性指数に多次元尺度構成法を適用して空間の機能評価と行動の視覚化を実施した.具体的な遺跡として,恩原2遺跡を取り上げ,約28000年前から6000年前までの行動空間の時空系列動態を探った.

恩原2遺跡で検出された旧石器時代から縄文時代までの4時期の文化層から,石器群構造の把握のため,まず石器の機能・用途に応じた器種分類と,石器製作に利用される石材構成を評価した.次に石器器種・石材別にそれぞれの空間分布を関連指数で評価し,石器が残された空間の機能と類型を析出した.最後に,この類型を導いた指数行列を条件を限定して空間構造の類似度行列と読み替え,多次元尺度構成法により空間構造を再構成し視覚化,これを行動景観として解釈した.

結果,旧石器時代を通じて集落空間の機能に応じた場の使い分けが看取できること,この傾向は時系列で複雑化し,段階的に空間機能の多様化様相が顕現すること,その背景には,特定空間での居住期間の長期化があること,などが明らかとなった.

キーワード:先史人類,関連指数分析,多次元尺度構成法,可視化,行動景観,石器ブロック.


第55巻第2号223−233(2007)  特集「文化を科学する」  [原著論文]

浮世絵における役者の顔の描画法に関する数量分析

同志社大学 村上 征勝
同志社大学 浦部 治一郎

要旨

浮世絵に関する数量的な観点からの研究はいまだ黎明期にあり,この観点からの研究で解明できることは,なお数多くあるものと思われる.

浮世絵の中でも,男性劇である歌舞伎の役者を描いた浮世絵は役者絵と呼ばれる.この小論では,役者絵の代表的な三人の絵師,東洲斎写楽,歌川豊国,歌川国芳の絵を具体的事例に,描かれた役者の顔の形状を,目,鼻,口,眉毛などの顔の部位間の角度情報を用い数量的な分析を試みた.その結果,三人とも,女性の役を演じる役者(女形)の顔の描き方と,男性の役を演じる役者(立役)の顔の描き方を変えていた可能性が高く,女形の顔は面長で鼻は丸く,立役の顔は女形に比べ丸顔でとがった鼻に描くという共通の傾向があることが明らかとなった.

上記三人の絵師の中では特に,役者の真の顔を描こうとしてデフォルメ(誇張)したため人気が得られず,一,二年しか受け入れられなかったとされる東洲斎写楽の役者絵において,女形と立役の顔の描き方の差異が最も顕著であった.

また,役柄の上での男女の顔の描き方(役者絵における立役と女形の顔の描き方)と比較するため,喜多川歌麿の美人画,および春画に描かれた男性と女性の顔についても同様の分析を試みた.その結果,歌麿の美人画,および春画においても,男性の顔は丸顔に,女性の顔は面長に描くという傾向こそ見られたものの,役者絵に描かれた立役と女形の顔の場合ほどその差異は明確ではなかった.

このことから絵師たちは,役者絵を描く場合に役柄上の女性の顔(女形の役者の顔)を,ことさら女性らしく強調して描こうとしていたことが判明した.

キーワード:浮世絵,役者絵,女形,立役,顔の描画法,主成分分析,東洲斎写楽,歌川豊国,歌川国芳,喜多川歌麿.


第55巻第2号235−254(2007)  特集「文化を科学する」  [原著論文]

日本舞踊における役どころの踊り分け —『北州』における脚づかいの定量的分析—

同志社大学 阪田 真己子
日本大学 丸茂 美惠子
立命館大学 崔 雄
立命館大学 八村 広三郎

要旨

本研究は,日本舞踊『北州』の中で踊り分けられる20名近い人物のうち8種の役どころ(「遊客」,「太夫」,「幇間」,「武士」,「馬子」,「商人」,「遊女」,「演者」)について,それぞれの役の違いが「脚づかい」としてどのように踊り分けられているのかを定量的に明らかにすることを目的としている.日本舞踊に習熟した2名の舞踊家の動きをモーションキャプチャにより計測し,すべての役どころに共通する動きである「歩行」の下肢動作を分析した.運動を構成する成因である時性・空間性・力性の観点から動きの物理的な特性を把握するための指標として,腰・右足先・左足先の速さ(時性),膝角度・腰の高さ(空間性),腰の加速度(力性)を算出し,分析に用いた.各役どころの動きの特徴量を主成分分析した結果,それぞれの役どころにふさわしい人物描写を確実に踊り分けていることが明らかになった.また,「幇間」や「遊客」,「太夫」と「遊女」などの各役どころの類似ではなく,『北州』という作品の中で求められる踊り方のイメージが的確に示された.さらに,伝統的に受け継がれてきた「技術上の基本としての基礎技術」を忠実に守りながらも,その範囲内で舞踊家自身の「個性」や「表現性」,「熟達度」が現われていることも確かめられた.

キーワード:日本舞踊,脚づかい,モーションキャプチャ,動作分析.


第55巻第2号255−268(2007)  特集「文化を科学する」  [原著論文]

ランダムフォレスト法による文章の書き手の同定

同志社大学 金 明哲
同志社大学 村上 征勝

要旨

本稿ではランダムフォレスト法を用いた文章の書き手の同定を提唱し,その有効性を,k近傍法,サポートベクターマシン法,学習ベクトル量子化法,バギング法,ブースティング法などの分類法との比較分析を通じて示した.比較分析では,10人が書いた200編の小説,11人が書いた110編の作文,6人が書いた60編の日記という3種類の異なるタイプの文章を用い,分類法の正解率と学習に用いた標本サイズとの関係に焦点を当て分析した.その結果,ランダムフォレスト法がその他の分類法より正解率が高く,また学習に用いる標本サイズの減少による影響が小さいことが実証された.

キーワード:著者(書き手)同定,テキスト分類,計量文体学,集団学習法,ランダムフォレスト法.


第55巻第2号269−284(2007)  特集「文化を科学する」  [原著論文]

専門日本語教育における論述文指導のための接続語句・助詞相当句の研究

慶應義塾大学 村田 年

要旨

専門日本語教育においては,外国人日本語学習者にとって論文に代表される論述文の理解は不可欠であり,その理解には接続語句・助詞相当句が役立つと考えられる.本論文では,7ジャンル(経済学教科書,経済学論文,工学論文,物理学論文,文学論文,新聞社説,文学作品)計370編の文章における指標65項目(接続語句・助詞相当句)の出現率を調査し,以下の分析を行う.(1)7ジャンル計370編の資料を対象に単変量的解析を行った後,正準判別分析(多変量解析の一手法)を用いて分析を行う.(2)論述文を代表する論文ジャンルの4つの資料を対象に(1)と同様の分析を行う.

上記の結果,文章の所属ジャンルが19の語句項目によって正判別率84.6%という高率で判別されるとともに,各ジャンルを分離する語句項目ならびに論述的形式を持つ文章に共通する語句項目が選択された.

以上,限定された資料内ではあるが,異なるジャンルの文章を判別するために,(i)接続語句,(ii)助詞相当句が有効な指標であることが再確認された.

キーワード:専門日本語教育(JSP),接続語句,助詞相当句,ジャンル,判別分析,論述文.


第55巻第2号285−310(2007)  特集「文化を科学する」  [原著論文]

国際比較における「データの安定性」に関する一考察 —中国調査データの検討を通した文化多様体解析の試行—

文部科学省 袰岩 晶
統計数理研究所/総合研究大学院大学 吉野 諒三
総合地球環境学研究所 鄭 躍軍

要旨

本論文の目的は,中国2002年度調査(2002–2005年度に遂行した「東アジア価値観国際比較調査」及び2005年度より進行中である「環太平洋価値観調査」の一部)において直面した標本抽出の問題点を検討することにより,意識の国際比較における回答データの安定性と調査文化の差異について,一考察を示すことである.この中で,意識の国際比較における方法論としての「文化多様体解析(CULMAN)」の一側面に触れる.

国際比較においては,調査対象となる各国・各地域における調査文化の違いに伴い,標本抽出方法の差異やウェイト補正に関する議論など,さまざまな問題が存在し,その中でどのように「国際比較」を可能にするのかが問われてくる.中国2002年度調査では,北京と香港において,日本と中国の調査文化の違いから,標本抽出計画と現実の調査での食い違いが生じた.この問題に対して,実際の回収データと標本抽出計画に近づけたデータ(加工データと称す),センサスから得られた母集団のデータを比較するとともに,数量化3類を用いた国際比較を通して,データの安定性がいかに保証されうるのかを,「文化の多様体解析」の立場から示し,将来の研究にむけて,特に我国における調査文化の変容を検討する際の手がかりを示唆する.

キーワード:中国価値観調査,文化多様体解析(CULMAN),東アジア価値観国際比較調査,国民性,国際比較における統計的標本抽出,データの科学.


第55巻第2号311−326(2007)  特集「文化を科学する」  [原著論文]

抽出の枠がない場合の個人標本抽出の新しい試み —東京都における意識調査を例として—

人間文化研究機構 総合地球環境学研究所 鄭 躍軍

要旨

住民基本台帳の閲覧制限にともない,これまで用いられてきている標準的な標本抽出法に基づく意識調査が危機を迎えている中で,この調査環境の激変に対応しうる新しい標本抽出方法を考案することが重要な課題である.本研究では,住民基本台帳に基づく標準的な標本抽出法と,住宅地図を用いたエリア・サンプリングによって実施した2つの意識調査に基づき,名簿がない場合の個人標本抽出方法を模索することを目的とする.様々な視点から調査データを分析した結果,標準的な標本抽出法とエリア・サンプリングは,単純集計の比較で両者には顕著な差はないことが明らかになったが,その一方で,質問間の関連性に関する分析結果から,データの全体的な構造には差が存在する可能性が確認された.これらの結果から,エリア・サンプリングの応用可能性を示しながら,操作上の注意点を明らかにした.

キーワード:無作為抽出,確率標本法,エリア・サンプリング,非標本誤差,社会調査.


第55巻第2号327−336(2007)    [原著論文]

パラメータ設計における2ステップ最適性に関する統計的一考察

統計数理研究所 河村 敏彦
横浜薬科大学 岩瀬 晃盛

要旨

タグチメソッドにおけるパラメータ設計は,環境条件や使用条件の変動に対してロバストになるように製品や工程を設計する方法である.本稿では,パラメータ設計で用いられる望目SN比を考察する上で,正値データの場合の尺度母数に関する一つの“ばらつき”の評価測度として正の領域で定義される平均K損失および平均対数2乗損失を採用し,平均損失による統一的な母SN比を提案する.さらに,提案されたSN比の推定量である標本SN比を構成し,統計的分布理論によるタグチメソッドにおける2ステップ法の妥当性を論じる.

キーワード:SN比,逆ガウス型分布,損失関数,対数正規分布,タグチメソッド,2ステップ法,パラメータ設計.


第55巻第2号337−348(2007)    [研究ノート]

世帯数の変遷

統計数理研究所 上田 澄江
琉球大学 前原 濶

要旨

出生率,死亡率,世帯構成に関するいくつかの仮定と,単純な結婚-出産モデルから,ある種の定常状態での世帯サイズごとの平均世帯数を求める.時刻$t$で,男女の子供の対の中から,ランダムに選ばれた1対が,時刻$t+1$で結婚し,その2人を両親として4人以下の子供から構成される新しい世帯を作る.子供の数$k (k=0, 1, 2, 3, 4)$は,与えられた確率$a_k$に従って決まり,その期待値は$2+\delta(\delta\ge 0)$とする.男女の性別は等確率で決まる.このとき,子供のいる世帯のサイズ別の世帯数の比は一定となる,という定常状態での世帯サイズごとの平均世帯数を,$a_k (k=0, 1, 2, 3, 4),\delta,t$の関数で推定する.

キーワード:世帯数の分布,結婚-出産モデル.