研究室訪問

統計科学、統計地震学、点過程を専門とし大震災後、地震予測の研究に傾斜

 庄の研究室は地震の研究者たちでにぎわう。今春、尾形良彦教授が名誉教授になってから若干39歳、中国生まれの庄が統計数理研究所地震グループの中心になった。部屋では英語と日本語が飛び交う。庄は主に英語で対応しながら、地震学先進国の日本で、世界に貢献する地震予測モデルの開発に挑んでいる。

中国、ニュージーランド、日本、アメリカで研究活動

 上海から高速鉄道で5時間ほどの河南省開封市で育った。子どものころから優秀だった。20歳で河北省三河市にある防災技術高等専科学校地球物理専攻を卒業して河南省の中国地震局地球物理勘探(探査)センターに入り、1999年に北京市の分析予報センターで修士号を得た。この間、中国科学院研究生院(大学院)で学び、統計地震学を教えていたニュージーランド人のデビット・ベアジョーンズ教授に才能を認められ、1年間、ビクトリア大学ウェリントン校で研究活動を行った。教授との出会いが庄の舞台を広げた。

顔写真

庄 建倉
リスク解析戦略研究センター
准教授

 教授から統計数理研究所の尾形教授を紹介され、その推薦で2000年から日本政府招待の国費留学生となり、2003年に総合研究大学院大学で博士号を取得した。その後、日本国内でいくつかの研究員やアメリカUCLAで特別研究員を務めた後、2007年に統数研助教として正式に就任した。

 専門分野は、統計科学、統計地震学、点過程、研究テーマは「不完全情報の点過程理論」「統計地震学」「統計的モデリングの予測」などである。

 庄の研究の1つは、尾形が20年以上前に開発し世界標準になった地震活動の物差し、ETASモデル(Epidemic-Type Aftershock Sequence Model)に補正を加えた地震予測のソフトをつくることだ。前日までの地震活動データから翌日以降の地震を予測する。2006年に完成し、アメリカを中心に世界各国の研究者たちで地震発生の危険度の確率を予測するコンペ、CSEP( Collaboratory for the Study of Earthquake Predictability)に提出した。「ファイン」の評価を得ているが、NO.1ではないので現在も精度向上に努めている。

地震学者として出来ることは、少しずつ、予測をランダムな状況から確信的なものに改良することです

本来地震か誘発地震かを識別し、活発化、静穏化を見る

 庄が考案した確率的な除群化法では、過去に起きた地震が、他の地震に関係なく起きた本来の地震(常時地震)か、以前に起きた地震によって引き起こされた誘発地震かを確率的に識別する。これによって特定地域で地震が活発化しているか、逆に静穏化しているかを見ることができる。活発化、静穏化は大地震の前に見られる現象である。

 2008年5月の中国・四川大地震と2011年3月の東日本大震災には衝撃を受け、自らの研究マインドを統計学から地震学へ「フォーカスした」(焦点を合わせた)という。「地震学者として出来ることは、少しずつ、予測をランダムな状況から確信的なものに改良することです。予測として一般の人が期待しているクオリティーとはほど遠いものしか出せなかったことが地震学者として残念です。それを東北沖の地震で感じました」。

 この思いは日本の多くの地震研究者の間で共通している。「直前予想はともかく将来的な大地震の予測はできる」という自負が打ち砕かれ、自然のメカニズムの複雑さと地震学の未熟さを思い知らされたからだ。庄はその悔しさから地震学へ傾斜した。

「世界の地震研究は尾形教授のETASモデルを出発点に」

 庄は日本の地震学に100年の歴史があることに注目している。世界で初めて地震計が設置された国であり、「統計地震学」(Statistical Seismology)という言葉は安芸敬一博士が1956年に初めて使った。耐震建築物も日本が一番、進んでいる。「中国の地震研究は50年くらい。中国でも地震は起きていたが、国土が広く人が住んでいないところで起きていたので被害は少なかった。日本の地震研究は中国でも役立っている」と高く評価する。

 庄は地球物理を勉強し、統計の点過程、つまり事故の発生や客の来訪など、ものごとの不連続な起こり方の研究もしてきた。今後はこれらを生かし、メインとなった地震学の研究にその知見を取り入れていきたいという。「震源過程と地震活動の関係についてモデルをつくりたい。地球全体の構造、メカニズム、断層や滑りなど地球物理の観測量を考えて地震予測に役立てたい」。庄が学んできたことの集合である。

 庄はグローバルな活動にも熱心だ。統計地震学を世界的に広めるため2010年から世界各国の研究者たちと共同でWEB版の英語教科書づくりに取り組んでいる。すでに40%は執筆が進み、2015年までに完成させるという。5万人の会員を擁するアメリカ地球物理学会の学会誌「Journal of Geophysical Research」の編集委員も務めている。世界トップレベルの学者が選ばれるポストである。

 これまでの研究活動を通じて統計地震学の将来性には自信を持っている。世界の地震学者に対し「地震予測に関しては、尾形さんのETASモデルからスタートするべきだ」と言う。「多くの地震学者は前兆現象を探しているが、地震が起こる過程は私たちが知らないことが多く、その中に重要なものが含まれている可能性があるので、確率に頼るしかない。確率的なモデルは過去20年間に大きな進展があり、その中でETASモデルは、はるかに進展したモデルです」

 庄は中国の平野部で育ったので日本の山が好きだ。休日は登山を楽しむ。理論家と言われる庄にはいい気分転換になっている。研究上のひらめきは山より上の航空機の中で起きるという。北海道やニュージーランドへ行く時、難問解決の糸口をつかんだ。本人は「なぜか分からない」と首をひねる。庄がロケットに乗る時代が来れば、はるか上空のひらめきから人類にとって画期的な地震予測モデルを手にしてくれるだろう。

(広報室)

図1.ETASモデルで地震活動予測のソフトをつくり、2003年9月23日から10月21日まで日本地域で起きるマグニチュード4.0以上の地震発生の時間変化を予測した(黒い線)。上下の緑線は95%信頼区間のエラーバー、赤は実際に発生した地震の数。


図2.本州地域で発生した全地震の位置。(a)に確率的除群化法を適用し、子孫地震(b、誘発地震。以前の地震によって誘発されたもの)の位置と、常時地震(c、他の地震に関係なく起きたもの)の位置を識別した。地震の活発化、静穏化が分かる。

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