研究室訪問

時代、年齢、世代効果を分離するコウホート分析で多分野に貢献

 この分析モデルの開発があって初めて見えてくる世の中の動きの源があり、そのために多種多様な分野で使われている。医学・疫学、農学・水産学、社会学、心理学、政治学、経済学、マーケッティング…。統計数理研究所が昭和28年(1953年)から5年ごとに実施している「日本人の国民性調査」を分析する中で、中村さんが開発した「ベイズ型コウホートモデル」である。継続した調査データの中から時代、年齢、世代の影響を分離し、将来を予測することも可能な優れものだ。

入所3年で識別問題を克服するベイズ型コウホートモデルを開発

 まだ電卓はなかった小学生のころ、教師が使っていた手回し計算機がうらやましかったという。数学が得意だった中学生時代は教育テレビで放送していたプログラミングに興味を持った。高校時代にブルーバックス「社会工学入門―21世紀社会への推進力」(高瀬保、1968年)を読み、当時全国で唯一、同名の学科を持つ東京工業大学へ進んだ。

顔写真

中村 隆
データ科学研究系
調査解析グループ教授

 統計数理研究所には昭和54年(1979年)に入り、日本人の国民性調査の分析を担当した。人の意見は、時代や加齢の影響を受け、世代差もあり、それらが混然一体となっている。同じ人でも年齢が高くなると意見が変わったり、好不況の景気に左右されることもある。しかし、調査データに見る意見の時系列変化が時代、年齢、世代(コウホート)のどの影響によるものかという分離は難しく、長い間、「コウホート分析の識別問題」と言われてきた。

 中村さんは1982年に「ベイズ型コウホート・モデル―標準コウホート表への適用」という論文を書き、学会で発表した。統数研の赤池弘次元所長らの「ベイズ型季節プログラムBAYSEA」をヒントに、ある時代のある年齢層の意見を特徴づける時代、年齢、世代の効果がゆるやかに変化するという付加条件を取り込んだモデルを開発し、このコウホート分析法を画期的に前進させたのである。 入所3年目だった。「コウホート分析の識別問題は、解決ではないが、『克服』できるとしているのは世界で唯一、私だけだと思います。まぁ、ビギナーズラックということでしょうか」

 このモデルやその後に拡張された「交互作用効果モデル」によって国民性調査の数字の中から、いくつかの「驚くべきこと」が浮かび上がってきた。「家族が一番大切と思う」の項目では、晩 婚化の影響がとらえられ、かつては50歳代にあった「孫効果」と も言うべきもう1つの山はなくなり、なだらかとなって祖父母になる年齢が一様でないことの影響も分かった(ただし、男性ではこの山は消えたままだが、女性では復活してきている)。「もういちど生ま れかわるとしたら男と女のどちらに生まれたいか」の質問では、男性は各時代や年齢、世代によっても変わっていないが、女性はまた「女に」がどんどん増え、世代や年齢効果のほかに時代効果が大きいことが分かった。女性は世代や年齢を問わず「女に」生まれ変わりたいというようになってきたのである。

調査の大切さ、継続の大切さを訴え、継続調査データから社会の変化がどのように見えてくるかを追求したい

昭和ヒト桁生まれは日本人全体の中で特異な世代

 最初の論文を書いた直後から共同研究の申し込みが相次いだ。「むし歯」のデータをコウホート分析すると、昭和10年前後生まれの人は相対的に少ないことが分かった。子どものころ、戦争のため砂糖がなかったからである。死亡統計では、脳卒中は1970年代から下がり、不可避的である加齢の影響のほかに、時代の影響と世代差も大きいことが分かった。金融では、株式や投資などリスクに関心のある人は、高度成長を経験していない世代に多く、最近の若者たちに増えていることが分かった。クジラの調査捕獲から自然死亡率を推定するのにも応用が可能だったり、職業階層と職業移動調査、米の消費量、犯罪統計などと、その応用範囲の広がりは現在もとどまるところを知らないほどだ。

 日本人の国民性調査やその他の調査データの分析結果から「日本人の各世代の中で昭和ヒト桁世代は特異な世代」と中村さんは指摘する。戦時中を青少年として過ごし、むし歯は少なく、戦後長く社会党支持が高く、終戦直後の20代前半と1980年代の中高年時代に自殺が多く、肝硬変・肝がんでの死亡率も高い世代だという。

 「戦争の影響は非常に大きいです。その時に生きているすべての人に影響することはもちろんですが、幼少期・青年期に受けた影響は、その世代に前後の世代とは異なる特徴を残します。世代効果として取り出すと、山あるいは谷となって見える。この世代の1980年代における中高年での自殺は、終戦直後は自殺しなかったとしても、そういう考えは残っていて、上と下の世代の板ばさみになると、もういいや、となってしまった、というようなことが考えられます」

継続調査の蓄積したデータから社会が見えてくる

 こういうことが見えてくるのもコウホート分析のおかげだが、そのためには5年ごとなどと30年以上は続く継続調査データが必要である。ところが、最近はプライバシー意識の高まりなどにより、調査の回収率が低下している。これが続くと社会の意識の実態を知ることができなくなってしまう。

 「昔は8割の人たちが協力してくれた。いまは面倒くさいとか、自分にメリットがないとかで拒否する人が増え、人間や社会のデータはますます分かりにくくなっています。調査の大切さ、継続の大切さを訴えるとともに、共同研究者たちと継続調査データから社会がどのように見えてくるかを追求したいですね」

 その一方で、マスコミによる内閣支持率などの「電話調査」には少し懐疑的だ。「世論調査は、母集団をきちんとしていなければならないが、電話によるサンプリングはその意味で問題がある。ただ、内閣支持率というトレンドで見ると、どの電話調査も同じような動きをしているので使われているのでしょう。その結果にみんなが影響されて意見を持ってしまうことがある」。人はマスコミ調査の多数派の意見を取り入れるのではなく、自分の意見を持ってほしい、という注文である。

 今後の課題は、ベイズ型コウホートモデルや日本人の国民性調査を次世代の研究者たちへうまくつないでいくことという。同時にプライベートでは、4歳と1歳の長男、二男の成長を見守ること。年齢的には長い道のりだが、画期的な統計分析モデルで多分野に貢献してきた統計学者としては、それなりの見通しを持っているのだろう。世界でも例を見ない超高齢化社会に入っていく日本で、1つのモデルケースとなりそうである。

(企画:広報室)

図1.女性の「一番大切なもの(家族)」の回答の推移(日本人の国民性調査)。年齢別(左下)、調査時期別(右下)に対して回答割合を立体的に表示している。このようなグラフから、時勢の影響、加齢の影響、世代の差についてどの程度のことを読み取ることができるだろうか?


図2.女性の「一番大切なもの(家族)」の回答割合のコウホート分析結果。左のパネルから順に、時代効果、年齢効果と交互作用効果、年齢効果に交互作用効果を足した効果、コウホート(世代)効果を示す。左から3番目のパネルをみると、時代を経る(下方の線から上方の線へ)につれ、晩婚化の現れと考えられるピークの20歳台後半から30歳台前半へのゆっくりした移動と、50歳台前半に第2のピークである「孫効果」をみることができる。

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