研究室訪問

パーフェクトな乱数創造を目指す物理乱数発生装置の研究

 「私の専攻ですか?乱数です。科学の研究に不可欠なもの。そして、数学者にとって永遠の問い…。」では、乱数(random number)とは何なのか。言葉が意味する絶対的な無作為とは、どのような状態を指すのか。「いかなる規則にも周期性にも拘束されないという意味かな。つまり純粋に乱れた世界ですよ。」

 田村さんとの会話は哲学的だ。統数研2階の副所長室と5階の研究室を行き来しながら、刻み込むように単語を重ね、自分の学問の特質を語る。その姿には、古代ギリシアからの「数に憑かれた人」の伝統が折り重なるようだ。

信念としての「物理乱数こそ真の乱数」

 乱数は社会調査のサンプリングや統計モデルのシミュレーションに「欠くべからざるもの」とされる。それを人為的に作り出すことが、計算科学の重要なテーマだ。偶然に依拠するのではなく、理論に従って作られる乱数の数列。しかし、完全無欠の乱数の状態にたどり着くことが可能なのだろうか。

顔写真

田村 義保
新機軸創発センター
乱数研究グループ教授

 シミュレーション計算が大規模化する現代においては実用的に周期の長い乱数が要求される。優れた擬似乱数発生法が多く提案されるが、田村さんは「数式を用いて発生させられている以上、真の乱数ということはできない」と一蹴する。そして、「物理乱数こそ真の乱数と呼ぶにふさわしいものである」と指摘する。

 その物理乱数を発生させるには、何らかのランダムな物理現象を用いる必要がある。例えば、微小電流を流した時に発生するノイズ(熱雑音)源。生成信号を増幅し、ランダムな電圧変動をミキシングする技法などを用い、無作為なビット列を得る。貴重性は認められるが、「コストが高くつき、まだ気軽に導入できるものではない」といわれることが多い。また、乱数発生器として形状が大きいと、小型製品への応用ができずに市場を広げられない。「小型で低価格」の乱数発生装置の研究成果が喫緊の課題として求められる所以だ。

統数研は共同利用機関。統計科学の分野とその応用分野を発展させる中心として活動していく必要がある。

非線形確率微分方程式からの出発

 田村さんは統数研の最古参級の研究者の一人だ。1981年に研究員、85年に助手。その頃は「非線形確率微分方程式の近似解法」を専攻していた。「配属された旧第5研究部の部長であった赤池弘次元所長(故人)から命じられたのが視聴覚的情報検索システムで、時系列解析をインタラクティブに行えるようなものを開発するということでした。何とか動くシステムにすることができた。しかし、大学院時代の研究テーマがアメリカのサンタフェ研究所で盛んに研究されたことを後で知り、少しくやしい思いをしました。」

 助教授になる時、統計データ解析センター所属として物理乱数に直面した。現実社会の求めに応じる研究でもあった。「1988年頃は線形合同法が主に使われていて、その周期性から大規模計算に使うには問題がありました。一方、物理乱数の発生速度は遅く、高速計算には不向きなものでした。これらの問題を解決するために、物理乱数の高速化の研究を始めたのです。」

 高速化のためには、高速な現象を探す必要がある。磁気ヘッドの量子論的なふるまいを用いたものや、レーザーカオスを用いた方式も提案された。田村さんはずっと電気回路の雑音を利用する方法にこだわり続けた。

 最新の統計科学スーパーコンピュータシステムに搭載した東京エレクトロンデバイス社製のボードの発生速度は400MB/秒を超えており、他の発生方式を含めても、世界最高性能のものになっているという。

「研究所に来なかった日は年10日だけ」の多忙な副所長時代

 2004年から2010年3月末まで副所長を兼務し、「評価等」を担当した。「公的な研究機関が社会的要請に的確に応えているのかどうか。説明責任をきちんと果たしているのか。それを評価することは非常に重要な仕事。しかし、客観的な指標があるわけではなく、当初は大変苦労した。」研究発表会にできるだけ参加し、異なる分野の最新の成果に目を凝らす。統数研が関係するシンポジウムにも、ほとんど出席する。

 「評価担当とは、まずは自分にきびしく仕事を評価しなければなりません。」

 では、自己評価を。乱数の学問は実社会にどのように役立っていると思いますか?「シミュレーションを必要とする研究には大いに役立っている。1998年以降は複数の研究所、大学で物理乱数発生装置を導入。これは日立、東芝の2社と新しい発生方式について意見交換を行い、それぞれが高速の物理乱数発生装置の開発に成功したことに関係している」と胸を張った。

 統数研が港区南麻布から立川への移転するにあたり、建物構造と研究・就労環境について検討する委員会の責任者をつとめた。個々の施設の構想が実現するか立ち消えになるか、予算とにらみあわせで高度な折衝が続けられたという。「愛称を募集した研修宿泊施設は、統数研の研究者たちが頑張った成果です。働く人の健康維持のために体育施設も欲しかったのだけど……。」それやこれやで毎日のように職場に詰める必要性に迫られる。「研究所に来なかった日は年10日だけ」という年が続いたという。

 いま痛感しているのは、研究所の使命、研究者の実績を一般の人々に積極的に伝える重要性だ。「統数研は共同利用機関。大学等の研究機関の方との共同研究を通して、統計科学の分野とその応用分野を発展させる中心として活動していかなければならない。その活動の模様をきちんと社会に説明していく責務もあるのです。世界の中心であることが認められるような活動、役割も担っていく必要があります。」

 とにかく統数研が大好き―。そう言いたくて唇がいつも動いている。哲学者の風貌は、少年の笑顔にも似る。

(企画/広報室)

図1.物理乱数発生ボードのプロトタイプ


図2.乱数を取得するホームページ


表1.統計数理研究所における乱数発生装置

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