コラム

機内の過ごしかた

上野 玄太(モデリング研究系)

海外出張では当然、飛行機に乗る。飛行機は安全な乗り物であるが、旅特有の心細さを感じられるところがよい。心細さとは、もし落ちたらどうしよう、自力で助かることは絶対に不可能だ、といった想像のことである。

中学生の頃、機内の同乗者と、部屋を片付けずに出発してしまった、もし落ちたら、まずいものが明るみに出てしまう、でも今さらどうしようもない、という話をしたことがある。現在でも自分はオフィスや自宅を片付けずに海外出張に出ているあたり、まったく成長が見られていないが、無事に帰国することの強い意思表示である、と前向きに解釈することにしている。

部屋の片付けまでは至らないが、出国時にはある程度の整理はついている。「ある程度」とは、出張前の会議やセミナーの日程を調整し、依頼されている書類を提出し、研究発表の材料を揃え、ポスター印刷を完了し、持参する論文や本を厳選する、ということを指す。厳選する必要が出てくるのは、出張期間中は自由時間がたっぷりあるような気がするため、あれもこれも読みたいと積読状態であった文献をピックアップしていくと大量になるからである。また、本気で読むためには電子ファイルではなく紙でないといけない。

セレクションをくぐり抜けた文献は、収納先が2通りに分かれる。手荷物に入れて機内に持ち込むか、スーツケースに入れて預けるかである。優先順位の高いものから手荷物に入れる。書き込みや手計算をしていかないと頭に入らないし再読も困難になるので、赤ペンも手荷物に入れる。経験上、スーツケースに入った文献は、出張先では手に取らないことが多く、復路の機内持ち込み荷物に割り当てられない限り読まれずに帰国する。

さて、搭乗し、ドアが閉まってシートベルトを締める。ノートパソコンやテーブルは使用できない時間帯なので、ここで、優先順位1位の文献を手にし、赤ペンを片手に読み始める。優先順位1位は、論文ドラフトであったり論文であったり教科書であったりする。論文の査読は後回しである。調べ物ができないので、分かりにくいところがあってもその文献にどんどん目を通す。机はなく、手持ちであるために赤ペンの文字はふにゃふにゃになるが構わず書き込む。そのうちにシートベルトの着用サインが解除されるので、テーブルを引き出して続けて読む。これで手計算が可能になる。この時点で、シートモニターで映画を見ないことが肝要である。それは、ここが出張期間を通じて最も集中できる時間であるためである。復路のフライトでは疲労と気の緩みのためか集中力に欠ける。往路のここが勝負の時間と言ってよい。

つづいて、機内食の準備時間である。飲み物のサービスが始まり、食器やテーブルクロスが配られる。そのため、手元の文献は座席前のポケットにしまい、テーブルを空ける。テーブルクロスが敷かれたら、テーブルの上での作業は一時中断である。ところが、そこから実際に機内食が出てくるまでには意外に時間がある。この時間が重要である。ただ座って待っているだけの、ある意味で不自由な状態なのだが、何も見ずに考えられることに思いを馳せていることが多い。これまでによくわからなかったことや、考えなくてはいけないことへの閃きが得られることがある。そんなときは、テーブルの向こうにしまった紙とペンを取り出してメモを取る。確かに書き留めた充実感に浸ったところで機内食が出てくれば完璧である。

今回の行先はデンバーである。スーパーコンピュータの会議と展示会が同時に開かれる。

統数研のデータ同化スーパーコンピュータシステム(HPE Superdome Flex)。展示会で紹介した。

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