コラム

対称性と非対称性

鎌谷 研吾(モデリング研究系)

 むかしむかし、まだコロナといえばヒーターの会社かなと思っていたあの頃、海外出張がよく行われたものである。関西地区に住んでいた私は、出張のたびに京都の土産を持っていった。土産として緑茶を選ぶのはハイリスクだ。緑茶の歴史の長くない地域だと匂いに抵抗を持つ方も多い。私はこのようなときに、いらぬリスクを喜んで取るタイプである。しかし小心者でもあるから、同時にヘッジも大好きである。つまり缶入り緑茶とともに、他にも一つくらい小物を持っていくこととなる。「他にも一つ」として金平糖はちょうどよかった。子供には喜ばれるし、中国茶が日本で変化した日本茶と、西洋菓子が日本で変化した金平糖の組み合わせが面白い。なによりその形状が美しい。

 形状の対称性は構造の安定性を生む。状態の経時的変化の法則についても同じことが言える。ここで、経時的変化とは、たとえば株価の変動を思い浮かべていただきたい。また、経時的変化の法則の対称性とは、ある経時的遷移の仕方と、その逆の遷移の仕方が同じ割合で起こることを言う。対称な法則は、マイルドな仮定のもとで、大数の法則が成り立つという意味で安定である。一方で、安定を求めるのであれば、法則の対称性はかならずしもいらない。対称であるがゆえに、同じ状況をぐるぐる回ってしまい、安定的な状態にたどり着くのに時間がかかることがある。とくに、不確実性のない法則の場合、効率が悪いどころでない。不確実性がなく、対称性を持つ法則は現実的には無意味なものしかありえない。大釜で結晶化させる不確実な手続きが金平糖に欠かせなかったように。

 法則の非対称性、よりくわしくは、マルコフカーネルの非対称性は私の研究分野であるベイズ計算では根強い人気がある。法則に非対称性を入れることで効率よく安定になると期待されている。しばしば国際的なワークショップも開かれ、活発に議論が行われている。最近も、自然な非対称性をもつ区分確定的マルコフ過程が話題になり、我々のチームも細々と研究している。

 しかし非対称性と対称性の差は期待しているほどではないかもしれない。自然で非対称な法則はすべて、対称なものの掛け算でできると私は予想している。法則の掛け算はギブスサンプリングと呼ばれ、実用上よく使われるものでもあるから、掛け算を考えるのは不自然なことではない。じつは、やや反則的な意味合いだが、空間をちょっと拡張してやれば、上の予想が成り立つことがわかる。だから、非対称な法則は、対称な法則からはたどりつけない特別なものではないかもしれない。だからといって非対称性研究が無意味とはなるまい。うまく非対称を作るのが大事なのだと信じて研究を続けている。まだ道半ばである。前述の区分確定的マルコフ過程が僅かな光といったところか。

 さて、対称性・非対称性にまつわる話がややネガティブな論調になったところだが、ここで読者にひとつ注意喚起したい。緑茶と金平糖を土産に渡すと、彼・彼女たちはとうぜん、湯を沸かし、茶を淹れ、そしてその茶の中に金平糖を入れる。微妙なフレーバーの緑茶によって誤った日本像が植え付けられる前に、土産を渡す際にはひとこと説明をつけ加えておくことをおすすめする。

京都建仁寺の開山堂。日本に臨済宗を伝えた栄西は茶の普及にも大きく貢献した。

緑寿庵清水のいちごフレーバーの金平糖。

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