コラム

私的AISM編集後記

栗木 哲(数理・推論研究系)

 統数研に転任して間もないころから今年度初めまでの約15年間、統数研の英文誌AISM(Annals of the Institute of Statistical Mathematics)の編集に携わりました。最後の5年間はチーフエディタでした。任からはずれて数ヶ月たち、記憶も薄れかけてきたところです。今日はこの場をお借りして、その間の印象深かったことや内輪話めいたことなど、「私的」編集後記を書きたいと思います。

 エディタの仕事の内容は、言ってしまえばやはり「雑用」です。それでも仕事をやっていて良かったことといえば、外国に行ったときに名刺代わりになることです。AISMの雑誌名はそれなりに通っていますので、そのエディタといえば感心してもらえたことが何度かありました。

 それはそれでありがたいことですが、その一方で投稿中の論文の状況について旅先で聞かれることもありました。これは本当に困りました。論文についての連絡は、公正を期すためにすべて文章ベースで行い記録に残すことが原則だからです。日本人の方でも気楽に、自身の投稿論文について聞く人がいましたが、その度に自分はフリーズしてしまいます。

 また仕方ないとはいえ一番残念なことは、やはり論文をリジェクトした人とは多少気まずくなってしまうことです。昨年夏に、同じく編集委員であった今野さんとアフリカのある国の研究集会に参加しました。そこでお会いした先生が、どうもよそよそしい感じがします。まもなく自分たちの記憶がつながり、AISM に論文掲載が叶わなかった方とわかりました。

 このように記憶が残るものもありますが、年間200篇くらいの投稿のすべてが記憶に残る訳ではありません。ある2 人組は、2週間に一度の編集会議のたびに新規論文を投稿していました。これはなかなかできることではありません。しかしあるとき、既視感を感じたため記録を調べてもらうと、以前に投稿されリジェクトされた論文でした。他誌のもとを2、3年回遊して戻ってきたものでした。そのことに気がつかない自分たちも褒められたものではありませんが、その2人組の編集委員会での評価は一気に下がってしまいました。

 ところで任期中は多くの人に助けていただきました。責任者を任された6年前の当時は、その内容や編集システム、日本人投稿者が少ないなどの問題がいろいろ指摘されていました。北川所長(現機構長)の全面的な支援のもと、まず時間をかけてアソシエイトエディタの組織的なリクルートを行い、また特集号の積極的な導入やWIKIによる編集などの工夫をしました。今野さん(日本女子大)が二つ返事で編集委員を引き受けてくださったのは本当に助かりました。その他名前をあげませんが、所内外、国内外の多くの方が編集委員やアソシエイトエディタを快く引き受けてくださいました。また編集室スタッフは、職務とはいえ本当に優秀で、実質的にエディタの仕事の何割かを担っています。

 最後に少しだけ問題提起を。この12月に台北の中央研究院(Academia Sinica)で開催された統計科学の国際学会 Joint2011に出席しました。この中央研究院に属する統計科学研究所は、規模、内容ともに統数研と似た研究所で、Statistica Sinicaという国際誌も出しています。この雑誌は AISM より後発ではありますが、現在は中国系統計学者の団体である「泛(はん)華統計協会」(The International Chinese Statistical Association, ICSA)の公式雑誌として大きな存在感を持っています。

 Joint2011のバンケットでは、この雑誌がどのように生まれ、また育ったかについて、スライドを使って誇らしく紹介されていました。もし日本人の統計コミュニティーで同じことを考えるならば、その受け皿はAISM と思います。自分はチーフエディタ在任中にこのようなことを考え提案いたしました。このアイデアは今でもなかなか悪くないと思っています。

編集会議のスナップ(2011.3.31、左から敬称略で、藤澤、栗木、今野、福水、撮影は編集室渡邉)

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