コラム

なぜ脳科学はポピュラーサイエンス化したのか

三分一 史和(モデリング研究系)

 最近、“脳科学”という言葉を日常的によく見聞きするようになってきた。また、“脳科学者”という肩書きを用いる学者も増えてきたように思う。一口に脳科学と言ってもその対象はミクロからマクロまで非常に幅広く、遺伝子レベル、神経細胞レベル、神経組織レベルという階層があり、組織レベルよりもマクロになると心理学や行動学と重複してくる。実際、研究者であっても自身が研究対象としている階層とその周辺のことしか分からないくらい高度に専門化されている。一般に言われる“脳科学”はどちらかといえば神経組織レベルよりマクロのレベルを指し、神経組織レベルや神経細胞レベルを対象とする場合は神経科学ということが多いように思う。

 その“脳科学”だが、学術的な研究成果が新聞等の科学欄で解説されたり、テレビ番組で実際の計測の場面が紹介されたりなど、ここ10年くらいの間で一般の人たちにも広く知られるようになってきた。さらには、ゲームや教育教材においてブームを生む現象とまでなっている。

 どうして、脳科学がこのようにポピュラーになってきたかというと、その要因の一つに脳機能計測装置の“家電化”ということが言えるのではないであろうか。一つの例として、機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)がある。これは原子核物理学の原理を利用した非常に高度な技術が用いられた装置であるが、電子レンジの原理を知らなくても誰でも調理できるように、fMRIも操作方法のマニュアルを理解すれば中身を詳しく知らなくても安全にコンピューター制御により計測するこができるようになっている(価格は家電製品の数百倍であり、操作は電子レンジよりはややこしいが)。データー解析においては標準ソフトが開発されパソコンがあれば脳の賦活部位を回帰分析や分散分析などの統計処理によって検出し、その部位を3次元の脳画像の上に投影したり、断層画像としてイメージングが行えるものである。

 このように、fMRIを用いた脳機能計測はハードと統計学を用いた解析ソフトを両輪としてこの10年ほどで急速に発展し一般化してきた。このお陰で脳機能研究を行う研究者が劇的に増え、実に多くの分野へ波及している(脳の中の様子の解明が進んでいる反面、計測装置と解析法のブラックボックス化が進んでいるのは皮肉であるが)。

 そうして、昨今ではテレビのバラエティー番組の中でタレントの脳機能計測の様子が映されるほど一般にもよく知られるようになっている。しかし、その反面、学術的によく検証されていないことが流布されることもあり、研究結果の妥当性を判断するリテラシーの向上が求められている。

 今後も脳機能の計測技術はいくつかのブレークスルーやパラダイムの転換点を経てさらに発展し、それに伴って新たなデーター解析法の開発も求められるはずである。ヒトの脳でヒトの脳がどこまで理解できるのか分からないが、自分の脳(そう性能は良くない)がそれに少しでも貢献できればと思う。

自治医科大学におけるfMRI 測定風景

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