第60巻第1号3−25(2012)  特集「時空間統計解析:新たなる分野横断的展開」  [総合報告]

応用空間統計学の二つの潮流:空間統計学と空間計量経済学

筑波大学大学院 堤 盛人
国立環境研究所 瀬谷 創

要旨

空間統計学(狭義には地球統計学)と空間計量経済学は,地理空間データを対象とした研究の発展に大きく貢献し,その適用は応用空間統計学の2つの主流となっている.自然科学への応用から生まれた空間統計学と地域科学から生まれた空間計量経済学は,これまで独自の発展を経てきたが,近年,特に地理情報システムの発展に伴い,社会経済データを用いた研究に後者だけでなく前者が応用される機会も増えている.

本稿では,二つの学問の相違とその長所・短所,発展可能性について,最新の研究動向も踏まえながら,総括的な議論を行う.まず,空間データの特徴である空間的影響(空間的自己相関と空間的異質性)について説明した上で,その代表的な検定手法を整理する.次に,空間計量経済学,空間統計学の差異,特に,対象となる空間の捉え方について議論した上で,最新の研究事例も紹介しながらそれぞれの学問分野の特徴をまとめる.空間計量経済学については空間重み行列の役割について詳しく論じるとともに,空間統計学については予測(空間内挿)について詳しく論じることで,両分野の本質的な差異を議論する.最後に,それぞれの時空間データ適用への拡張の動向について議論する.

キーワード:空間統計学,空間計量経済学,空間重み行列,定常性,予測.


第60巻第1号27−36(2012)  特集「時空間統計解析:新たなる分野横断的展開」  [総合報告]

タンパク質適応進化の時空間モデル

高知大学 渡部 輝明
東京大学 岸野 洋久

要旨

タンパク質はアミノ酸配列を変異させることで環境に適応していくが,遺伝子上で起こった突然変異は環境に特有の選択圧のもとで淘汰されていく.そのため選択圧はタンパク質表面の領域に依存すると同時に,進化の過程において変化する環境にも依存していくものと考えられる.そのことから選択圧の時空間的な揺らぎを明らかにすることがタンパク質適応進化について理解するための重要な役割を果たすと考えられる.本稿ではまずA型インフルエンザウイルスの35年に渡る変異の過程での選択圧の変化を観る.ヘマグルチニンタンパク質の宿主細胞受容体結合領域における抗体との結合親和性がどのように変化したかを観ていくことでタンパク質にかかっていた選択圧の変化をうかがい知る.そしてSARSコロナウイルスを用いて正常細胞,感染細胞,ウイルス粒子,抗体の4者からなる宿主内動態の変化を解析し,変異ウイルスの宿主適応度を解析する.そして集団遺伝学の理論から変異ウイルスが宿主集団に定着する確率を求める.結合領域での幾つかの変異が高い確率で固定され得ることが判った.

キーワード:分子進化,選択圧,空間分布,固定確率.


第60巻第1号37−55(2012)  特集「時空間統計解析:新たなる分野横断的展開」  [総合報告]

クラスター点過程の疑似尤度解析とパルム型強度の性質

立教大学 田中 潮
東京大学/統計数理研究所 尾形 良彦

要旨

ネイマン・スコット点過程は集中型点配置データの代表的な統計モデルである.しかし最尤法に基づくモデルの適合性比較や効率的な推定が叶わなかった.これは異なる点群同士の区別の無い配置データを扱うためである.筆者らは点配置座標間の差ベクトルの点過程を考えた.差ベクトルの配置データを非一様ポアソン過程とみなして,これを表現する強度関数(パルム型強度)でポアソン過程の尤度関数を記述し最尤法(パルム型最尤法)を適用し,その有効性を数値実験で示し,精度の良い解析を可能にした.近年これを支持するパルム型最尤法の漸近論が整いつつある.

さらに筆者らは,異なるネイマン・スコット点過程が複数混在する点配置座標データから,それぞれのパラメタを推定する一般的な問題を考えた.しかし,この場合パルム型最尤法では,それぞれのクラスターのパラメタが同定できない.そこで,最も近い点同士の差ベクトルを集めた座標データについて,その距離分布密度関数に基づく対数尤度とパルム型対数尤度の和とで与えられた疑似対数尤度の最大化で同定問題を解消し,それぞれのパラメタを推定することを提案した.現在このような複合型ネイマン・スコット点過程の理論的研究も進行中である.

キーワード:(重ね合わせ)ネイマン・スコット点過程,パルム型強度,パルム型最尤法,点過程モデル同定問題, 最近接接触距離型最尤法.


第60巻第1号57−71(2012)  特集「時空間統計解析:新たなる分野横断的展開」  [総合報告]

時空間大規模データに対する統計的解析法

東京大学大学院 矢島 美寛
東京大学大学院 平野 敏弘

要旨

本論文では,時空間大規模データを効率的に解析するために提案された統計的解析法の最近の発展についてサーベイする.まず最良不偏線形予測量を近似し,迅速に予測量を計算するために用いられるCovariance Taperingについて解説する.次に時空間領域および周波数領域において最尤推定法を代替し,高速計算可能な推定法を紹介する.次にパラメータ数を縮約し少数の因子によりデータを説明する潜在過程モデルを紹介する.最後に今後解決すべき課題を列挙する.

キーワード:時空間統計解析,大規模時空間データ,Covariance Tapering,潜在過程モデル.


第60巻第1号73−91(2012)  特集「時空間統計解析:新たなる分野横断的展開」  [原著論文]

地域気象観測に基づく波浪の予測手法に関する検討

東京大学大学院 甫喜本 司
慶應義塾大学 清水 邦夫

要旨

海上で発生する波浪の変化に関する予測方法の開発は,海象のメカニズムを理解することはもとより,海洋に関わる様々な人間活動にとって重要な意義をもっている.しかしながら,海象の変化の予測は現象自体がもつ複雑さに加えて観測データの十分な取得が困難である場合が多く,こうした背景がこの予測問題を困難なものとしてきた.本稿では,この予測問題に対する一つの考え方として,広域の地域気象観測より得られる情報を基にして海上の波浪の変化を予測するための方法について統計的観点より検討を行う.具体的には,気象庁が近年日本全国の広い地域にわたって設置してきた地域気象観測システムであるアメダス(AMeDAS),及び全国の沿岸域に設置されてきた波浪計からの観測情報を基にして,両者の時間的・空間的な関係を表現する一つの統計モデルを開発する.開発されたモデルの予測における有効性については予測実験を行って統計的に評価を行った.その結果,広域の観測情報を考慮することによって一つの気象観測局の観測情報のみから予測を行う場合よりも予測精度上の効果があるという可能性が示された.また,このモデルは気圧配置の変化する一年間を通しても概ね波高の予測性能に改善を与える可能性がある点が示された.

キーワード:海象データ,気象データ,予測,von Mises過程,時空間モデル.


第60巻第1号93−108(2012)  特集「時空間統計解析:新たなる分野横断的展開」  [原著論文]

Echelon解析に基づくスキャン法によるホットスポット検出について

岡山大学大学院 石岡 文生
岡山大学大学院 栗原 考次

要旨

本論文では,領域ごとに得られるデータ(空間データ)に対してEchelon解析を適用し,それによって得られる階層構造に基づく尤度比の高いホットスポットの検出手法について述べた.次に,シミュレーションデータを用いて先行研究のホットスポット検出法との比較を行った.また,与えられた空間データにおいて,ホットスポットとなる可能性のある全ての領域の形状のパターンを検出するためのアルゴリズムを提案した.さらに,そのアルゴリズムから得られた全ての形状に対して,対数尤度比とrelative riskを計算し,その関係性を検証することで,他の検出法の問題点とEchelonによるホットスポット検出法の妥当性について検討した.

キーワード:ホットスポット,空間データ,空間スキャン統計量,Echelon解析.


第60巻第1号109−119(2012)  特集「時空間統計解析:新たなる分野横断的展開」  [原著論文]

森林被覆率の非線形回帰モデリング

九州大学大学院 宮田 大毅
九州大学 西井 龍映
島根大学 田中 章司郎

要旨

森林減少は人間の活動が主要因であるが,同時に地形的な制約も受けている.ここでは森林減少の定量的評価のため,森林被覆率を人口密度および土地の起伏量により説明する精密な回帰モデルを考察する.Tanaka and Nishii(2009, IEEE Transactions on Geoscience and Remote Sensing)は森林被覆率のロジット変換を目的変数,人口密度と起伏量を説明変数としたパラメトリックな非線形回帰モデルを探索した.ここでは平均構造を加法的な自然スプライン関数で表現した非線形回帰モデルを探索する.また誤差として1次近傍,2次近傍での空間依存性も考慮した精密なモデル化を行う.広島県で観測した実データでの検証により,提案モデルが従来モデルよりはるかに優れていることが示された.

キーワード:ロジスティック回帰分析,自然スプライン,森林減少,人口密度,起伏量.


第60巻第1号121−130(2012)  特集「時空間統計解析:新たなる分野横断的展開」  [原著論文]

フロー間の空間的相関を考慮した負の二項重力モデル

筑波大学大学院 爲季 和樹
筑波大学大学院 堤 盛人

要旨

近年交通や物流などのODデータ(フローデータ)における空間的相関の考慮に関する研究が注目されている.中でもLeSage and Pace(2008)は,海外で空間的相関を考慮したモデルの研究として進展の目覚ましい空間計量経済学の手法により,フロー間の空間的相関を考慮した重力モデルを提案している.彼らのモデルは誤差項に正規分布を仮定しているが,離散データに対する連続分布の当てはめについては従来から統計学的な問題点が指摘されており,離散分布を仮定したモデリングが望ましい.本研究では,離散分布の一つである負の二項分布を仮定した重力モデルをもとに,フロー間の空間的相関を考慮したモデルを提案する.提案したモデルを都道府県間人口移動データに適用した結果,LeSage and Pace(2008)同様,空間的相関を考慮することで,対数尤度や平均二乗誤差が大きく改善することを確認した.

キーワード:フローデータ,負の二項分布,重力モデル,空間計量経済学,空間的相互作用.


第60巻第1号131−148(2012)  特集「時空間統計解析:新たなる分野横断的展開」  [原著論文]

ブロック行列による正規確率場の逐次シミュレーション法について

東京工業大学大学院 間瀬 茂
東京工業大学大学院 持田 信行
東京工業大学大学院 村山 靖洋

要旨

2次定常正規確率場の理論的に正確な(少なくとも有界なレンジの共分散関数に対して)シミュレーション法としては,共分散行列のコレスキ分解による方法が直接的であるが,共分散行列のサイズが大きくなると数値的困難が生じる.一方で,標準的シミュレーション方法であるFFT(高速フーリエ変換)法を用いた方法は,規則的な格子点上のシミュレーションにしか使えない.この論文では,ブロック化された多変量正規変数の条件付き平均と条件付き分散の一般的な逐次公式を導き,それを用いて正規確率場をブロック毎に逐次的にシミュレーションする方法を提案する.この方法は少なくとも理論的にはFFT法よりも計算量が少ない.

キーワード:正規確率場,逐次的条件付き平均・分散公式,ブロック行列,逐次シミュレーション.


第60巻第1号149−157(2012)  特集「時空間統計解析:新たなる分野横断的展開」  [原著論文]

単一試行生体イメージングデータ解析のためのAR型モデルに基づく時空間フィルタリング法

統計数理研究所/総合研究大学院大学 三分一 史和
兵庫医科大学 越久 仁敬
独立行政法人国立病院機構 岡田 泰昌
統計数理研究所 川合 成治
統計数理研究所/総合研究大学院大学 田村 義保
統計数理研究所/総合研究大学院大学 石黒 真木夫

要旨

回帰分析や相互相関解析は脳の動的イメージングデータにおける神経賦活の検出に広く用いられている.これらの解析法には神経賦活の時間的変化を反映した参照関数を先験的に仮定する必要があり,言い換えれば,神経賦活のうち,その変動パターンが参照関数と相似性の高いものが検出されるということになる.また,参照関数が定義出来ない場合は,解析そのものが困難になってしまうという問題がある.我々の先行研究において,これらの問題点を回避するため,時空間フィルタリング法を提案した.この方法は繰り返し計測(多重試行)された呼吸関連データにおいて,神経賦活に対応した動力学的状態変化が生じる時刻と場所の検出を可能とした.しかし,この方法は自励活動などの単一試行データには直接適用することができない.そこで,本研究では,先行研究における時空間フィルタリング法にsliding time windowを組み込むことにより改変し,単一試行データにおいても神経賦活の検出が可能であることを示した.

キーワード:時空間フィルタリング,イノベーションアプローチ,脳機能マッピング,光イメージング.


第60巻第1号159−171(2012)  特集「時空間統計解析:新たなる分野横断的展開」  [原著論文]

一般化Whittle法による不等間隔時空間データの分析

東北大学大学院 松田 安昌

要旨

大規模な時空間データの尤度関数を評価することは非常に困難であることが多い.ガウス尤度関数の計算において,高次元の逆行列および行列式の演算に時間がかかるためである.そこで,時系列の尤度関数の近似に使われるWhittle尤度関数を不規則に位置する時空間データに一般化した,一般化Whittle尤度関数を提案する.この近似尤度関数は割り算のみの演算でガウス尤度関数を非常に高速に計算することができる.一般化Whittle尤度関数を最大化することで得られるパラメータ推定量の一致性,漸近正規性を示し,実際の推定パフォーマンスをシミュレーションおよび関東地方の地価データを用いて検証する.

キーワード:スペクトル密度関数,ピリオドグラム,離散フーリエ変換,グラム・シュミット直交化,対数尤度関数,定常空間過程.


第60巻第1号173−188(2012)    [原著論文]

状態空間法による神経スパイク発火率の推定

統計数理研究所 小山 慎介

要旨

単一神経スパイク時系列から発火率を推定する問題を扱う.この問題を状態空間モデルで表現し,発火率推定を状態の平滑化として定式化する.平滑化のための効率的な近似アルゴリズムを構成し,EMアルゴリズムによるモデルパラメータ推定,及び周辺尤度に基づくモデル選択の方法を提案する.推定するときに仮定するモデル,および積分発火モデルを用いた数値実験により,本稿で提案する非ポアソン性を仮定した手法の有効性を示す.

キーワード:神経スパイク時系列,発火率推定,状態空間モデル.


第60巻第1号189−213(2012)    [原著論文]

隠れマルコフモデルを用いたマウス状態の自動判定と2値マルコフモデルによるコンソミックマウス系統の特徴付け

総合研究大学院大学 荒川 俊也
国立遺伝学研究所/総合研究大学院大学 高橋 阿貴
総合研究大学院大学 田邉 彰
政策研究大学院大学 柿原 聡
九州日本電気ソフトウェア株式会社 木村 真吾
自治医科大学 杉本 大樹
国立遺伝学研究所 城石 俊彦
鹿児島大学 富原 一哉
国立遺伝学研究所/総合研究大学院大学 小出 剛
政策研究大学院大学/統計数理研究所 土谷 隆

要旨

近年,マウスの遺伝的背景と社会的行動の関係を解明するために,C57BL/6JJcl(B6)とMSM/Ms(MSM)のコンソミック系統B6-ChrN$^{\rm MSM}$を用いた研究が進められている.コンソミック系統とは,マウス染色体21種類について,それぞれ1 対の染色体のみが他系統の染色体と置き換えられた系統群のことであり,B6の1対の染色体のみがMSMのものと置き換えられており,残りの染色体は全てB6と同一である.研究にあたっては,遺伝的背景が同等の2匹のマウスをオープンフィールドに入れ,専門家が目視でマウスの行動状態を観察および判別し,コンソミック系統毎の特徴を検討することが行われているが,多大な時間と労力を要するという問題がある.そこで,本研究では隠れマルコフモデルを用いて,マウスの行動状態の自動判定を行い,その結果に基づいて社会行動に関わる遺伝的基盤の探索を試みた.一番単純な場合である2匹のマウスが“互いに無関心”か“社会的行動”をしているかを2つの状態とした場合についてモデルを作成し,自動判定の結果の妥当性を実証する.さらに判定結果より各コンソミック系統ごとのマルコフ遷移確率を求め,これを各コンソミック系統の社会的行動を特徴づける尺度として提案する.この尺度は2次元量であり平面に表示して検討することができる.その結果,コンソミック系統としての特性を反映して各コンソミック系統は概ねB6とMSMの間を結ぶ直線の近傍に分布すること,特にChr 6C系統が特異な振る舞いをしていることなどが観察された.

キーワード:マウス,隠れマルコフモデル,無関心状態,社会的行動,マルコフ遷移確率.


第60巻第1号215−218(2012)    [研究ノート]

ノンパラメトリック変化点問題に対する順位統計量について

統計数理研究所 西山 陽一

要旨

Nishiyama(2011, Journal of the Japan Statistical Society)において提案された,変化点の存在の有無を検定するための統計量についての新しい解釈を述べる.また,同論文においては,対立仮説として変化点が複数個存在するという命題を立てて記述しているので,かえってわかりにくくなっている面もあるので,本ノートにおいて1個の場合にどうなるかをはっきり書くことによって,普及のための一助としたい.また,変化点が複数個ある対立仮説の場合についての考察を深め,同論文よりも良い形の対立仮説を提案する.

キーワード:変化点問題,順位統計量,検定.


第60巻第1号219−234(2012)    [研究資料]

明治末期における小学生の理想人物調査
—キャリブレーション手法の比較—

統計数理研究所 土屋 隆裕

要旨

1908(明治41)年の讀賣新聞紙上に小学生の理想人物調査の結果が連載された.調査は新聞社の募集に応じた学校で行われたもので,性別や年齢,地域は母集団と比べ偏っている.そこで当調査データを素材としてウェイトのキャリブレーションを行い,その結果を比較することで,キャリブレーションの適用にあたっての指針を得ることとした.まず,キャリブレーションに用いる補助変数は,キャリブレーションによる推定値の変化の大きさと不等加重効果の両方を考慮して選択することを提案した.次に,キャリブレーションに用いる距離関数の違いは,推定値にはほとんど影響しないことが示された.ウェイトに範囲制約を課す方法としては,トリミングを行う方法や切断型の距離関数を用いる方法よりも,ロジット関数を用いる方が好ましいことが明らかとなった.なお,ウェイトのキャリブレーションを行った結果,理想人物の上位5名は楠木正成,二宮尊徳,豊臣秀吉,中江藤樹,ナイチンゲールとなった.

キーワード:応募法,ウェイトのキャリブレーション,不等加重効果.