平田光司 (総研大・高エネ研)
http://koryu.soken.ac.jp/home/kokusai/simulation/hirata.html
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磁気ダイナモシミュレーションの具象と抽象
地球磁場がどうして発生するのかといういわゆる"ダイナモ理論"の研究は80年というその長い歴史にもかかわらず謎のままであった。ところが、ここ数年の間にスーパーコンピュータの飛躍的高度化に伴いその基本的問題を解決する糸口がついに見い出された。従来の物理学の発展の重要な担い手であった数学に依拠する理論では解決が非常に困難であった高度に複雑な絡み合いがシミュレーション技法の進歩とコンピュータの高速・高客量化によって見事に解くことが可能になった。
ダイナモ問題が示すように、自然界(実験室内も含め)における個別の物理現象は、いかに複雑に見えても、その第一原理がわかっていれば解ける。このことはスーパーコンピュータによるシミュレーションが個々の物理現象という"具象"を理解する上で従来の数学的手法を越えたことの一つ証左であるといえる。しかしながら、与えられた問題を解くという観点に留まっている限り、少し乱暴な言い方だが、従来の科学の落ち穂拾いという消極的研究手段に過ぎない。この具象化と同時に、個々の複雑現象を解き明かすということを越え、個々の具象に共通する複雑系の真実を顕現する抽象化を行いえてはじめて、シミュレーションが新しい学問領域を開いていく積極的手段として評価されるであろう。この講演では、磁気ダイナモのシミュレーション研究を通して、シミュレーションの具象と抽象に迫る。
佐藤哲也
(京都大学工学博士)1967年 京都大学助手
1974年 東京大学講師
1976年 東京大学助教授
1980年
宇宙プラズマ非線形現象(オーロラや磁気圏サブストーム等)の理論及びシミュレーション研究、核融合プラズマ(種々の閉じ込め概念)の非線形現象の粒子及び磁気流体シミュレーション研究。現在では、新しい科学のパラダイムの構築を目指し、シミュレーション・サイエンスを提唱している。
プログラムに戻る雲の形態シミュレーションから得られた雲ダイアグラム
http://aurora.es.hokudai.ac.jp/yanagita/job/cloud/html/souken.html
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蛋白質天然状態の複雑なエネルギー地形
地球上の生物は自己再生化学反応系の進化した姿である。進化の過程で系の環境変動に対する安定性を増すために一般に複雑化への道を辿り、しかも複雑化した系に関する情報を遺伝情報として子孫に伝えることになった。遺伝情報はDNAあるいはRNAの塩基配列によって表現されており、一生物個体の持つの遺伝情報の総体をゲノムと言う。ゲノムは遺伝子と呼ばれる単位から成っており、各遺伝子の持つ情報に基づいて、細胞の中で蛋白質あるいはRNAからなる分子機械が生産される。これらの分子機械は、生物個体が生きて行き、また子孫を残すのに必要な様々な機能を構成する要素機能を担っている。ここには、遺伝情報、分子機械、要素機能の間に1対1対1の対応関係が見られる。
蛋白質は20種類のアミノ酸が遺伝情報によって定まる特定の配列で一列に重合された高分子である。細胞内で重合された後、アミノ酸配列によって定まる特定の複雑な立体構造に、アミノ酸配列に含まれる情報以外の情報を必要とせず自発的に折れたたまれる。折れたたまれた状態を native state と言う。機能はこの状態において発揮される。蛋白質を細胞から取り出し環境条件を一定限度を超えて変えると、取っていた特定の立体構造が壊れて、ランダムな構造を取る状態になる。これは固体と液体との間の変化のような秩序・無秩序相転移に類似の現象である。従って、native state はランダム構造状態になるときのエントロピーの増加に打ち勝つだけの際立って低いエネルギーを持つ状態でなければならない。自発的折れたたみの過程は、広いしかも極めて複雑なエネルギー構造を持つ立体構造空間の中から、この際だって低いエネルギーを持つ点を探し出す過程である。この過程の実験的・理論的研究が現在活発に行われている。理論面では、蛋白質分子を疎視化して得られる簡単化されたモデルによるシミュレーション研究が有効である。
蛋白質研究の一つの究極目標は、立体構造に基づいてその機能がいかに発揮されるのかを、物理学等の物質科学の言葉で理解することである。立体構造は、X線結晶解析等の実験手段によって明らかにされた平均構造のまわりで、かなり大きく熱的に揺らいでおり、しかも機能発現のためにはそれが必要であることが知られている。折れたたみの過程を研究する立場からは、native state は立体構造構造空間中の1点であったが、機能発現機構研究の立場からは、広がりを持つ部分空間に対応し、その空間中での構造揺らぎを考えなければならない。機能発現に必要な立体構造ダイナミックスは、この native state に対応する空間におけるエネルギー曲面の形状が決定している。この形状が、実は極めて複雑であることが実験的にも理論的にも知られている。理論的には、蛋白質分中の各原子を忠実に扱うような詳細模型によるシミュレーション研究が必要である。講演では、われわれのその様な研究を紹介するとともに、エネルギー形状がいかにいろいろな機能に関連しているかを述べる。
郷 信広
1961年 東大理物理卒
1964−1971年 東大理物理助手
1971−1987年 九大理物理助教授
1987− 京大理教授
日本学術会議会員、IUPAP生物物理学委員会委員長、IUPAB理事
生体高分子の構造と機能の理論的研究
プログラムに戻るProtein folding: From Lattice Models to Real Proteins
Abstract(English)
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社会的複雑性と情報の社会政治学
世界の各地で社会的価値が大きく揺らぎ、国民国家の崩壊にみられる世界システム全体の変容が認められる中で、混沌とした諸相を展開する社会現象から新たな社会システムの自然な生成が予想される。
社会の形成が「未来への不安」に象徴される情報の不完全性に起因することは想像に難くない。人間は「原始暴力状態」から社会を形成したのではなく、情報の不完全性を克服すべく社会を形成したのである。例えば、かつて預言の力は社会を形成する強力な求心力であった。預言から「法と秩序」へ、意のままにならない市場から計画経済へと、人間は秩序化した社会と整序された(線形の)政治・社会システムを希求した。
今日、冷戦構造の崩壊を通過点として、世界社会は「計画から市場へ」と、情報の透明性と市場の法的安定性を求めて、世界の秩序化に向けてグローバルコミュニティーの意図的な構築が始まっている。その背後で進むコンピュータネットワークに支えられた情報とリスクの操作と現実化の進行は世界の秩序化と双対的である。混沌と非秩序化の世界にあって、秩序化へと社会変換が進行しているのである。他方、社会システムの秩序化に対抗する多元的で多様なグローバルコミュニティーの乱雑な発生は、非線形な相互作用をもちつつ世界を被覆しつつある。
分散する自律的で異質な主体とその相互作用からなる社会を想定し、このような基礎構造から生起する重層的・重合的な仮想社会のモデルを考える。これは自由社会のモデルとして、自由主体から構成される自律分散社会を基礎とし、社会の実権力性を排除し、成層化社会の創発的性質を享受するコンピュータネットワークを用いた仮想的な社会システムの可能性を追求するためである。このような重層構造の上での政治的社会的価値形成過程とそこから形成される社会的価値の性質を論じる。
社会或いは仮想社会は、不均質な或いは非対称な情報の不完全性に基づく相互関係の形成を基礎とする不断の社会変換により生成される。多様で自律的なコミュニティーは、その局所的な中間生成体である。コミュニティーを基礎とする政治社会と関連し、コミュニティーの規模や発生数と階層数、境界の性質と変化、相互関係の非線形性が問題となる。
一方、個人レベルから大域的な社会まで社会生成の各段階を通じて、同型のシステム構造と変換が重層化する。そのとき、重層性・重合性・階層縦断ループから仮想社会の性質が発生する。ここで、成層化し複雑な相互関係を内包する複合的な社会における政治的意思形成過程の性質や政治的記号操作の波及過程の性質が問題となる。特に各局所社会が自律的に変動するとき、情報の非対称下における政治的行動問題が発生する。
社会の複雑性は、社会の生成発展の母胎となる基本的性質であり、社会システムの秩序化に対抗しつつ、新たな社会を生み続けてきたと考えられる。
プログラムに戻る貨幣の自成と自壊
貨幣は交換しようとする人々の間に形成される行為を要素とした構造である
. ひとたびこの構造が形成されると, 人々は構造の機能を貨幣そのものの機能と認識し, この誤認が構造を支えて要素の再生産を保証する. ここではこのような貨幣理解に基づいたシミュレーション・モデルをコンピュータのなかに構築する. このモデルの登場人物は長時間平均で見てほぼ等価な機能を持つ主体N人である. ただし, 完全な分業を前提とするので, 各人の生産する財はそれぞれ異なる.彼らは流れゆく時間のなかで生産・交換・商品を繰り返す. 各人がある時点には1種の財しか欲求していないとすると, Nが十分大きい場合には交換が極めて難しくなる. これは欲望の二重の一致とよばれる困難である. このとき, 自分自身が欲求していないくても, 沢山の人間が需要する財は需要する, という戦略を導入するならば, 交換の困難を回避することができる. このとき形成されるのが「貨幣」と呼ばれる構造であり, その出現によって交換は一挙に容易となる.
問題になるのは「沢山の」というのが一体どの程度の人数のことなのか, である. この値をXとしよう. 全員に同じXを与えて取引をさせると, Xがあまりに大きい場合には物々交換しか発生しないが, それが十分小さければ交換のなかから貨幣が発生する.
次にこの値を戦略として各人に設定させることにして, 戦略に淘汰圧を与える. すなわち, 相対的に交換のうまくゆかない主体が, 他者の戦略を模倣するようにモデルを設定する. するとこのような人々の利己的で分散的な戦略の改善努力, すなわち「見えざる手」の導きによって貨幣が出現する. しかし貨幣がひとたび出現すると, 人々にとっての環境は一変し, 新しい環境下における人々の利己的な努力は貨幣を不安定化し, やがて崩壊させてしまう. 貨幣が崩壊すると事態は振出に戻り, また「見えざる手」の導きにより貨幣が出現し, また同じ「見えざる手」の導きにより貨幣は崩壊する. このような運動がコンピュータのなかで繰り返される.
こうした構造の自成と自壊の繰り返しは, 人々の戦略選択の結果, 人々の間に非連続的に構造が形成されることで環境が一変するために生じる.戦略の進化と構造の非連続的形成がもし普遍的に見られるならば, かくの如き自成・自壊のダイナミクスもまた普遍的ということになろう.
安富 歩
統計数理研究所 尾崎 統
Abstract(English)
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The Statistical Analysis of Nonlinear Brain Dynamics
Abstract(English)
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脳のリズム活動のカオス的性質
海馬や視床のニューロンは自発的に放電する.そのような自発放電は脳のリズム活動の原因の一つである.しかし,神経回路網は個々のニューロンの活動とは異なる複雑な時空活動を起こす.それは,神経回路網の活動が個々のニューロンの性質のみならず神経回路網の構造,興奮性と抑制性の結合のバランス,シナプスの性質などに依存するからである.
一般に,脳のリズム活動の力学的自由度は高く,それらの位相空間に再構成されたアトラクタの幾何学構造を調べたり一次元写像でカオスの性質を示したりするのは難しい.実際,Babloyantzらによってヒトの睡眠脳波が低い非整数の相関次元をもつことが1985年に示された後,脳のカオス的活動の証拠を得るために非常に多くの研究がなされたのであるが,10年近くも得られなかったのである.その間,相関次元やリヤプノフ指数のような統計測度が脳波の力学的性質を調べるのにもっぱら使われたが,脳波の決定論的な性質に関しては結論に達しなかった.すなわち,そのような統計測度はカオスの確実な証拠にはならなかったのである.
脳の活動はしばしばリズミックな脳波として観測される.この事実はニューロンが同期して発火していることを示している.振幅の大きな脳波はより同期したニューロン活動を反映しており,過剰にニューロン活動が同期した場合てんかん脳波が生じる.ニューロン活動の同期化は脳波が低い相関次元を示すことと定性的に合っているが,ニューロン活動は3次元以下の位相空間で脳波の力学的性質を調べることができるほど十分には同期していないようにみえる.多分,これが一般に自発脳波のアトラクタの幾何学構造やポアンカレ写像の性質を調べることを困難にしている原因の一つなのであろう.
ニューロン活動の同期化に伴って脳のリズム活動のカオス的な性質が表面化するのであれば,(1)入力信号による短期の同期化の促進,(2)シナプス伝達効率の長期増強(LTP)による長期の同期化の促進,あるいは (3)てんかんのような病理学的な脳の活動など,カオス的な脳の活動を観測できるいくつかの場合を考えることができる.
本講演では,まず,海馬CA3神経回路網モデルが,興奮性と抑制性の結合の強さに依存して,てんかん,デルタ,シータおよびベータ波とよく似た電場電流リズムを起こすことを示す.これらの不規則なリズムはそれぞれ神経回路網の複雑な時空活動によって作られており,低次元カオスとしてはうまく特徴づけられない.しかし,このようなニューロン活動の同期化は入力信号によって促進され,電場電流リズムは入力信号の周波数や強さに依存して引込みやカオス的応答を示す.このカオス的応答の性質は一次元写像によって明確に示される.
次に,ラットの海馬CA3スライスおよび体性感覚野の周期的入力信号に対する引込みやカオス的電場電位応答を紹介する.これらの応答の性質は位相空間で再構成したアトラクタの幾何学構造や一次元ストロボ写像によって明確に示される.
更に,錐体細胞間の興奮性シナプスにLTPが生じると,ラットの海馬CA3スライスが自発的に同期化したバースト放電を起こすことを示す.CA3領域内の二ヵ所で同時記録した自発性の電場電位振動の相互相関関数は,LTPによってニューロン活動の同期化が非常に促進されている.
最後に,脳に挿入した電極を用いて海馬で記録したヒトのてんかん脳波を紹介する.電場電位波形を10秒間隔で区切り,それらの区間で相関次元を求めると,相関次元はてんかんの開始時点では非常に高いが,時間とともに減少する.これは時間とともにニューロン活動の同期化が進んでいることを示している.てんかんが始まって間もない頃は,アトラクタや一次元写像はただ乱雑なだけである.しかし,アトラクタの構造は時間とともに変化し,相関次元かかなり低くなると,一次元写像はカオス的な性質を明確に示す.更に同期化が進むとカオス的活動からリミットサイクルに分岐し,てんかんは治まる.
脳においては,入力信号が加わった場合やある神経病理学的状態でニューロン活動の同期化が促進され,空間的な複雑さが減少する.しかし,時間的な複雑さは残り,それが脳のカオス的活動を覗かせているのである.
林 初男
1983年 工学博士 九州大学(電子工学)
1976年 助手 九州大学
1987年 助教授 九州工業大学
Detecting a Driven Nonlinear Oscillator Underlying Experimental Time Series: The Sunspot Cycle
Abstract(English)
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非線形ダイナミカルシステムの再構成と予測: ニューラルネット的アプローチ
(省略)
Abstract(English)
松本 隆
1973年 工博(電気工学)
1973年 早大理工助教授
1977-79年 カリフォルニア大学バークレー客員研究員
1980年- 早大教授
研究分野: 非線形時系列予測、分岐/カオス、HMMオンライン個人認証、IC設計/implementation
プログラムに戻るModelling Finanfial Time Series With Continuous-Time Non-Linear Autoregressions
Abstract(English)
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統計数理研究所 伊庭幸人
Abstract(English)
伊庭幸人
ロボットにおける認知と自律性の構造:力学系の見地から
近年、Brooks等を中心とするAdaptive Behaviorのコミュニテイーが主張するところの、直接感覚/行動系の方法論は、自律ロボットの研究において主流になりつつある。この考えに基づく多くのロボットは、モデルに基づく行動プランニングといった複雑な内部計算をあえて行わず、センサー入力からモーター出力への直接的なマッピングに従い、反射的/連続的に行動を生成していく。直接感覚/行動系の方法論は、確かに旧来の閉塞した人工知能または計算論的認知論に新風を起こしたといえるが、この主張の延長に、はたして認知的実体としてのロボットが構成されうるかは、疑問である。筆者自身は、環境・世界の記述をいかなる形でも持たないロボットを、認知的と称するには抵抗を感じる。ロボットが、自身の行動を通して記述・モデルを何らかの形で獲得し、その記述に対して心的操作を行い、自身の行動の予測、シミュレーション、プランニングなどを行おうと試みるとき、ロボットは初めて認知の問題に直面すると、筆者は考える。
旧来、プランニング、予測といった心的過程は、記号を用いた表象の操作の過程として捉えられてきた。それは記号系が、それ自身が実体を持たない任意に使われうるトークンの集まりからなりたち、ゆえに心的過程を特徴づける複雑な組合せ的操作を容易に体現できるからであろう。しかし、実世界で作動するロボットにこのような記号的記述を持たせようとすると、Harnadが論ずるところのシンボル・グラウンデイング問題に陥りやすい。これは、記号が表すものと物理世界の実体との間にギャップが発生した場合、そのギャップがシステムの作動を通して自律的に解消されず、システムにとって致命的になるという問題である。
筆者等はこの問題を考えるにあたり、記号系に代わるものとして、力学系に基づく認知過程の記述というアプローチを行ってきた。記号力学系の研究が示すように、カオス力学系はその振舞に言語的な複雑さを内包するため、そのような力学系を適切に構成することができるならば、その時間発展に目的とする心的作動を埋め込むことは可能であろう。重要な目論みは、記述自身とそれにかかわる操作といった、従来別個のものとして捉えられてきた両者を、力学系の時間発展といった一つ作動形式で捉えることにある。心的過程を記述する内部の力学系とシステムが環境に働きかけることにより発生する外部の力学系がセンサー/モータのループを通して結合された時、内部と外部は同じ位相空間上に定義される一つの力学系をなし、そこではじめて我々はシステムの心的過程を含めた上での、全体の作動の構造安定性、ひいては自律性などに言与できると思われる。本講演において、筆者等の現実のロボットを用いたナビゲーション学習の研究を紹介しつつ、上述のアプローチを説明する。
谷 淳
現在、ソニーコンピュータサイエンス研究所、シニアリサーチャ。
認知の構成論的アプローチに興味を持つ。
工学博士
プログラムに戻る仮想世界におけるコミュニケーションと言語の創発
わたしたちは世界を分節し、ある一群の事象をまとめて記号化し認識して いる。この記号をさらにグループ化し、まとまったひとつの対象として認 識する。このようなものごとのグループ分けをカテゴリーと呼ぶが、この グループ分けの規準とカテゴリーの構造がどのように発達するかを知るこ とは、記号がどのように発生してくるかという問題への手がかりとなる。 本研究では、話者の内部的なカテゴリーの構造が言語を使用するにつれて ダイナミカルに変化していくさまを、簡単なエージェント達が活動する仮 想世界を計算機の中に作るという構成論的な方法により調べる。
我々は「動的言語観」に基づいてこのカテゴリー発達の研究を行なう。 動的言語観とは、ことばの意味が言語の使用の個々の場面において、話し手 や聞き手の主体的な活動により動的に創りだされると見る立場である。こ の考え方では、単語に指示対象あるいは「意味」があらかじめ静的に付与 されているとは考えない。単語はその使い方に応じて他の単語との関係の 中に使用のたびに位置づけられることで「意味づけ」が行われるのである。 こうして生じた単語の織りなす関係の全体が意味の表示であって、それは 言語の中における単語の使い方をみることで知ることができる。
ここでは、この動的言語観に基づいて言語使用者の内的なカテゴリー構造 の発展を構成論的なアプローチにより研究する。 構成論的アプローチは、 基本的な要素とその間の相互作用を規定し、そのシステムの振る舞いや、 全体的な構造を分析するものである。我々のモデルにおける基本要素は簡 単な言語使用者としてのエージェントである。このエージェントは内部構 造として単語間の関係(以後、語間関係と呼ぶ)を持っており、文を発話し たり受理したりするごとに、文中の単語を他の単語との関係の中に位置づ けるという活動を行なう。このプロセスによりエージェント内の語間関係 は動的に変化する。エージェントは単語の辞書目録や文法のようなものを 初めから共有するのではなく、語間関係を計算する一種の推論アルゴリズ ムだけを共有しているとする。この推論アルゴリズムは、単語が文および 一連の会話の中でどのように使われるかということから、単語の間の関係 を導くものである。
適当なルールのもとでエージェント達が文の発話および受理を繰り返すと いう「会話」をシミュレートし、単語がどのような関係構造を作るか、そ れが会話とともにいかに変化するかを見た。単語は相互の関係に応じてク ラスターをつくる。単語のクラスター化はエージェントによる会話を通し たカテゴリー形成とみなせる。なぜなら、あるクラスター内の語は互いに 強い関係を持ち、クラスターの外の語とは弱い関係になっており、エージェ ントが各単語のグループ化を行なっていると考えられるからである。クラ スター内では一群の単語が非常に強い関係にあり、そこから徐々に関係が 弱まって行きクラスターの境界がはっきりとは定められないという、プロ トタイプ・カテゴリーの様な構造を持っている。そして、この構造は新し い単語が現れたときや単語が新しい使い方をされたときに、大きく変化す ることがわかった。また、エージェント間で共有される部分とエージェン ト独自の部分の双方が、会話を通して発達することがわかった。
橋本 敬
言語が示す空間認知の環境適応型と自己中心型
長い間我々を悩ましてきた「現実と言語はどちらが先に存在するのか」という問いに対する答えの一つとして 、最近の言語理論においてはカテゴリー化が人間の認知能力を反映していることが取り上げられ、人間が森羅万象をあるがままに受け入れるのではなく、日常的な経験に基づいた情報の構造化が行われている点に注目が集まってきた。すなわち、「ある対象を認知するということは、状況に応じて抽象のレベルを選択しつつカテゴリー化を行い、知識構造に組み込むことである」(大堀1998)と考え、事物や時間・空間といった根本的な概念や言語の創造的使用にまでも認知言語研究の対象が広まってきているのである。
本論では、まず空間という人類共通のドメインを取り上げ、空間のカテゴリー化をさまざまな言語で比較した研究結果を紹介する。マックス・プランク心理言語学研究所の空間認知と言語に関する先行研究で明らかになった人間の主な空間のカテゴリー化には、自己中心的な「相対的指示枠」と環境主体の「絶対的指示枠」が挙げられるが、この認識パターンの差異をもたらす可能性を日本のあるコミュニティーを例に検証する。具体的には、日本語の空間指示枠、日本社会・日本文化の空間、そしてコミュニケーションの行き違いについて、調査結果を基に報告する。
日本語は、インド・ヨーロッパ諸語と同様、空間におけるものの位置関係を表現するのに、相対的指示枠と絶対的指示枠の双方を用いることが可能である。そして、現代の日常生活で用いられるのは「左右」に代表される相対的指示枠が圧倒的に多いのも印欧語と似ている。しかし、この状態はそれほど長い歴史を経ているわけではない。この1世紀あまりの間、日本語は空間指示枠を絶対的から相対的へと大きく転換させてきた。この間の日本社会における人間関係の変化と、空間認知の際に人々に用いられる言語指示枠との相関関係を、コミュニケーションの行き違うケースを取り上げながら論じる。
さらに、事物に対するカテゴリー化と概念構造についても、民俗分類の歴史的背景から探りつつ、その認知メカニズムとコミュニケーションとの関係に触れる。特に名詞分類辞が持つ、形や機能性といった、個別言語を越えたメタ言語レベルで普遍と考えられる事物の意味的特徴が、言語と認知の関係にどのような役割を果たしているのか、名詞分類辞をもつ諸言語を比較しながら考察する。
井上京子
Core problems in high-level vision
Abstract(English)
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鳥の歌の生成文法とその脳内表現:アナロジーにもとづく言語の起源の生物学
ジュウシマツ(鳴鳥の一種)のオスの歌は、10数個の要素をダイナミックに配列して構成される。歌要素は2−8要素のチャンク(固まり)をつくり、複数のチャンクが有限状態文法にもとづき遷移して歌となるのである。さらに、ジュウシマツの歌は成鳥になってからも聴覚フィードバックに依存し、大脳の左半球で生成される。これらの特徴は、ヒトの言語システムとの共通性が極めて高い。ほとんどの鳥の歌が単純なパターンの繰り返しにすぎないのに、なぜジュウシマツの歌はこれほど複雑なのであろう。
小鳥では歌は性行動である。オスがうたい、メスはこれを聴いてオスの資質を判断し、交尾するかどうか決める。歌の複雑さはメスの生殖行動に影響を与えるだろうか。成鳥4羽ずつ2グループのメスを防音箱で飼育し、いっぽうには複雑な歌を、他方には単純な歌を聴かせた。4週間にわたって卵の数、営巣に用いた巣材の数を測定し、さらに実験の前後での血中エストロジェンレベルを測定した。その結果、複雑な歌を聞いたグループのほうがすべての尺度において勝っていた。つまり、複雑な歌はメスの生殖行動を活発にするという機能があるのだ。
小鳥の歌制御中枢のうち、HVCは歌のフレーズレベルでの制御を、RAは歌の要素レベルでの制御を司ることが示唆されている。歌制御系には、HVCの上流に位置するNif,HVCとRAとを迂回して連結するX,MANなどまだその機能が未知である神経核も存在する。熱電極による脳破壊により、これらの機能を探った。Xの破壊では要素音の繰り返し数が変化し、Nifの破壊では複数あったフレーズがただひとつに減ってしまった。また、HVCにおけるフレーズの表象を知るため、左HVCを微小部分破壊してmると、歌を構成するチャンクのうちいくつがが消失した。しかしチャンクの歌内での系列位置と、破壊の部位とには対応がなかった。HVC内のニューロンは、チャンクに対応するレベルでの音要素の組み合わせに選択性をもっていた。これらのネットワークが、複雑な遷移をもった歌を可能にしているのであろう。
ジュウシマツでは発達の過程で歌の個々の要素の音響形態がまず決定される。この間、将来は使われないような音声も発せられる。しばらくすると、要素の配列順に規則があらわれてくる。ヒトの幼児の言語発達を彷彿させる過程である。このように、ジュウシマツの歌は、ヒトの言語とはまったく独立に進化した時系列行動であるが、ヒトの言語との興味深いアナロジーがいくつか成立する。ジュウシマツの歌の機能と仕組みをさぐることで、言語の起源をさぐる生物学へ貢献することができよう。
岡ノ谷一夫
1989 Ph.D.メリーランド大学心理学部博士課程
1989 日本学術振興会特別研究員
1991 科学技術庁科学技術特別研究員
1994 千葉大学助教授
1996 科学技術振興事業団兼任研究者
動物行動の機能とメカニズムについて研究し、行動の進化について考えている。最近の研究では、鳥の歌を対象としながら、ヒトの言語をふくむ時系列行動の進化を説明する理論を打ち立てようとしている。
プログラムに戻るシミュレーション・サイエンス ― 21世紀を開く科学
自然を支配する基本原理を探り、生起する特徴ある現象(出来事)を基本原理に基づいて論理的に説明していく現代科学はほぼ完成の域に近づいたといえる。この要素還元論の枠の中のジクソーパズルには、まだはめ込みが完成していない部分があちこち残されているが、正しいピースを見つけ出すのは時間の問題であろう。今、サンタフェ研究所を中心に広がりを見せている「複雑系の科学」は、第一原理を見出すことが困難か、あるいは無数の原理が複雑に入り組んでいる多体相関系(複雑系)の振る舞いを規定している法則性を探ることを目指している。その目標に向い複雑系を構成する要素の振る舞いに対し単純な規則を仮定し、例えば、パーソナルコンピュータを用いて、その規則に従って要素の振る舞いを繰り返し追跡する。そして、そこに現れてくる要素集団の織り直すパターンや動態の特徴を現実世界に見られる集団の特徴と比較し、それを支配している法則と見なそうという方法論を提唱している。
一方、日本においては、私達プラズマ分野のシミュレーション研究グループがサンタフェ研究所と全く視点の異なる方法論によって21世紀の科学を開拓すべくここ20年近く研究を進めている。この方法論は、サンタフェグループとは逆に、現代科学が明らかにしてきた基本相互作用(基本方程式)に立脚し、最先端のスーパーコンピュータとビジュアリゼーションを研究手段として自然の複雑性を探ろうとするものである。具体的には、
本講演では、上記の新しい方法論によって核融合科学研究所のシミュレーション研究グループの行ってきた新しい研究体制とその研究体制によって推進してきた研究の現状について紹介する。具体的には種々のミクロ、マクロなプラズマ複雑現象、高分子鎖群の結晶化、地球磁場の発生と逆転などの大規模シミュレーションの結果から秩序/無秩序の形成に対する自己組織化シナリオ仮説を導き出していくプロセスを紹介する。
佐藤哲也
(京都大学工学博士)1967年 京都大学助手
1974年 東京大学講師
1976年 東京大学助教授
1980年 広島大学教授
1989年 核融合科学研究所教授
宇宙プラズマ非線形現象(オーロラや磁気圏サブストーム等)の理論及びシミュレーション研究、核融合プラズマ(種々の閉じ込め概念)の非線形現象の粒子及び磁気流体シミュレーション研究。現在では、新しい科学のパラダイムの構築を目指し、シミュレーション・サイエンスを提唱している。
プログラムに戻る地震発生の自己相似性と予知可能性
地震活動に関する統計的法則性の研究は主に地震カタログに基づく。地震カタログは各観測点での地震波記録から計算され、地震の発生時刻、震源座標、大きさ(地震モーメントまたはマグニチュード)、震源メカニズム(破壊面など)などを求めたデータのリストである。従って地震活動を数学的に抽象するとテンソル値の多次元確率点過程と考えることができる。
地震発生過程にはいくつかの側面で自己相似性が見られる(Kagan, 1994)。まず、 (1) 地震の大きさの頻度は冪(べき)法則で分布する、つまり地震モーメントがパレトー分布することで、いいかえるとマグニチュードの頻度が指数分布(Gutenberg-Richter の法則)に従うことでもある。しかし実際には、エネルギー保存則によって地震の大きさには上限があり、このためには地震モーメントについてのガンマ分布を考えるのが適当である。この分布によって世界中の各地震帯域の浅発地震(0-70km深)について調べると、プレート内(内陸)でもプレート境界でも、分布の冪定数や地震モーメントの上限値について地域差が見られない(Kagan, 1997a)。(2) 浅発地震は顕著な余震活動を伴い、余震発生率は経過時間とともに冪法則(改良大森公式)で減衰する。また前震の発生率は本震に向かって冪法則で増大する。(3) 地震の空間的な配置パタンも自己相似的であり浅発地震の相関(フラクタル)次元は 2.2 である。(4) 震源メカニズム(3次元テンソル)同士の方向のくい違いは回転角に関するコーシー分布(安定分布の一種)に凡そ従っている。(5) 地震に伴う周辺地域の地殻の応力(ストレス)の増減の統計的な性質についても調べてみた。震源メカニズムによる理論計算、シミュレーションと実際の計測に基づくと震源域の応力の増減が安定分布に従うことが分かる。
以上のような経験則が確率的相互作用の臨界状態のもとで導かれるような破壊のモデルを考える。改良大森法則や地震の続発性などの時間的複雑性は応力がブラウン運動のようにランダム変動することによって導かれる。同様に空間的には岩石媒体中の亀裂群が自己組織的に生成されるが、これがフラクタル的に複雑な地震断層群の幾何的パタンを形作ることになる。これらの亀裂発生に伴う応力変化やその震源メカニズムの回転角変化の頻度分布はコーシー分布などの対称安定分布となる。安定分布の裾は冪減衰であり、これは断層群の幾何的配置がフラクタル的であることを示している。
地震予知の問題を論ずるために、地震予知とは何であるか、どのような方法が考えられているか整理・分類する(Kagan, 1997b)。様々な観測によって差し迫った大地震とその規模の予知しようとする前兆現象の探求は、これまで何の成果をもたらしていない。地震発生が自己相似的であることを考えれば、これは自然な成り行きである。地震帯いっぱいに幾多の小さな地震が起きており、それらの破壊核が形成されるような臨界条件は至る所で満たされていたことを示している。これらの破壊核のどれかが偶々成長して大地震になるのであり、大地震だけが他の地震と違った(観測可能な)特別の準備過程を有しているというのは考えにくい。当然ながら一般に期待されているような地震予知は不可能である。しかし、次のような考え方に基づく予測は可能である。すなわち、それは測地データと地震モーメント保存則に基づく地震危険度を与えることであり、これはプレート境界だけでなく地震活動の低い内陸部でも与えられる。地震時系列を解析することで改良大森公式(冪減衰)にもとづいた時間的変動から将来の地震発生率を予測することもできる。
参考文献
Kagan, Y. Y., 1994. Observational evidence for earthquakes as a nonlinear dynamic process, Physica D, 77, 160-192.
Kagan, Y. Y., 1997a. Seismic moment-frequency relation for shallow earthquakes: Regional comparison, Journal of Geophysical Research, 102, 2835-2852.
Kagan, Y. Y., 1997b. Are earthquakes predictable?, Geophysical Journal International, 131, 505-525.
プログラムに戻る統計的モデリングによる情報の抽出と知識発見
統計的モデリングでは,当面のデータだけでなく対象に関する事前情報や解析の目的などに基づいてモデルを構成する.適当なモデルの利用によって,対象に関するさまざまな知識や過去・あるいは他のデータなどの様々な異なる情報を併合することができる.これによって,データから対象に関する必要な情報を抽出し,知識を獲得したり科学的な発見をすることが可能となる.ただし, 不適切なモデルを利用すると偏った結果を得る危険性があることから,この統計的モデリングの方法では適切なモデルの利用が決定的に重要である.
複雑な系の統計的モデリングのためには,現象を表現するモデルの族,モデルを評価し適切なものを見出すための評価規準そしてそれらのプロセスを実現する統計計算法が必要である.情報量規準AICは統計的モデルの良さを客観的に評価する基準であり統計的モデリングをにおいて統一的視点を与える.また,一般型状態空間モデルは時系列の構造モデルを統一的に扱うための表現形式を与える.さらに,非ガウス型フィルタおよび平滑化のアルゴリズムによって,このモデルの予測・平滑化・パラメータ推定のための統一的計算法が得られる.
本講演では,以下のような地震学における信号抽出問題および金融・経済時系列などの具体的な問題を取り上げながら,時系列構造モデルの利用に基づく情報抽出・知識獲得の過程を紹介する.
1) 地震波の到着時刻の推定
2) 微小な信号の抽出
3) 地下水位中の地震の影響の検出
4) 経済データの季節調整の問題
北川源四郎
1973 東京大学大学院理学系研究科修了
1974 統計数理研究所研究員
1985 統計数理研究所助教授
1991 統計数理研究所教授
主要な研究課題は時系列解析と統計的モデリングの方法.最近は数値的方法に基づく非線形・非ガウス型状態空間モデリングの方法の開発と情報量規準の一般化に関する研究を行い,特に地球科学および金融・経済分野の研究者との共同研究を行っている.
プログラムに戻る物体認識のメカニズム:なぜ初めて見たものでも認識できるのか?
いままでに見たことのある物体をそれと認識するには、視覚系は物体の外見の変化しやすさを克服しなくてはならない。物体の見かけは照明や位置関係によって変わるし、関節があったり、変形する物体の場合には、それぞれの物体の自由度に従って、その物体固有の変わり方をする。コンピュータ・ビジョンの進歩は、いくつかの代表的な条件の組み合わせのもとでの認識対象の見え方を記録して、それらを補間する仕方を学習すれば、こうした効果に左右されない物体の認識が実現できるかもしれないことを示している。しかし、日常生活の典型的な状況で必要とされるのは、物体の認識というより、むしろ、物体の分類かもしれない。自然種にせよ、人工的なカテゴリーにせよ、種類あるいはカテゴリーというものには無限の種類があり、また、それぞれが無限個のメンバーを想定している。したがって、分類の作業は、記憶した例の単なる補間によってはできない。それにもかかわらず、各カテゴリーのいくつかの代表的なメンバー、あるいは、「プロトタイプ」についての知識は、はじめて見る例の分類にとって必要な基盤を提供することができる。こうして提案されたプロトタイプとの類似性に基づく表現方法は、生物の視覚機構についての心理物理学及び生理学の最近の知見に容易に対応づけることができる。また、その考え方は、認知的な内部表現についての一般的な問題を理解する上で有益であり、特に、心の中の表現が表現される対象に「一致する」とか「忠実である」というのはどういう意味なのかを理解する上で興味深い示唆を与える。
プログラムに戻る複雑系生命科学序説
生物は複雑系(Complex System)として理解すべきである、という立場をとってそこからえられる生命観について議論する。ここで複雑系とは、部分の集合である全体が逆にまた部分を決めるという相補的な構造をもったシステムである。なお、こうした部分/全体の相補的構造は「ルールーシンタックスーシンボル」と「振舞ーセマンティクスーパタン」という形でも表される。その一方でこれまでの生命に対する考え方の主流はいろいろな部品がこみいっているがうまく組み合わせるようなもの、いいかえれば「Complicated System」であると考えられている。もしそうであれば、あとはいかにこみいった部品や論理の連鎖を解きほぐすかという「技術」だけとなり、新しい概念は不要になる。この両者の論争をいくら抽象的な言葉で述べたててもしかたがないので、これまでの「組み合わせ機械」観に対抗してどのような 理論/実験が可能であり、そこからどのような新しい生命観が開けるかを幾つかの具体的例で議論する。特に、、多様化、再帰的なタイプの形成、分化ルールの生成、集団情報の内部表現、集団的安定性、分化のシンボル固定化という基本的性質が内部自由度、増殖と相互作用を持つ系の普遍的性質であることを、具体的問題を考えながら示していく。
まず、細胞内の化学成分の反応(内部のダイナミクス)、細胞間の相互作用、そして細胞の増殖の3つからなる簡単なモデルでのコンピュータ実験の結果から1)増殖による細胞の多様化(2)いくつかの細胞タイプへの分離(3)幹細胞のような分化のルールの生成(4)同じタイプを作る決定(determination) が普遍的にあらわれてくることを示す。そして、このシナリオが「うまくできるように作った」からではなく、背景にある力学系理論から来る必然的帰結であることを述べる。特に、重要なのは細胞集団の発達がゆらぎや外からの乱れに対して安定であるという帰結である。
次に、こうした動的相互作用で生命をみた際に帰結される進化の見方を議論する。ここでは相互作用による分化が遺伝型に固定化されるという過程が、分子生物学のセントラルドグマとダーウィンの進化論に全く矛盾しない形であらわれることを示す。また、このような考え方に基づく実験としてどのようなものがありうるかについて、四方らのグループで進行中の構成的実験を紹介しながら議論したい。
ついで、分子レベルでの多様化ダイナミクスと揺らぎの中での機能 に関して、内部に(カオス的な)ダイナミクスを持ったユニットを考えることで、いかにエネルギーを選択的に吸収、蓄積できるかを議論する。
最後に、時間があれば、シンボルとルールの形成に関して、関数空間の力学系という新しい理論的枠組の可能性について議論し、認知意味論との関連の可能性について触れたい。
参考文献
(1) 金子邦彦 「動的相互作用生命観」 (講座「生命」、1997、哲学書房)
(2) 金子邦彦・池上高志「複雑系の進化シナリオーー生命の発展様式」(朝倉、1998)
(3) 金子邦彦・津田一郎「複雑系のカオス的シナリオ」(朝倉、1996)
(4) K. Kaneko,Complexity, 3 (1998) 53-60
(5) K. Kaneko and T. Yomo, , 89-102;Bull.Math.Biol.59 (1997) 139-196, preprints, submitted to J. Theor. Biology
(6) C. Furusawa and K. Kaneko, Bull.Math.Biol. 60 (1998) 659-687, Artificial Life 4, (1998), 79-93
(7) N.Nakagawa and K.Kaneko, in preparation
(8) N.Kataoka and K. Kaneko, ``Functional Dynamics I, II"、preprints submitted to Physica D
金子邦彦
1994 8月−現在 東京大学教養学部基礎科学科 教授
1990 8月−1994 8月 東京大学教養学部基礎科学科 助教授
1985 4月−1990 7月 東京大学教養学部物理教室 助手
但し
1988 8月−1989 9月 Los Alamos National Laboratotry, Stanislaw Ulam Visiting Fellow
1987 9月−1988 7月 University of Illionis at Urbana-Champaign 文部省在外研究員
1984 10月−1985 3月 Los Alamos National Laboratotry, posdoctoral fellow
1984 4月−10月 日本学術振興会 研究員
専門:カオス、大自由度カオス、Coupled Map、複雑系生命科学
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