ヘテロポリマーの設計問題
大阪大学大学院 理学研究科 菊池 誠
統計数理研究所 予測制御研究系 伊庭 幸人
大阪大学大学院 理学研究科 時田恵一郎


本講演では蛋白質をはじめとする(ランダム)ヘテロポリマーを統計力学的
に設計する問題について議論した。蛋白質は特定の折りたたみ構造を持ち、
その構造が機能を決めている。これに関連して、アミノ酸配列が与えられた
ときにその蛋白質の基底状態配位を求めるという「折りたたみ問題」がよく
知られている。蛋白質が特定の機能を持つということは、基底状態配位が一
意に決まることを意味する。逆に、基底状態が縮退しているポリマーは特定
の機能を果たすにはふさわしくないわけである。ランダムヘテロポリマーは
フラストレーションの効果が強く、基底状態探索自体難しい問題として知ら
れている。一方、人工酵素や分子機械の設計のように特定の機能を持つヘテ
ロポリマーを作りたい場合がある。このときは、機能を発揮するための折り
たたみ構造が先に与えられており、その構造を基底状態にもつモノマー配列
を決めるという問題が設定される。すなわち「折りたたみ問題」の逆問題で
あり、「設計問題」と呼ばれる。上の議論から明らかな通り、与えられた構
造は単に基底状態になっているだけでなく、唯一の基底状態でなくてはなら
ない。
ナイーブに考えれば、あらゆるモノマー配列に関して「折れたたみ問題」
を網羅的に解けば「設計問題」の解が得られるはずである。もちろん、これ
ではあまりにも計算量が多くなってしまうので、現実的ではない。本講演で
は、設計問題を解く手法のひとつとして、ボルツマンマシンの学習方程式と
類似の方法による設計の試みについて報告した。
我々の方法はKurosky & Deutschによって提案された設計指針に基づいて
いる。これは、熱平衡状態での与えられた配位の実現確率を最大化するもの
である。すなわち、モノマー配列が変わると与えられた配位の実現確率が変
化するので、適当に低温の条件下でこの実現確率が最大になるようなモノマ
ー配列を求める。充分低温でこの確率が1に近づけば、問題の配位が唯一の
基底状態になることが保証される。有限温度で確率を最大化するというこの
指針は、温度を考慮しないShakhnovich & Gutinの方法に比べ、得られた解
の安定性が保証されるという点で優れている(ちなみに、笹井は解のまわり
の安定性を改めて考慮する試みを行なっている)
モデルとして格子上のHPモデルを用いる。このモデルではアミノ酸を大き
く親水性と疎水性の二種にわけ、それ以上の区別をしない。従って、問題は
上で述べた確率条件を満たす0,1の並びを発見するというものになる。これ
はニューラルネットでいうボルツマンマシンにパターンを覚えさせる問題と
ほとんど同じである。そこで、ボルツマンマシンで使われる学習方程式をこ
の問題に焼き直せば、モノマー配列を決めるための方程式が得られる。ちな
みに、有限温度での設計方法としてこれまでに提案されているものとしては
、前述のKurosky & DeutschによるものとSeno et al.によるものがある。両
者とも有限温度での自由エネルギーを求めて、simulated annealingによる
最適化を行なう方法であり、違いは自由エネルギーの計算法にある。一方、
我々の方法は、simulated annealingを用いず、学習方程式によって最急下
降的に解を求めようとするという点と、自由エネルギーではなくエネルギー
の熱平均を用いるという点で他の方法とは異なる。
一般にはモンテカルロ法で自由エネルギーを求めるのはエネルギーを求める
のに比べて難しいと思われているので、エネルギーを用いるほうが
計算の面では有利と思われる。また、simulated annealingと最急下降を比
べると、前者は充分にゆっくり温度を下げれば必ず解が見つかるのに対し、
後者は初期値によって解に達しない可能性がある。逆によい初期値をとれば
最急下降のほうが素早く解を見つけると期待できる。その意味で、問題によ
って向き不向きが別れるかもしれない。
この方法を用いて、正方格子および三次元立方格子上のHPモデルについて
計算を行ない、いくつかの実例では確かに解を見つけられることが確かめら
れた。