拡張アンサンブルを利用したモンテカルロ法の応用
統計数理研究所 予測制御研究系 伊庭 幸人
大阪大学 理学部 菊池 誠

マルチカノニカル法、交換法(MCMCMC、温度並列アニーリング法)など、本来対象となる分布を拡
張ないし結合したアンサンブルをシミュレートする手法が数年来注目を集めている。講演では、これ
らの方法の発展として、どのような手法がありうるかを議論した。
まず最初に考えられることは、エネルギーや温度だけでなく、別の軸について拡張されたアンサン
ブルを用いることで、何か面白いアルゴリズムができないかということである。講演者は、この方向
でいくつかの試みを行ってきたが、今回は格子ポリマーにおいてself-avoidingnessをゆるめる方向
に拡張したアンサンブルを用いることを提案した。格子ポリマーの場合、通常、self-avoiding条件
はそれ以外の相互作用エネルギーとは別に付加される。この定式化のもとでマルチカノニカル法など
を実装した場合、self-avoiding条件は高いエネルギー状態(高温)でもそのまま残るわけであるが、
これは緩和の障害になり、場合によっては無限時間極限におけるエルゴード性の証明さえ困難にする。
われわれはこの障害を除去するために、(1)温度とself-avoiding条件のゆるめ方をそれぞれ少し
ずつ変えた一連の系同士の交換を考える、(2)温度とself-avoiding条件の2方向への2次元的拡
張を考える、の2つの方法を提案し、実装した。
次に考えられるのは、いままで興味が持たれながらも、緩和時間が長すぎるなどの理由で実用性が
なかった方法を、拡張アンサンブルの考えを利用することで実用化するという路線である。この場合、
しばしば、もともと計算したい対象自体が通常の熱平衡系での期待値ではないのに、さらに計算の便
宜のためにアンサンブルを拡張するということになる。今回は、あるダイナミクスのもとで特定の状
態間を結ぶパスの全体に適当な重みを与えたものからなるアンサンブル("時空間アンサンブル")を
考えた。このようなアンサンブルに対するモンテカルロ法はすでに存在する(たとえば[1])が、こ
こではマルチカノニカル的な技法による接近を試みた。具体的には、2次元強磁性イジング模型の2
つの準安定状態の間を結ぶ最短パスの全体に対して、メトロポリスダイナミクスのもとでの実現確率
を横軸とした状態密度をマルチカノニカル的な方法を用いて計算することを試みた。

[1] Zimmer,M.F., Phys. Rev. Lett., 75, p.1431 (1995)