「日本人の国民性調査」(以下,単に「国民性調査」と書くことがある)は,統計数理研究所が行っている統計調査の一つで,日本人のものの見方や考え方とその変化を,継続社会調査の手法によってとらえようとするものである。ここで統計調査とは統計的な無作為抽出に基づく標本に対する調査を指し,継続社会調査とは,時間をおいて基本的に同一の調査方法と調査項目で同じ調査を繰り返す方法を指す。
この調査が始まったのは,戦後間もない1953年 (昭和28年) であった。その後5年ごとに調査を繰り返し,初回から数えて60年目の2013年 (平成25年) には第13次調査を行い,2018(平成30年)には第14回目の実施回を迎えた。
継続調査としての国民性調査のねらいは大別して二つある。第一は,長期にわたる継続質問項目によって,日本人の“ものの考え方”の変化の様相を明らかにすることで,第二は,従来との継続を図りながらも,現代の日本社会で暮らす人々の意識の新しい動向を捉え,将来の社会の変化に備えることである。第二の目的のために,毎回新しい調査項目や必ずしも継続的に調査はしていないが過去に質問したことのある項目も調査するようにしている。
調査結果は,戦後60年以上にわたる日本人の価値観や意識の変化を捉える貴重な資料として,学術や教育の広い範囲で参照利用されている。
調査対象と調査方法
この調査の調査対象は20歳以上 (ただし第11次・第12次調査は20歳以上80歳未満,第13次調査は20歳以上85歳未満) の日本人男女を調査対象とした標本調査である。各回とも層化多段無作為抽出法で2,254〜6,400名の標本を抽出し,個別面接聴取法で実施している。
調査内容
調査項目の内容としては,身近な(誰でも考えられるような)ことがらについての見方・考え方を中心にできるだけ広い範囲から国民性の特徴をよく表す題材を選ぶようにしている。全ての調査項目は,便宜的に次のような9つのテーマに分類して管理している。調査項目には全ての実施回を通して管理するための共通の#番号が振られている。
「§1基本項目」「§2 個人的態度」「§3 宗教」「§4 子供・家」「§5 身近な社会」「§6 男女の差異」「§7 一般の社会的問題」「§8 政治的態度」「§9 日本人・人種」
多くの項目が繰り返し調査されているが,必ずしも全ての項目が毎回調査されているわけではなく,第1次からの全ての回で利用されている調査項目は多くない。
調査票の種類
調査票1973年 (昭和48年) の第5次全国調査以降の調査では,それまで継続してきた質問項目を主とする調査票 (K型調査票) と,新規の質問項目に重きを置く調査票 (M型調査票) との2種類の調査票を用いている。K型とM型とを用いるのは,一人の対象者にかかる負担 (面接時間の長さ) を軽減するためである。調査にあたっては,標本を二分し,一方の標本にはK型調査票,もう一方の標本にはM型調査票に用いる。他に第2次調査でも,調査票は青色調査票と白色調査票の2種類がある。
第14次全国調査は次の要領で実施した。調査の実施方法は従来の方法を継続し,規模などは第12次(2008年),第13次調査(2013年)と同じである。調査内容面では第13次調査から若干の項目の加除を行った。
調査設計:
(1)調査方法:調査員による対象者への個別訪問面接法。
(2)調査対象者:20歳以上84歳以下(2018年9月末現在)の日本人男女。
(3)標本設計・標本サイズ:層化多段無作為抽出。日本全国400地点6400名。利用した台帳は住民基本台帳。
(4)調査実施時期:2018年10月下旬から12月上旬
調査内容:
調査票の基本的な内容は第13次調査(2013年)までを踏襲し,従来からの継続項目を中心とするK型調査票と1973年以降に導入されたM型調査票の2種類の調査票(割当数は次項参照)を利用した。第14次調査で新しく導入した項目は5項目である(結果の概要でその中の4項目を紹介する)。
回収状況:
回収数/対象数は,K型調査票 1584/3209(49.4%),M型調査票1627/3191(51.0%),計3211/6400(50.2%)であった。
長期にわたり調査してきた項目の中では,時代が下るにつれて,伝統的な意見が退潮し,新しい意見が支持を伸ばしてきたという大きな流れがある。例えば“#4.10 他人の子どもを養子にするか”,という項目では,「子がないときには他人の子どもでも養子にして家を継がせる必要があるか」の問いに対して,必要ないという回答が伸びたのがその典型であり(図1),伝統的な家制度に関する意見は戦後65年あまりかけて,大きく様変わりした。他に
#2.4暮らし方で,趣味に合った暮らし,やのんびり,といった個人志向の強い選択肢が伸びた,。
#4.5 先生が悪いことをした,場合に,子供にそのことを正直に教える回答が増え,(先生の権威を保つように)「そんなことはないという」回答が減った
#4.5 子供に「金は大切」と教える,では,「金が何よりも大切と教える」ことに「賛成」という意見が退潮して,「反対」が伸びた,
などの例がある。
図1 伝統的な家制度の維持(子供がないときには他人の子どもでも養子にして家を継がせるべき)を不要と考える意見の増加
前節に述べたような新しい意見への入れ替わりという大きな流れとは,やや趣を異にして,結果が時代を通じて比較的安定的であると考えられてきた項目もある。たとえば,日本人の「人情的な回答を好む」傾向は比較的安定的と考えられてきた。しかし,近年はこうした人情志向にもやや陰りがみられるようである。
“#5.6 めんどうを見る課長“(図2a)では,「仕事上の無理をいうがめんどうも良く見る(人情味のある)課長」と「仕事上の無理は言わないが,面倒もみない(ドライな)課長」の比較で,前者が8割後半〜前半の支持を集めてきたものが,近年ややその勢いがなく,今回の第14次全国調査では74%と過去最低を,かわりにドライな課長の支持が22%と過去最高を記録している。
“#5.6bつとめたい会社“(図2b)では,「1給料は多いが,レクリエーションのための運動会や旅行などはしない会社」の人気が基本的に高まる報告(第14次の51%が過去最高),「2 給料はいくらか少ないが,運動会や旅行などをして,家族的な雰囲気のある会社」は人気が低下する方向の動きを見せている(第14次の46%が過去最低)。
図2a ドライな課長の人気上昇 図2b 家族的な雰囲気のある会社の人気下降
平成期の30年(本調査では第9次(1993年)から第14次(2018年)までに相当する)ほどの動きを見ると,この間の最も劇的な変化は1993年〜1998年にかけて日本人が社会全般に対する自信を失い,自己評価を大きく下げたことであった。この点は特に経済面の評価にも顕著であったが,近年(特に第13次調査)でこの自信喪失から回復の兆しが見えた。
この動きは基本的に今回の第14次でも維持されているようである。”#7.30a 生活水準10年の変化”という項目で, 「あなたの生活水準は,この10年間でどう変りましたか」と尋ねた場合,1993年以前の結果には戻らないものの,近年は”悪くなる“方向の回答は減少傾向にあり,”変わらないが伸びる傾向にある(図3a).
図3a 自分の生活水準10年の変化についての評価
図3b 日本の経済力に関する評価 図3c
日本の生活水準に関する評価
自身の生活の評価だけでなく,日本社会に関して評価を尋ねる“#9.12c 日本の経済力” “#9.12d 日本の生活水準” などの項目でも,日本経済への評価は,前回調査あたりで持ち直し傾向を見せ,それを維持している様子がうかがわれる。これらと連関するかのように,"#2.3d 社会に満足”についても,前回調査で顕著になった「不満」の低下が,今回も堅調に維持されたようである(図3d)。
図3d 「社会に満足か」に対する「不満」の低下傾向
もう1点中期的な意見の動向を見ておく。地球温暖化の懸念を通じて,環境問題に対する社会的関心が高まる傾向が予想されるところであるが,むしろ環境意識には伸び悩み傾向がみられる。”#7.35 環境の保護は重要か”の「環境の保護は,あなたにとってどれくらい重要な問題ですか」という質問項目について,「非常に重要である」から「重要ではない」の4段階で尋ねたところ,2003年に逆転した「非常に重要」と「重要」の差がさらに広がり,環境保護を重要視する意識の相対的な低下傾向が顕著となった。「非常に重要」と答えた人は,1993年に50%あったが,2018年には31%へと20ポイント近く減少している一方,「重要」と答えた人は,1993年の43%に対して2018年では57%である。「あまり重要ではない」および「重要ではない」と答えた人は,1993年の5%に対して2018年では10%と5ポイント上昇し,1983年と同程度となった(図4a)。“#9.17 地球環境”という項目でも, 「自分たちの生活が今より多少不便になっても,地球環境を守るために,ひとりひとりが努力すべきだ」という回答は(元々高い水準にあるために伸びにくい面があるが)支持を伸ばせない状態になっている(図4b)。
図4a. 環境の保護に対する意識の伸び悩み 図4b.
地球環境のための努力も支持が伸びず
第13次(2013年)調査において”#2.30g 原子力施設の事故”に対する不安が東日本大震災(福島第一原発の事故)前と比べて大幅に伸び過去最高を記録したのに対し,この不安は元の水準程度に戻った感がある(図5a)。
図5a 原子力施設の事故に対する不安の回復
これに関連して,社会生活上の不安,例えば“#2.30c 街での暴力"や”#2.30d 交通事故”, “#2.30e 失業”,”#2.30h 経済面での不安”などの不安感に関する項目群を見ると,第12次(2008年)から今回にかけて,低下傾向が見られ,人々が日本社会に対して感じている不安感は,鈍化していく方向にあるように見える。
図5b. 社会生活上の不安に関するいくつかの項目に関する不安感の低下傾向
前回第13次調査で,日本人が自らの性質についての「自己評価」がやや高めだったものが,震災後の一時的な高まりだったのか,少し揺り戻した感がある。“#9.1 日本人の性格(長所“(当てはまるものを複数選んでもらう項目)では,前回までに,「親切」「礼儀正しい」などの回答が大きく数値を伸ばしたのに対し,今回はやや数値を下げた選択肢も多い(「勤勉」や,「粘り強い」も数値を落としている。それでもこれらの選択肢が古くからよく選ばれ,日本人が自負する点であることは間違いないようである。
図6 日本人の長所 に関する質問(複数回答)での人気上位の選択肢
なお,”#9.6 日本人・西洋人の優劣"という項目で,日本人が西洋人に比べて「すぐれている」という回答は,第12次,第13次調査と数値を伸ばしたものが,今回はそれ以前の水準に戻っており,過去10年ほどの日本人の自己評価の高まりは,少し熱が冷めたという状態になった可能性がある。
第14次全国調査でも,いくつかの新規項目を導入した。このうちのいくつかの項目について,時系列の変化が追えないので,性別・年齢別の意見の違いを中心に結果を検討する。
<子ども優先の政策充実> “#7.51子ども優先か高齢者優先か”
少子高齢化の進行に伴い,これから日本が優先すべき政策について, “高齢者のための政策が多少後回しになっても,子ども優先の政策を充実させるべきだ”か,それとも“子どものための政策が多少後回しになっても,高齢者優先の政策を充実させるべきだ”か, で尋ねている.その結果, “高齢者のための政策が多少後回しになっても,子ども優先の政策を充実させるべきだ”との回答が,全体で68%となっている.そして,性別では,男性(71%)のほうが女性(65%)子ども優先をより強く支持していることが確認された.
年齢別に見ると若年層では,子ども優先の政策を重んじる考え方を持つ人の割合が全体のなかで多く占めているのに対し,男女とも年齢層が低いほど,子ども優先の政策を充実ささせるべきとの考え方を持つ人の割合が多い(図7a).
図7a. 子供優先の政策を充実させるべきとの意見の性別・年齢別割合
<地方への移住意向> “#2.51 UターンやIターンをしたいか”
現在,日本の地方都市のなかには,過疎化が進んでいる市町村が多い.過疎地を抱えている自治体では地域の活性化に向けた様々な取組を進めているが,その中でも,地方への移住が注目を浴びつつある.本質問”#2.51 ‘UターンやIターンをしたいか“は,<地方への移住意向>を尋ねており,2つの選択肢“してみたいと思う”と“特にしたいと思わない”のどちらか一つを選んでもらうようにしている.
全体としては,“してみたいと思う”が37%となっている.そして,UターンやIターンをしてみたいという地方への移住意向は,男性(40%)のほうが女性(34%)に比べて肯定的に捉えている.特に,20代〜40代においては,いずれも“してみたいと思う”が4割を超えており,若年層,中年層を中心に地方への移住に対する関心が高いことがうかがえる(図7b).
図7b. 地方移住を「してみたいと思う」という回答の性別・年齢別割合
<世界的な大会の楽しみ方> “#9.23オリンピックをどう楽しむか”
オリンピックなどの世界的スポーツ大会の楽しみ方について “国にこだわらず,世界最高水準の選手たちの競技を純粋に楽しみたい”か,それとも“自国の選手が活躍するのを応援し,楽しみたい”かを尋ねたところ,いずれも5割(51%,48%)程度であり,二つの意見が拮抗した.性別でみると,女性(55%)のほうが,男性(48%)に比べて“国にこだわらず,世界最高水準の選手たちの競技を純粋に楽しみたい”と思う割合が高い.
また,若年層・中年層は,“国にこだわらず競技を楽しみたい”と考える一方で,60代以上の高年齢層は,“自国の選手が活躍するのを応援し,楽しみたい”を選んでおり,世代間で考え方に違いがみられた.60代以上の高年齢層にとっては,半世紀ぶりに,再び東京でオリンピックが開催されることへの期待感があったようである.年齢間での意見の差は,男性のほうにより顕著に表れている(図7c).
図7c. 「世界最高水準の競技を楽しみたい」との回答の性別・年齢別割合
4.6節で述べた通り,日本人の自己評価としては自らを勤勉とみているようであるが,“#2.8 一生働くか"という質問で,一生楽に生活できるだけのお金がたまった場合でも,「ずっと働く」という回答は55%と過去最低,「働くのをやめる」という回答が38%と過去最高を記録した。”#2.13 将来に備えるか”という項目でも,若い時は「将来に備える方に重点をおくべきだ」という回答が減少傾向,「楽しむ方に重点をおくべきだ」という回答が増加傾向を示し,長い目で見ると「仕事志向」「働きづめの日本人」というイメージは少し変化を見せていると言えそうである。
図8.1a お金がたまっても一生働くか? 図8.1b
将来に備えるか,楽しむか
国民性調査が実施されてきた時期はまた,日本社会で男女をめぐる意識が,特に女性で大きく変化した期間でもあった。“#6.2 男・女の生まれ変わり“という項目で,生まれ変わるとしたら男が良いか女が良いかを尋ねてきたが,男性回答者はこの項目が導入された第2次調査(1958年)以来,一貫して「男に生まれ変わりたい」という回答が大多数を占めるが,女性は当初は男性に生まれ変わりたいが多かったものの,女性に生まれ変わりたいという回答が一貫して伸びてきた(図8.2a)。このことは,”#6.2d 楽しみどちらが多いか”という質問で,男女とも自分の側の性の楽しみが多いと答えるが,女性は近年「女性のほうが楽しみが多い」と答える回答が増加傾向を示している点(図8.2b)とも,女性が自分の性をより肯定的に捉える傾向という点で共通している。
しかし,”#6.3c 苦労がどちらが多いか”と聞くと,男性の回答者も女性の回答者も「苦労は女性が多い」という回答が増加傾向で,減少傾向である「男性が多い」という回答を逆転している(図8.2c)。日本社会は,女性がより「楽しめる」社会になってきたと認識される一方で,なぜか苦労も多く,女性がまだまだ「生きにくい」側面を残しているのかも知れない。
図8.2a もう一度生まれ変わるとしたら「男」「女」どちら? 男女別回答推移
図8.3b 男女で楽しみはどちらが多いかに関する男女別回答推移
図8.3c 男女で苦労はどちらが多いかに関する男女別回答推移
#7.18で始まるいくつかの問いは,「これから先,人間の健康の面は良くなるか,自由は増すか…」などのように,漠然と将来の社会見通しを尋ねる内容となっている。概して,健康が悪くなる(#7.18),人間の自由がへる(#7.18b),心の安らかさがへる(#7.18c),人々が不幸になる(#7.18e)のような悲観的な回答が減り,現状維持かどちらかといえば楽観的な将来見通しを示す選択肢が好まれるのが,過去20年ほどの傾向となっている。
本資料に関する問い合わせ先 E-mail: ks_info@ism.ac.jp
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