平成232011)年度 重点型研究実施報告書

 

課題番号

23−共研−4502

分野分類

統計数理研究所内分野分類

d

主要研究分野分類

7

研究課題名

階層帰属意識の社会的構成

重点テーマ

社会調査関連資源の利活用

フリガナ

代表者氏名

スド ナオキ

数土 直紀

ローマ字

Sudo Naoki

所属機関

学習院大学

所属部局

法学部

職  名

教授

配分経費

研究費

40千円

旅 費

401千円

研究参加者数

8 人

 

研究目的と成果(経過)の概要

研究の目的
本研究プロジェクトのテーマは、階層帰属意識がどのようにして社会的に構成されているのか、このことの解明であった。階層意識のなかで特に階層帰属意識に注目する理由は、1970年代から2010年にかけて生じた一億総中流社会から格差社会という日本社会の変化をもっともよく示している意識項目であったからである。
1970年代から1980年代にかけて盛んに議論された一億総中流社会の一つの根拠は、人びとの階層帰属意識が極端に中に集中していることがさまざまな社会調査によって示されてきたことにあった。しかし、2000年代にはいって格差社会に関する議論が盛んになる一方で、一億総中流の論拠の一つとされていた階層帰属意識の分布はさほど大きくは変化してこなかった。このことは一見すると社会階層構造の実態と人びとの階層帰属意識とが乖離しているかのようにみえるが、吉川徹らは社会階層が階層帰属意識を規定する強さは一貫して高まっているという事実を明らかにし、ここに格差社会への変化を読み込んだ。
 本研究では、共同利用データであるSSP-I 2010をもちいて、2010年代においても上述の傾向が一貫したものとして継続しているのか、もし変化しているとすればどのように変化しているのか、まずこのことを明らかにしようとした。ちなみに本研究でもちいられたSSP-I 2010データは、その特徴として特に2つの点を指摘することができる。まず第一点は、1985年SSM調査と比較可能な形で設計された調査データであるということである。第二点は、狭義の階層帰属意識の項目だけでなく、階層帰属意識についての多くの関連項目を含んだ調査データであるということである。したがって、1985年SSM調査データとの比較検討によって、人びとの階層帰属意識が一億総中流社会から格差社会へ変化する過程でどのように変化したのかを明らかにしうるデータとなっている。

研究の成果
 谷岡謙は、SSP第4回研究会にて「SSP-I 2010に見る格差社会の階層帰属意識」を報告した。谷岡報告では、SSP-I 2010と比較可能な社会調査データをもちいて、SSP-I 2010での階層帰属意識の特徴が検討された。その結果、各社会調査データ間の階層帰属意識分布の違いは社会調査の実施方法(面接調査、留置調査、郵送調査)の違いによってもたらされる部分が大きく、実施方法の違いを考慮すると分布そのものはほとんど変化していないことが明らかにされた。またそれと同時に、2010年においても階層帰属意識に対する社会経済的地位による説明力がそれ以前よりも一貫して上昇していることも明らかに知れた。このことから、階層帰属意識の「静かなる変容」は依然として進行中であることがわかる。谷岡報告によって示された知見は、格差社会の実態を探究するさいに階層意識の分析が不可欠になったことを意味している。
 神林博史は、SSP第4回研究会にて「階層帰属意識と社会経済的変数の関連の時系列的変化」を報告した。神林報告では、谷岡報告でも示されている階層帰属意識に対する社会経済的地位の説明力の一貫した上昇が、どの世代で、そしてどのようなメカニズムによって生じたのか、このことの検討がおこなわれた。SSP-I 2010に加えたSSM調査データをもちい、階層帰属意識の規定構造の変化をある特定の世代(コーホート)に絞って追跡的に分析した結果、コーホート内でも社会経済的地位の階層帰属意識に対する説明力が長期的に上昇しつづけていることが確認された。そして、この趨勢は、それ以外の多くのコーホートにも同様にみいだされている。神林報告では、このような意識変化を生みだした社会的メカニズムについていくつかの仮説を提示し、今後のこの分野における課題を明らかにした。
 金澤悠介は、SSP第4回研究会にて「階層帰属意識は何を測定しているのか? 潜在クラス分析によるアプローチ」を報告した。金澤報告では、狭義の階層意識である階層帰属意識に、広義の階層意識である生活満足感や生活水準の変化に関する意識項目を加え、階層意識の潜在構造を明らかにすることを目的に潜在クラス分析をおこなっている。その結果、上層グループ、中層グループ、下層グループ、中間回答グループに相当する4つの潜在クラスが抽出された。金澤報告では、さらにこれらの4つの潜在クラスがどのような共変量と関連しているのかを探った多項ロジット潜在クラス回帰分析の結果も紹介され、中間回答グループが調査協力度と強いネガティブな関連があることが示された。金澤報告は、調査の実施方法の違いだけでなく、調査対象者の調査への協力度の差も階層帰属意識分布に影響を与えうることを示唆しており、階層帰属意識の測定について新たな問題を提起した。
 数土直紀は、SSP第3回研究会にて「未婚者の階層意識」を報告した。数土報告では、SSP-I 2010データに加えて、1985年SSM調査データをもちい、多項ロジット回帰モデルによる分析がおこなわれている。数土報告では、とりわけ回答者の婚姻上の地位に分析の焦点がおかれ、1980年代から2010年にかけて婚姻上の地位が階層帰属意識に与える影響がどのように変化したのかが検討されている。その結果、1980年SSM調査データでは婚姻上の地位は階層帰属意識に対して統計的に有意な関連をもっていなかったのに対して、SSP-I 2010データでは婚姻上の地位が階層帰属意識に対して統計的に有意な関連をもつようになっていることが明らかにされた。また、数土報告は、単に婚姻上の地位が階層帰属意識に対してもっている影響の変化を明らかにするだけでなく、その事実を手がかりにしてある属性が人びとによって社会的地位としてみなされるようになるための条件の探求という理論的な問題提起をおこなっている。
 最後に、小林大祐は、2012年1月に実施した班別の研究会において、個人をレベル1に、都道府県をレベル2に設定したマルチレベル分析をおこなうことで、雇用身分が階層帰属意識に与える影響について検討をおこなった。その結果、ほかの社会経済的地位変数の影響をコントロールしても雇用身分としての非正規雇用が人びとの階層帰属意識に影響を与えていることを確認し、かつその影響が地域によって異なっていることを明らかにした。この結果は、職業的地位の指標としてこれまでもちいられてきた職業威信スコアや、あるいは職業分類に加えて、雇用身分も考慮する必要性があることを示唆しているといえるだろう。小林報告は、さらに雇用身分が階層帰属意識に影響を与えるメカニズムを特定することで、格差社会における職業的地位の意味を再考させる可能性を秘めた研究であり、今後の展開が期待される。
 以上のことから、階層帰属意識が社会的に構成されるメカニズムの解明を目的とした本研究プロジェクトは、当初の目的をかなり程度達成することができたと評価することができる。またそれと同時に、SSP-I2010データの分析を通じて明らかにされた知見は、今後のこの分野における新たな研究課題をも明らかにしている。そのなかでももっとも重要な知見は、かつて吉川徹が「静かなる変容」と名づけた階層帰属意識をめぐる変化が2010年になっても依然として続いており、社会階層構造が人びとの階層帰属意識に及ぼしている影響が2010年になってもさらに強まっているということであろう。したがって現在問題になっている格差社会を適切に読み解くためには階層帰属意識を含めた階層意識の広範にわたる解明が必要とされており、階層意識研究の重要性が増している。

 

当該研究に関する情報源(論文発表、学会発表、プレプリント、ホームページ等)

今後、数理社会学会、日本社会学会などで学会報告をおこない、『理論と方法』(数理社会学会機関誌)などを通じて論文を順次刊行していく予定。

研究会を開催した場合は、テーマ・日時・場所・参加者数を記入してください。

*SSPプロジェクト階層帰属意識班研究会
日時:1月28日(土) 13:30〜17:00
場所:学習院目白キャンパス 東2号館8階 第2会議室
人数:6人

*「階層帰属意識のフロンティア」SSPプロジェクト第4回研究会(統計数理研究所共同利用研究公開研究会)
日時:2012年2月24日(金) 10:30〜25日(土)15:30
場所:統計数理研究所 セミナー室1
人数:50人程度

 

研究参加者一覧

氏名

所属機関

金澤 悠介

立教大学

神林 博史

東北学院大学

吉川 徹

大阪大学

小林 大祐

仁愛大学

内藤 準

首都大学東京 大学院

前田 忠彦

統計数理研究所