平成262014)年度 一般研究2実施報告書

 

課題番号

26−共研−2005

分野分類

統計数理研究所内分野分類

a

主要研究分野分類

3

研究課題名

ヒドラにおける幹細胞のポピュレーションダイナミクス

フリガナ

代表者氏名

ニシヤマ ノブアキ

西山 宣昭

ローマ字

Nishiyama Nobuaki

所属機関

金沢大学

所属部局

大学教育開発・支援センター、自然科学研究科

職  名

教授

配分経費

研究費

40千円

旅 費

0千円

研究参加者数

2 人

 

 

研究目的と成果(経過)の概要

 腔腸動物ヒドラは、無性生殖により個体増殖を行い、また個体損傷等に対して強力な再生能を示すが、これらは上皮幹細胞、内皮幹細胞および神経細胞、腺細胞、生殖細胞等への多分化能を持つ幹細胞である間細胞の自己複製と分化に基づいている。近年、ヒドラの幹細胞の自己増殖と分化制御に関わる情報伝達系について研究が進展し、wnt、Notch、hedgehoc、NF-kB、FOXOなど哺乳類の幹細胞の情報伝達系と同一であることが明らかになった。このような細胞間、細胞内情報伝達系は幹細胞とそれを取り巻く細胞集団ニッチェとの相互作用の分子的実体であり、情報伝達系の非線形ダイナミクスが幹細胞の増殖と分化の自己制御に関わっていると考えられるが、その関係性については不明のままである。幹細胞の増殖と分化の動的制御のメカニズムは、がん幹細胞の増殖制御においても機能しており、がん幹細胞とそれを取り巻く炎症を伴う細胞集団ニッチェとの炎症性サイトカインを介した相互作用とNF-kBパスウエイ等の細胞内情報伝達系がその分子的実体と考えられている。
 本研究では、ヒドラの幹細胞の一系列である間細胞の増殖の自己制御において、細胞集団ニッチェ間細胞および間細胞同士の炎症性サイトカイン等を介する細胞間、細胞内情報伝達系が関与するとの仮定にもとづいて、間細胞の増殖に対する間細胞の細胞密度依存性および情報伝達系に対する既知の阻害剤の投与の影響を調べた。
 週1回の定時の摂食条件下、18度暗所で維持されたヒドラ個体を1週間の飢餓条件下においた後、5mMヒドロキシ尿素を溶存させた飼育液で培養を行い幹細胞の細胞密度を低下させ、その後通常の飼育液に戻して培養を継続し、間細胞の回復過程を1週間にわたり毎日1回の6個体サンプリングを行い、触手の脱落の有無およびメチレンブルーによる間細胞染色、顕微鏡下での染色細胞数の計測を行うことにより調べた。5mMヒドロキシ尿素投与後の間細胞数の回復曲線を対照として、5mMヒドロキシ尿素とNotchパスウェイの選択的阻害剤DAPTの共存条件、5mMヒドロキシ尿素とNF-kBパスウェイの選択的阻害剤quinazolineの共存条件、5mMヒドロキシ尿素とDAPTとquinazolineの共存条件、以上3条件下での回復曲線を比較した。DAPTとquinazolineについてはともに100nMから100マイクロMの濃度範囲で実験を行ったが、この濃度条件においては5mMヒドロキシ尿素単独の条件との間での差は見いだせなかった。次に、糖尿病治療薬として知られるメトフォルミンの投与実験を行った。最近、この薬剤のがん幹細胞の増殖抑制効果が明らかとなり、その作用機序として炎症性サイトカインのパスウエイの変調作用が関わっていることが示唆されている。5mMヒドロキシ尿素単独、メトフォルミン単独、5mMヒドロキシ尿素とメトフォルミンの共存の3条件下で上記と同一のスケジュールで培養を行った。メトフォルミンは1マイクロMから50mMの濃度範囲で調べた。その結果、5mMヒドロキシ尿素と10mM以上のメトフォルミンの同時投与条件下で有意な間細胞数の回復の阻害が起こることを見出した。がん幹細胞に対するメトフォルミンの作用機序に関する先行研究を考慮して、炎症性サイトカインのパスウエイが保存されているヒドラにおいても幹細胞の増殖に細胞集団ニッチェとの炎症性サイトカインを介した細胞間相互作用が関与している可能性を示唆していると考えられる。
 このような実験結果に基づいてヒドラ幹細胞とそれを取り巻く細胞集団ニッチェとの細胞間相互作用を推定するための数理モデルについて検討を行った。間細胞集団とそれを囲む上皮細胞・内皮細胞からなる細胞集団ニッチに対応する2つのコンパートメントを仮定し、ともに未分化な幹細胞から分化細胞へのパスを導入した。幹細胞については炎症性サイトカイン等外部シグナルを念頭に置いた外部入力の細胞生成パス、また幹細胞および分化細胞ともにヒル関数による自触媒生成パスと1次の細胞死滅パスを仮定することにより、2つのコンパートメントに含まれる幹細胞および分化細胞をsaddle-node分岐を伴う2重定常状態を持つスイッチ素子とした。2つのコンパートメントの相互作用として、ニッチェ内の分化細胞による2つの幹細胞種の増殖に対するポジティブ・フィードバックを設定した。このモデルに基づいて炎症性サイトカインの濃度の外乱(ニッチェの細胞数の変化)の影響を数値シミュレーションにより調べた結果、未分化な間細胞の細胞数の増加に対する分岐(単調増加と定常値への収束)が存在することが明らかとなった。
 今後、ヒドロキシ尿素の濃度を実験パラメータとして間細胞数の初期値に依存した回復曲線についての実験を行うとともに、得られた実験結果を説明するためのモデルの修正を行う予定である。

 

当該研究に関する情報源(論文発表、学会発表、プレプリント、ホームページ等)

現在、日本生物物理学会での発表のための準備を行っている。

研究会を開催した場合は、テーマ・日時・場所・参加者数を記入してください。

研究会は開催していない。

 

研究参加者一覧

氏名

所属機関

三分一 史和

統計数理研究所