平成232011)年度 共同利用登録実施報告書

 

課題番号

23−共研−9

分野分類

統計数理研究所内分野分類

h

主要研究分野分類

5

研究課題名

極値理論の土木工学への応用 〜 “経験度”の導入

フリガナ

代表者氏名

キタノ トシカズ

北野 利一

ローマ字

Kitano Toshikazu

所属機関

名古屋工業大学

所属部局

社会工学専攻

職  名

准教授

 

 

研究目的と成果の概要

極値統計解析で不可欠な概念である再現期間は,将来に来襲するであろう巨大外力の予測のために,現在から近い将来までの時間として,土木工学をはじめとする応用分野では用いられてきた.しかしながら,過去の観測記録にもとづいて推測される超過確率(もしくは,生起率)の逆数が,再現期間の定義であり,過去,現在,未来へと経過する時間軸上で定義されるものではない.本年度の研究は,応用する上で必要となる将来に生起すると予想される極値の検討をするためには,現在から将来への経過時間と再現期間を区別して取り扱えるような理論の枠組み(超過確率に対する外挿と時間の延伸に対する外挿;それら2種類の外挿を取り扱う理論)を提示するものである.

 行列で与えられるフィッシャー情報量を拡張することにより得られる経験度を,非定常に生起する極値のポイントプロセスモデルに適用した.その際に得られる経験度は,シュアの補元やクロネッカー積などの行列演算のテクニックを用いれば,定常項の係数を含む項と時間変数を含む項の2項に分解できることがわかった.前者の項は,定常モデルより得られる経験度と置換えることが可能であり,また,後者の項には,非定常性の度合いを表すパラメータが含まれないので,定常モデルによる推定結果を,時間変数を含む項と合成して,非定常モデルによる経験度として算出することができる.これは,すなわち,観測結果に定常モデルを適用して得られる情報が,過去から将来への時間の経過とともに低下していく(データの鮮度が低下する)ことを定量化していると解釈できる.このように定常モデルの経験度に,経過時間に伴う影響を加えたものを,耐久性(モデルの耐久性)と名づけ,経験度と同様に,その値が2未満となる場合の推定を保留する.耐久性を用いれば,推定結果を将来に向けて延伸する場合に,徐々に増大していく信頼区間を容易に与えることができるだけでなく,推定結果の将来への延伸が打ち切られることも表現できる.

 経験度が最大値をとる再現レベルは,観測データを Peaks-over-threshold 法で抽出する閾値(観測データが Block maxima 法で抽出される場合は,その相当レベル)であり,観測期間全体にわたって同じ方法でデータが抽出されているならば,耐久性が最大となる時点は,観測期間の中央となる.点源から四方八方に伝播する波が進行する様に例えると,点源が直線上に無限に連なる場合は,その直線に直交する向きに直線的に波が進行することに対し,点源が限定されると,当然,波の進行は曲げられる.これは回折とよばれる現象である.耐久性が最大値をとる観測期間の中央に点源が制約のもと配置されるとし,その点源から波が進行するように,再現レベルの信頼区間が時間の経過と共に曲がる様と類似する.それゆえ,耐久性へと拡張する際に,定常の経験度に付与される時間変数を含む項を回折項と名づけ,耐久性により得られる信頼区間の幅が広がる様子を推定誤差の回折効果とよぶ.土木工学などの応用分野で,将来に来襲するであろう巨大外力の予測として,極値統計解析を用いる場合には,再現期間に加えて,経過時間に伴う推定誤差の回折効果が重要であると言える.

 上記の内容について,水文頻度解析における推定誤差の回折効果 〜 50 年確率は50 年間有効であり続けるか?(水工学論文集,第56巻),津波・高潮堆積物まどによる歴史データを含む潮位資料の極値統計解析における取扱い(統計数理研究所 共同利用リポート 274),Diffractive uncertainty toward the future estimation of return wave height (Coastal Structures, Yokohama, Sept. 5-9 2011)および Degree of Experience as an Index for Practical Use of Extremes(Environmental Risk and Extreme Events, Workshop, Ascona, July 10-15 2011)にて発表した.