平成242012)年度 重点型研究実施報告書

 

課題番号

24−共研−4104

分野分類

統計数理研究所内分野分類

f

主要研究分野分類

1

研究課題名

広島原爆被爆者におけるがん死亡リスクの地理分布の円形非対称性

重点テーマ

癌統計データ解析

フリガナ

代表者氏名

トンダ テツジ

冨田 哲治

ローマ字

Tonda Tetsuji

所属機関

県立広島大学

所属部局

経営情報学部

職  名

准教授

配分経費

研究費

40千円

旅 費

67千円

研究参加者数

5 人

 

研究目的と成果(経過)の概要

【研究目的】
 放射線被曝はがん等の罹患・死亡のリスクを高める要因であり,その影響を定量的に評価することは重要な課題である.広島原爆被爆者における,放射線を被曝したことに起因するがん罹患および死亡のリスク評価は,主に原子爆弾が炸裂時に放出された放射線による直接的な外部被曝(以下,「直接被曝」と略記する)の影響評価がほとんどであり,残留放射線による外部被曝や,放射性物質で汚染された塵や水などを体内に取り込んだことによる内部被曝など,直接被曝以外の付加的な放射線曝露(以下,「間接被曝」と略記する)の影響は評価されていないのが現状である.間接被曝に関するリスク評価がほとんど行われていない理由の一つとして,間接被曝による被曝線量を推定することは難しく,被曝線量に基づく評価法では解析することができなかったことが挙げられる.一方,直接被爆による被曝線量は,「放射線の影響は爆心からの距離とともに同心円状に減少する」という物理法則に基づき,爆心からの距離により推定することが可能である(実際は,被爆当時の年齢や遮蔽状況も調整因子に用いる).このことから,原爆被爆者におけるリスク評価は,直接被曝によるがん等の罹患・死亡のリスク評価を中心に行われ,間接被曝に関する研究は症例報告がほとんどであり,大規模コホートデータに基づく解析はこれまで行われてこなかった.
 申請者らは,被曝線量に基づく従来のリスク評価法に代わる新しい評価法として,被爆時所在地の位置情報を利用し,地点毎にがん等による罹患・死亡のリスクを評価する方法を確立し,広島原爆被爆者コホートデータに適用することで,新しいリスク評価法の有効性を確認した.推定されたリスク地図は,同心円状ではなく北西方向に歪んだ円形非対称性が認められた.本研究では,広島原爆被爆者におけるリスクの地理分布の円形非対称性に寄与する背景要因について,過去に実施された黒い雨の降雨範囲や降雨時間に関するアンケート調査の結果(特に,現在の被爆者手帳認定を行うための参照調査にもなっている「宇田の大雨地域および小雨地域」)との比較を通して検討を行う.

【研究成果】
 申請者らが提案した被爆時所在地の位置情報を利用した地点毎にがん等による罹患・死亡のリスクを評価する方法は,リスクの地理分布の関数系に多項式基底を用いていた.本研究では,リスクの地理分布を記述する基底としてスプライン関数を導入することでより柔軟な関数系での推定を実現した.これにより,リスクの地理分布の局所的な傾向を把握することが可能となった.提案方を広島原爆被爆者コホートデータの解析に適用し,リスクの地理分布の推定を行った.データは,広島大学原爆放射線医科学研究所の広島原爆被爆者データベース(ABS)に1970年1月1日の時点で生存・登録されている被爆者(157,327人)で,被爆時所在地の座標が分かっている37,382人を解析対象のコホート集団に設定し,2009年12月31日まで履歴を追跡した.生存時間解析を行うにあたって,白血病・甲状腺がん・乳がんを除く固形がんによる死亡(4,371人)をエンドポイントとし,2009年12月31日の時点での生存者および転出・中途脱落など(33,011人)をセンサリングとして扱った.その結果,推定されたリスクの地理分布から,爆心周辺の同心円状に分布するリスクと,北西の郊外地域のリスクが認められた.また,線量による調整後もなお爆心周辺の距離依存性のあるリスクは認められた.この結果は,爆心周辺において線量では説明ができないリスクがあることを示唆するものと考えられる.線量が距離の-7乗程度で減衰するのに対し,リスクは距離の-3乗程度で減衰しており,リスクの減衰は線量に比べて緩やかであった.爆心周辺の距離依存性のあるリスクの地理分布は,距離の-3乗を用いてほぼ説明され,距離で説明できないリスクの地理分布として,西から北西の郊外地域に高いリスクが示された. 直接被爆線量(ABS93D,DS86準拠)より距離のべき乗を用いたモデルの適合度がより高かったことから,直接被爆線量では評価されていない付加的被曝の影響が爆心周辺でも無視できない程度ある可能性が示唆された.爆心周辺では放射性物質を含んだ塵などが爆風により同心円状に拡散したことが予想される.また,相対的に高いリスクが推定された爆心地の西から北西の郊外領域は黒い雨の降雨領域(宇田ら 1953)であることが知られており,放射性降下物の影響である可能性が示唆された.

 

当該研究に関する情報源(論文発表、学会発表、プレプリント、ホームページ等)

【論文発表】
[1] 冨田哲治, 佐藤健一, 大谷敬子, 佐藤裕哉, 原憲行, 丸山博文, 川上秀史, 田代聡, 星正治, 大瀧慈: 広島原爆被爆者における直接被爆線量では説明できないリスクの地理分布について, 長崎医学会雑誌, 87, 198-202, 2012, (掲載予定).
[2] 佐藤健一, 冨田哲治, 大谷敬子, 佐藤裕哉, 原憲行, 丸山博文, 川上秀史, 田代聡, 星正治, 大瀧慈: 広島原爆被爆者における黒い雨降雨地域の死亡危険度について, 長崎医学会雑誌, 87, 2012, (掲載予定).
[3] 大谷敬子, 冨田哲治, 佐藤健一, 佐藤裕哉, 原憲行, 丸山博文, 川上秀史, 田代聡, 星正治, 大瀧慈: 広島入市被爆者の死亡リスクに関する統計解析, 長崎医学会雑誌, 87, 2012, (掲載予定).
[4] 大瀧 慈, 冨田哲治, 大谷敬子, 原憲行, 松葉潤治, 佐藤祐哉, 合原一幸, 佐藤 健一: 多段階発がん仮説に基づく放射線発がん危険度の曝露・時間依存性に関する数理的考察, 長崎医学会雑誌, 87, 2012, (掲載予定).
[5] T. Tonda, K. Satoh, K. Otani, Y. Sato, H. Maruyama, H. Kawakami, S. Tashiro, M. Hoshi and M. Ohtaki: Investigation on circular asymmetry of geographical distribution in cancer mortality of Hiroshima atomic bomb survivors based on risk maps: analysis of spatial survival data, Radiation and Environmental Biophysics, 51(2), 133-141, 2012.

【学会発表】
[1] Tonda, Satoh, Otani, Sato, Hara, Maruyama, Kawakami, Tashiro, Hoshi, Ohtaki: Estimation of spatial-time distribution of cancer morality among atomic bomb survivors in Hiroshima, XXVIth International Biomeric Conference, Kobe, 2012.
[2] Investigation on circular asymmetry of geographical distribution of mortality risk in Hiroshima atomic bomb survivors, The 57th Annual Meeting of the Health Physics Society, Sacramento, CA (USA), 2012.
[3] Tonda, Satoh, Otani, Ohtaki: Statistical inference on varying coefficient surface and its application to spatial survival data, ims-APRM 2012, Tsukuba, 2012.
[4] 冨田・佐藤・大谷・佐藤・原・丸山・川上・田代・星・大瀧: 広島原爆被爆者における直接被爆線量では説明できないリスクの地理分布について, 第53回原子爆弾後障害研究会, 長崎, 2012.
[5] 佐藤・冨田・大谷・佐藤・原・丸山・川上・田代・星・大瀧: 広島原爆被爆者における黒い雨降雨地域の死亡危険度評価について, 第53回原子爆弾後障害研究会, 長崎, 2012.
[6] 大瀧・冨田・大谷・原・松葉・佐藤・合原・佐藤: 多段発がん仮設に基づく発がん危険度の曝露・時間依存性に関する数理的考察, 第53回原子爆弾後障害研究会, 長崎, 2012.
[7] 大谷・冨田・佐藤・佐藤・原・丸山・川上・田代・星・大瀧: 広島入市被爆者の死亡リスクに関する統計解析, 第53回原子爆弾後障害研究会, 長崎, 2012.
[8] Tonda, Satoh, Otani, Satoh, Maruyama, Kawakami, Tashiro, Hoshi, Ohtaki: Statistical analysis for spatial survival data and its application to cohort study of Hiroshima atomic bomb survivors, International Symposium 50th Anniversary of RIRBM, Hiroshima University, Hiroshima, 2012.


研究会を開催した場合は、テーマ・日時・場所・参加者数を記入してください。

開催していません。

 

研究参加者一覧

氏名

所属機関

大瀧 慈

広島大学

大谷 敬子

広島大学

佐藤 健一

広島大学