平成282016)年度 一般研究2実施報告書

 

課題番号

28−共研−2029

分野分類

統計数理研究所内分野分類

d

主要研究分野分類

7

研究課題名

日本における所得・資産分布の計測史と再集計分析

フリガナ

代表者氏名

センダ テツジ

仙田 徹志

ローマ字

Senda Tetsuji

所属機関

京都大学

所属部局

学術情報メディアセンター

職  名

准教授

配分経費

研究費

40千円

旅 費

165千円

研究参加者数

9 人

 

 

研究目的と成果(経過)の概要

1.本研究の背景、研究目的、及び研究課題の設定
本研究の目的は、戦前戦後を通じての長期時系列比較で所得・資産分布の推計を行うことである。ミクロデータによる日本の所得資産分布の計測と研究は、近年、Moriguchi and Saez(2008)らの研究により、再評価が行われつつあるが、国際的にはAtkinson and Bourguigon (eds.) (2000)にまとめられているように、それ以前は1930年代と1980-90年代に盛んに行われた。長期的なデータの集積も行われ、改めて所得分布の平等度と経済成長の関連が注目されてきているが、30年代と80・90年代の両者の研究には断層が存在する。長期時系列比較を可能にするには戦後に関しては調査間の統計的リンケージを応用しなければならない。
また、所得分布と並び重要な資産分布は、データの欠如から研究が進展していない。耕地面積に関しては、Hayakawa(1957)があるが、その後の全世帯に亘る推計はない。住宅・土地統計調査による推計は可能であるが、このデータでは、個人営業者所帯の事業用資産である建物・土地の資産データは含まれないばかりでなく、借財による住宅・土地建設がある以上は、流動資産・負債のデータと組み合わせる必要がある。特に営業用資産としての土地・家屋は、法人土地基本調査の対象外であるので、土地資産分布を推計する際のアキレス腱となっている。従って農林業センサスと組み合わせて、全世帯・法人の土地資産分布の推計を行うことによって資産分布の状況を捕捉することが今ひとつの研究の目的である。農林業の耕地分布の変化は、農地流動化の政策誘導もともなうため、政策評価指標としての吟味も可能となる。
 以上の研究目的により、本研究の明らかにすべき内容は、以下のa〜dの四点としてまとめられる。
a.早川は第2次世界大戦後の税務統計による推計から,特定市町村の全世帯の戸数割分布と同様なPareto分布の小規模所得での乖離の分岐点が全国統計でも発生することを明らかにしている。(Distribution of Income in Japan,1905-1956, Waseda Economic Papers, no. 4.,pp. 19-35, 1960)このような分岐点が、標本調査のより下層のいわゆる中間所得階層でもどのように適合するのかを、極めて少数の高所得者層と中間所得階層の世帯とのリンケージによって推計する。すなわち、個人所得分布を世帯のカレントなフローのとして所得のいわゆる賃金・給与を世帯統計調査から推計するとともに、これら大規模標本世帯統計でも、脱落しがちな最上階層の所得を税務統計と組み合わせて全世帯所得分布を推計し歴史的な所得分布の不平等度の係数を求める。
b.戦前期・戦後改革期の耕地分布の変動の解明を行う。戦前期は地主階層の所得分布が重要であるので、それを耕地面積統計の不平等度の測定により明らかにする。さらに、戦後改革期の農地改革による不平等度の減少を係数的に明らかし、さらに都市化による農地の宅地転用にともなう資産価値の変動と不平等度の進行の過程の解明も行う。また、戦後農地改革は、戦時期の自作農創設事業としてその端緒は実現するが、そこに至る有島武郎から早川三代治に通じる農村意識改革の社会思想史的流れを位置づけ、1946年のいわゆる農地改革が占領下の占領軍のみの発想でなかったことを明らかにし、都市化による解放耕地の宅地化による新たな不平等度の進行を予見できなかった意味を明らかにする。
c.高度経済成長期以降の農林業政策評価の成果指標としての不平等度の検討である。農地流動化にともなう大規模経営の育成は農業政策の最重要課題として位置づけられてきた。その政策は耕地分布の変動としてどのように発現されるのか、こうした分布変動は、山林保有についても検討を行うが、同時に属人統計である農林業センサスの補足可能性と土地・住宅統計調査での補完可能性の検討も、2005年以降の大幅な定義変更も念頭に置きつつ行う。
d.近年の資産保有の不平等度の進行は世界的な流動資産の不平等度と一体化して分析しなければならないことがリーマンショックにより明らかになった。このような事態に即応した資産分布の計測方法も将来課題として最終年次に検討する。


2.本研究の研究計画
 1)本研究全体の研究計画
本研究の研究計画は以下のa〜eの五点に集約され、3カ年の研究期間で実施することとした。
a.日本の所得資産分布の第2次世界大戦前の地主階層の心理の社会思想史的研究と実際の所得資産分布の係数的関係を明らかにし、第2次世界大戦後の農地改革の成果が都市化の中で埋没してしまい新たな資産格差を生んだ点の実証的検討を行う。
b.所得分布のPareto係数の推計比較による第2次世界大戦前後の比較研究を行い、Pareto分布で近似できない分岐点の変動解析を行う。
c.税務統計と結合したPareto分布による上層階層補外によるジニ係数の長期時系列比較を行う。
d.農地・山林を含む土地・家屋資産分布の変動の特質の分析と都市化や農林業政策の効果の推定を行
う。
e.所得資産分布の長期時系列推計とそのデータベース化を行い、それを公開する。
上記の第一から第五の成果をもとに、土地・資産の多国籍保有の将来予測のために統計調査の試案設計とその対外発信を行う。

 2)平成28年度の研究計画
平成28年度は、平成27年度の研究の進捗をふまえ、基盤研究班と耕地研究班の2班編成を実施する。耕地研究班は、農林業統計の実証研究者の新たな参画により、研究体制の拡充を図り進められる。具体的には、次のa〜cの通りである。
a.基盤研究班は、仙田、松田、金城、稲垣、山口で編成される。基本的に平成27年度の計画を踏襲する。金城は、小樽商科大学に2014年に新たに追加寄贈された早川文書の検討と京大に残存している可能性のある汐見三郎資料を仙田の協力を得て探索整理する。松田・山口・稲垣は統計的照合技法による所得資産分布の合成推計の方法に関して検討し、個票情報の利用申請を行う。
b.耕地分析班は、仙田、松田、吉田、山口、松下で編成される。耕地分析班では、農林業センサスを中心とした公的農林業統計や住宅・土地統計調査のミクロ・パネルデータを用いた分析を行う。必要に応じて、農業経済関係の戦前期、戦後期を含めた精通者による指導・助言を得る。
c.上記の通り、2班編制で行うが、班ごとの研究会と統合研究会を随時開催し、各班の研究成果を持ち寄り、進行状況について相互に確認する。世帯属性の統計的照合は試行錯誤による推計が必要であり、中間結果は随時ディスカッション・ペーパーの形でとりまとめ、意見を集約する。

3,本年度の研究成果
 上記項番2-2)研究計画について、本年は3回の研究会を開催し、研究メンバーのこれまでの進捗状況を相互に把握し、また、農業経済関係の研究者も研究会に参加し、積極的な意見交換を行うことができた。
仙田・吉田は農林業センサスのデータベース化の検討を行い、1995年〜2010年までのパネルデータベースを構築の検討を行った。また、戦前期農家経済調査の復元についても検討を行った。金城は、昨年度に引き続き、小樽商科大学に2014年に新たに追加寄贈された早川文書の検討を行った。 また、所得分布関連の研究成果を整理し、早川や汐見の業績を、その中に組み込んだ。松下・山口は、資産分布について、農地、山林の所有の実態について、農林業センサスとともに、住宅・土地統計調査から行った。
 以上の通り、研究メンバーの各々の研究の推進と別掲のような研究会の開催により、研究メンバーの研究内容の相互把握ができ、本研究で設定した課題を進めることができた。また、統計関連学会連合大会やメンバーの関係する学会等にて、研究成果の発表を行った。引き続き、研究成果をとりまとめ、随時、公表していく予定である。

 

当該研究に関する情報源(論文発表、学会発表、プレプリント、ホームページ等)

論文発表
仙田徹志・西村教子・吉田嘉雄「農林業センサスの高度利用」『農業と経済』,2017年(印刷中).
金城ふみ子「経済学者早川三代治の自伝的小説『若い地主』・「農地解放」に見られる悩みと打算」『有島武郎研究』第19号,2016年.

学会発表
松田芳郎「統計行政の新中長期構想での世帯概念の変容に対応した統計調査の世帯概念変化の実現について」2016年度 統計関連学会連合大会,2065年9月7日,(於:金沢大学).
稲垣誠一「日本における潜在的な所得格差-成人夫婦単位に分割した世帯を基礎としたジニ係数による分析-」2016年度 統計関連学会連合大会,2065年9月7日,(於:金沢大学).
金城ふみ子・仙田徹志・松田芳郎「所得分布統計作成の日本における歴史的変遷について」2016年度 統計関連学会連合大会,2065年9月7日,(於:金沢大学).
松下幸司・吉田嘉雄・仙田徹志・松下幸司「住宅・土地統計調査による山林所有者数」第128回日本森林学会大会,2017年3月28日,(於:鹿児島大学).

研究会を開催した場合は、テーマ・日時・場所・参加者数を記入してください。

第1回研究会 平成28年8月18日
 1.今年度の研究計画について(仙田)
2.統計関連学会の企画案について (松田)
 3.統計行政の新中長期構想での世帯概念の変容に対応した
統計調査の世帯概念変化の実現について(松田)
 4.研究の進捗状況(松下) 
5.日本における潜在的な所得格差:成人夫婦単位に分割した
世帯を基礎としたジニ係数による分析(稲垣)
6.所得分布統計作成の日本における歴史的変遷について(金城) 
7.政府統計の作成における一部調査(標本調査)の方法的位置(山口)

場所:統計数理研究所
参加者数: 8名

第2回研究会 平成28年11月28日
1.戦間期の農家経済と養蚕経営に関するミクロ計量分析(草処)
2.第2期戦前期農林省農家経済調査の利用可能な資料・データの整備について(仙田)
3.戦前日本における農家家計の生産性と集計的ショック(藤栄)
4.第2次世界大戦前後における農家ミクロデータについて(齊藤)
5.地方自治体史料によるミクロデータ分析の可能性(小島)
6.農家ミクロデータで検証可能な農業史の諸課題(有本)
7.国際ミクロ統計データベースの利用について(岡本)

場所:統計数理研究所
参加者数: 12名

第3回研究会 平成29年3月1日
1.農林業センサスのパネルデータ構築について(仙田)
2.住宅・土地統計による農地・山林所有の把握について(松下)

場所:京都大学
参加者数: 4名

 

研究参加者一覧

氏名

所属機関

金城 ふみ子

東京国際大学

土屋 隆裕

統計数理研究所

中谷 朋昭

北海道大学

松下 幸司

京都大学

松田 芳郎

公益財団法人統計情報研究開発センター

森 佳子

島根大学

山口 幸三

公益財団法人統計情報研究開発センター

吉田 嘉雄

京都大学