平成232011)年度 一般研究2実施報告書

 

課題番号

23−共研−2045

分野分類

統計数理研究所内分野分類

e

主要研究分野分類

8

研究課題名

化学物質の急性生態毒性データからの慢性生態毒性の推定法の開発

フリガナ

代表者氏名

ハヤシ タケヒコ

林 岳彦

ローマ字

Hayashi Takehiko

所属機関

国立環境研究所

所属部局

環境リスク研究センター

職  名

NIES特別研究員

配分経費

研究費

40千円

旅 費

0千円

研究参加者数

2 人

 

 

研究目的と成果(経過)の概要

化学物質の生物に対する毒性影響の強さは、「生態毒性試験」と呼ばれる実験室内で行われる生物への曝露試験によって一般に計測される。最も一般的に実施されている生態毒性試験は「急性毒性試験」と呼ばれる2日程度で完結する短期間での比較的簡便な試験であり、現在得られる毒性影響に関するデータの殆どは急性毒性試験から得られているものである。
一方、野外環境中の実際の生物を守るという観点からは、短期間の影響(急性毒性)よりも、長期間の曝露による影響(慢性毒性)を知ることが重要である。しかしながら長期間の曝露を要する慢性毒性試験は多くの時間と費用を要するため、慢性毒性試験から得られている慢性毒性データの数は、急性毒性試験から得られる急性毒性データの数に比べて非常に少ないのが現状である。そのため、生態リスク評価の分野では、比較的豊富にある急性生態毒性データから慢性生態毒性を外挿的に推定することが日常的に行われている。

 そのような推定法として、異なる生物種において得られた既往データにおける急性生態毒性と慢性生態毒性の指標濃度の比(急性慢性毒性比; ACR)を、外挿の際の係数として用いることによる慢性生態毒性の推定手法が広く受け入れられている。しかしながら、そもそもこのような係数の使用に基づく推定手法の統計学的な妥当性の検討は未だ殆ど行われていない。
 本研究課題の主な目的は次の二つである。(1)既往の生態毒性データにみられるパターンの解析から、現行の急性慢性毒性比を用いた慢性生態毒性の推定手法の統計学的な妥当性を検証する。(2)ベイズ統計に基づいた統計学的に妥当な慢性生態毒性の推定手法を開発する。


内容と成果

(1)ACRを用いた急性慢性外挿手法の統計学的検証

一般に、ACR(急性慢性毒性比)の概念は以下の数式で表すことができる:

慢性NOEC = ACR * 急性EC50 (式1)

ここで慢性NOECとは長期毒性試験から得られるNOEC(無影響濃度)の値であり、急性EC50は短期試験から得られるEC50(半数影響濃度)である。式1の両辺を対数の形に変形すると「log(慢性NOEC) = log(ACR) + log(急性EC50)」となり、ACR概念は「log(慢性NOEC)とlog(急性EC50)と傾き1の比例関係にある」という暗黙の仮定に基づいていることが分かる。しかしながら、このような暗黙の仮定の妥当性は今まで統計的に検討されてこなかった。本研究ではまず、藻類とミジンコの慢性NOECと急性EC50のデータを用いてこの仮定の妥当性の検証を行った。また、過去の経緯からミジンコのデータについてはアミン類の化学物質とそれ以外の化学物質を分けて解析した。

藻類・ミジンコ(アミン類)・ミジンコ(非アミン類)のそれぞれのデータに対して「log(慢性NOEC) = log(ACR) + a * log(急性EC50)」の回帰直線を適用した解析を行った。その結果、藻類およびミジンコ(アミン類)のデータを用いた場合には回帰直線の傾きはa=1と有意には異ならなかった。また、それらのデータではa=1に固定した回帰モデルとaを固定しない回帰モデルのAICがほぼ同程度の値となった。これらのことから、藻類およびミジンコ(アミン類)ではACRを用いて慢性NOECを推定することは統計学的観点からは概ね妥当であることが示唆された。

一方、ミジンコ(非アミン類)のデータを用いた場合には、回帰直線の傾きはa=1と有意に異なった。また、a=1に固定した回帰モデルではAIC=388.1、を固定しない回帰モデルではAIC=349.1となり、aを固定しない回帰モデルのほうが予測能力が高いことが示された。これらのことから、ミジンコ(非アミン類)では、ACRを用いて慢性NOECを推定することは統計学的観点からは妥当性に欠けることが示唆された。


(2)条件付き確率に基づく参照急性EC50値の算出法の開発

そもそも行政的な文脈においてACRが用いられる目的は、「慢性NOECが0.1mg/Lより大きいことをある許容可能な水準で期待できるような参照値としての急性EC50値を算出する」というものである。この目的だけを考えるならば、「本当は慢性NOECが0.1mg/Lより小さいにもかかわらず間違って慢性NOECが0.1mg/Lより大きいと判定してしまうという"誤判定"の率をある一定水準以下にする」という観点に従い「参照急性EC50値」を選ぶというアプローチも可能であるように思われる。このような問題設定のもとでは、ある毒性データに対するその「参照急性EC50値」と「誤判定の率」は以下の条件付き確率の形で表すことができる:

P(慢性NOEC < 0.1 mg/L | 急性EC50 > 参照急性EC50)

藻類・ミジンコ(アミン類)・ミジンコ(非アミン類)のそれぞれのデータに対して、このような条件付き確率を参照急性EC50を連続的に変化させながら計算を行った。その結果、「慢性NOECが0.1mg/Lより大きいことを90%の確率で期待できる(=誤判定率が10%未満)ような参照急性EC50の値」は、藻類で0.2mg/L、ミジンコ(アミン類)で10mg/L、ミジンコ(アミン以外)で0.5mg/Lとなった。また、従来のACRを用いて得られている参照急性EC50を用いると、その誤判定率は1〜5%に相当することが分かった。

今後の展開として、「慢性NOEC < 0.1 mg/L」であることが予測される確率がさまざまな情報の追加によってどう変化するかについて、ベイズ統計の枠組みを用いて解析を進めていく予定である。

 

当該研究に関する情報源(論文発表、学会発表、プレプリント、ホームページ等)

現在のところ無し

研究会を開催した場合は、テーマ・日時・場所・参加者数を記入してください。

なし

 

研究参加者一覧

氏名

所属機関

柏木 宣久

統計数理研究所