平成292017)年度 一般研究2実施報告書

 

課題番号

29−共研−2025

分野分類

統計数理研究所内分野分類

d

主要研究分野分類

6

研究課題名

言語統計を用いた認知言語学研究へのアプローチ

フリガナ

代表者氏名

チョウ カナコ

長 加奈子

ローマ字

Cho Kanako

所属機関

福岡大学

所属部局

人文学部

職  名

准教授

配分経費

研究費

40千円

旅 費

216千円

研究参加者数

9 人

 

 

研究目的と成果(経過)の概要

認知言語学に基づき言語現象を統計を用いて解明しようとする本研究の成果は次の通りである。

・英語の直接話法の諸相
 これまでの研究では,BNCから直接話法に該当しうるデータを全て抽出し,目視によってデータの取捨選択を行ってきた。そのため今年度は "You should not go any further," {a. John said / b. said John}.の両形式において引用句が感嘆符で終わっているもののみを扱い,使われる動詞の頻度を調査した。その結果,形式の違いには動詞の傾向が見られることを報告した。
 認知言語学を含め機能主義的な言語理論において,古くから語順や単語の並びは意味の緊密性に依存することが言われてきた。この考えに基づいて直接話法の動詞を調査すると,動詞-主語の語順を取る(b)にはexclaimやyellといった大きな声を発することを意味する動詞やcryといった強い感情を表す動詞が非常に多く現れる一方で,(a)の形式には動詞クラスの傾向が見られなかった。
 本研究では引用句が感嘆符で終わるもののみを扱っているということと,(b)の形式にのみ意味的に感嘆符との関連性が強い動詞が有意に多く現れているという数量的な調査結果とをもとに,形式交替には動詞と引用句の「言語的な距離」と「概念的な距離」が密接に関わり合っているということを報告した。

・譲歩構文からの意味拡張
譲歩構文からの意味拡張のプロセスと動機づけを解明するため、having said thatとその関連構文を取り上げ、共時的・通時的大規模コーパスからの用例分析を行った。having said that は譲歩の意味でほぼ構文化している。COCAの用例もほとんどが譲歩の意味で使われていることにその事実が反映している。また、that said, having said this等の関連構文もまた、ほぼ譲歩の意味で用いられている。having said that について譲歩の意味を定着させたプロセスをCOHAで調査すると、1853年の初出の例では「〜そう言って、そう言うと」という、継起的意味で使われており、明確に譲歩の意味で使われている例の初出は1950年である。その後次第に譲歩の用法の頻度が高くなり、2000年代以降は主に譲歩の意味でつかわれるようになった。継起用法では、主節で主語の行為が描写される客観的描写という特徴がある。一方、譲歩用法では、主節で、話し手の先行発言と対立する内容が述べられる。話し手の主張が色濃く表出されるという意味で、より主観的であると言える。さらに、話し手の発言が聞き手に好ましくない反応をその意味では強い間主観性を持つと言える。分詞節は時、条件、理由、付帯状況などの意味を持ちうるが、having said that が譲歩の意味を定着した動機づけとしては、自分の先行発言を指すという構文的な特徴と、自分の陳述を緩和するという対人的、談話的な機能とが結びついたことが大きな要因として考えられる。

・二重目的語構文が表す許可・使役という事態
 これまでのプロジェクトを継続し,2017年度のプロジェクトでは分析対象とすべきデータセットを増やすことで許可・可能動詞として分類される主要な動詞を網羅した上で,動詞と直接目的語に生じる名詞の頻度の関連をコレスポンデンス分析によって探索的に調査した。分析の結果,(1) grant, (2) refuse, (3) deny, (4) allow/permitの4つに区別されることが明らかとなった。次に,軸の解釈を検討し,第1次元では間接目的語と直接目的語の間に成立する関係を内在的-外在的という尺度で捉えることによって,allow, permit, denyとgrant, refuseが区別され,第2次元では極性の正負によってallow, permit, grantとdeny, refuseが区別できるとした。この結果から示唆されることは,従来の研究で関心が払われてきた分析レベルではこれらの動詞を一括りに扱っていたが,より具体的なレベルに注目することで動詞の個別の特徴が明らかにできるとともに,動詞間の意味的な関連性をより具体的に記述することが可能になるということである。
 今後は,より詳細な分析を行うために,頻度以外の情報を用いた分析を試み,さらに二重目的語構文の典型的な動詞であるgiveとの比較を進める予定である。

・日本人英語学習者の関係代名詞節のスキーマの分析
本研究は日本語を母語とする英語学習者(以後,JLE)の関係詞節構文スキーマの解明のための基礎研究を行った。英語の関係代名詞節は,「もの」を主体とする英語の事態把握が表れた構文であるため,「こと」を主体とする日本語を母語とする英語学習者にとって,難易度の高い構文である。そこで本研究は,まず,JLEの関係詞節の使用状況を分析するため,4コマ漫画が表している出来事を描写させるライティング・タスクを学習者に実施した。その結果,日本語を母語とする学習者の関係詞節の利用は極めて限られていることが明らかとなった。今回の調査で使用した4コマ漫画は,それが表している出来事が比較的シンプルであるため,学習者が関係詞節のような複雑な構文を使わなかった可能性があるが,今年度の研究では結論が出せなかった。今後,出来事の複雑さと関係詞節の出現頻度についてさらなる調査を進め,日本語を母語とする英語学習者の関係代名詞節構文のスキーマを明らかにするとともに,英語母語話者が持つスキーマとの違いについて,比較検討を行う必要があることが明らかになった。

・事態把握と助詞ヲ格,二格の語順
日本語はかなり語順が自由であるが,実際の言語使用データを見ると,ある語彙が構文の中で用いられた時にどのような語順で使われるか,完全に自由という訳ではなく,ある程度の傾向があることが観察される。本研究では,日本語の助詞ヲ格と二格の語順について,動詞により語順が異なるかどうかについて現代日本語書き言葉均衡コーパスを用いて分析した。まず、ヲ格、ニ格をとる動詞を10取り上げ、コーパスから用例を抽出し、それぞれの用例をヲ格が先行するものとニ格が先行するものに分けた。その結果、動詞によって好まれる語順に違いがあることがわかった。
次に、語順の違いの要因について二つの観点から考察した。一つは情報構造による違いであり、もう一つは動詞の表すできごとの特性による違いである。情報構造が語順に影響を与えている可能性について既知情報を表す「ソ」系の語の生起位置を調査したところ、ヲ格、ニ格にかかわらず、「ソ」系の語は高い割合で先行していることが明らかになった。できごとの特性との関連では、行為の結果生じるものを表す名詞は後行することがわかった。

・類義語の統計的抽出と意味内容の質的検証
2017年度の研究では、「類義語の統計的抽出と意味内容の質的検証」をテーマとして研究を進めた。近年、言語処理の分野ではWord2Vecなど単語をベクトル化する手法が多く提案されており、数値の近似から類義語を統計的に抽出することが可能となった。しかしながら、その結果の質的な検証はほとんど行われておらず、統計的な近似が単語の表す意味内容とどの程度一致するかは明らかになっていない。そこで本研究では大規模コーパス(COCA)を用いてWord2Vecのモデルを構築し、consider, carry, climb, discovery, increase, poor, response, reveal, serious, wonderfulの10単語とコサイン類似度が高い単語(上位20位まで)について質的な検証を行った。言語学的研究の成果の一つであるFrameNetを正解データとして用い、その一致度を比較した。例えば、climbはWord2Vecのモデルではascend, jump, clamberなどが距離の近い単語として抽出されるが、これらの単語はFrameNetではclimbが喚起するフレームにlexical unitとして含まれるので一致していると判断することができる。コーパスサイズを2000万語〜約4億語の範囲で変化させて実験したところ、サイズが大きくなるほど一致度が高くなったが、8000万語〜1億語で十分な精度が得られることがわかった。また、コサイン類似度の上位5語に関しての一致度が最も高い(最大で52%)という結果になった。以上の結果から、Word2Vecによる類義語の抽出は、上位5語程度までが信頼度が高く、またモデルを構築するコーパスのサイズとしては1億語前後が妥当であるということがわかった。

・英語検定教科書における技能・領域ごとの句動詞の使用状況の分析
英語の句動詞は,事態を空間的な位置や動きと関連付けて把握する認知メカニズムを言語化した構造であり,英語的なものの見方の縮図であると言うこともできる。句動詞は使用頻度も高く,英語の語彙を構成する重要な要素であり,学習者にとっても学習・習得の必要性の高いものである。
本研究では,日本人英語学習者にとって最も基本的なインプットである中学・高校の英語の検定教科書において使用されている句動詞の頻度を,モデルとしてのライティング,リーディング対象の英文等の技能題材別に調査し,学習者コーパスの分析結果と合わせて検討することで,日本人英語学習者の句動詞の学習・使用状況と特徴を明らかにすることを目指した。
英語検定教科書の技能・領域別サブコーパスとThe NICT JLE CorpusとThe ICNALEのWritten Monologueモジュールを利用して調査・分析を行った結果,学習者コーパスのモードと教科書の技能・領域分類には近い部分もあるが,必ずしもそうではない部分も大きいということが明らかになった。また,意味的には句動詞全体の中で前置詞または副詞パーティクルが担う意味が比喩的な句動詞を学習者がうまく使えていないということが明らかになった。これらの句動詞は,簡潔でありながらイメージ豊かに意味を伝える重要な言語表現であり,これらの句動詞の使用はコミュニケーションの質を高めることにつながるため,教科書での句動詞提示には改善の余地が大きいという示唆が得られた。

 

当該研究に関する情報源(論文発表、学会発表、プレプリント、ホームページ等)

本研究の成果は,以下のレポートおよび論文等において発表している。
統計数理研究所共同リポート 394号
『言語統計を用いた認知言語学研究へのアプローチ』2018年3月
・石井 康毅(成城大学)「日本人英語学習者の句動詞の学習・使用状況の分析 ?検定教科書の技能・領域別データと学習者コーパスの比較に基づく分析?」
・植田 正暢(北九州市立大学)「許可・可能を表す二重目的語動詞と直接目的語の共起頻度のコレスポンデンス分析」
・内田 諭(九州大学)「word2vecによる類義語抽出とFrameNetの比較 ?言語研究のための質的検証?」
・木山 直毅(北九州市立大学)「英語直接話法の主語・動詞倒置における言語距離」


【その他の論文等】
・石井康毅. 2017. 「日本人英語学習者が使用する句動詞の分析?学習者の話し言葉コーパスと中高の検定教科書に基づく考察?」 第3回アジア圏学習者コーパス国際シンポジウム. Shin'ichiro Ishikawa, ed., Learner Corpus Studies in Asia and the World, Vol.3, Position Papers from LCSAW 2017, pp. 71-74.
・石井康毅. 2018. 「話し言葉コーパスと検定教科書に基づく日本人英語学習者の句動詞使用実態の分析」 S. Ishikawa, ed., Learner Corpus Studies in Asia and the World. Vol. 3. Papers from LCSAW2017, pp. 101-119.
・大橋浩「That saidについて」堀田優子他編『ことばのパースペクティブ』開拓社、(2018年3月)
・大橋浩「同族目的語構文と副詞構文ーコーパスの実例の分析ー」西岡宣明他編『ことばを編む』開拓社(2018年3月)
・大橋浩「第6章 文法化はなぜ認知言語学の問題になるのだろうか」野村益寛・森雄一・高橋英光編『認知言語学の本質』くろしお出版(近刊)

【口頭発表等】
・石井康毅. 2017. 「認知言語学的視点に基づく英語学習者への句動詞の提示?高校英語検定教科書における実践?」 日本語用論学会メタファー研究会 夏の陣2017「比喩と隠喩」.
・植田正暢「可能を表す二重目的語構文の意味とその経験的基盤」 日本認知言語学会第18回大会(2017年9月16日,大阪大学)
・大橋浩 "From Concession to Topic Shift: The Case of Having Said That" 第15回国際語用論学会、シンポジウム Sequentiality and Constructionalization of Discourse-Pragmatic Markers にて口頭発表(2017年7月18日、ベルファスト、Belfast Waterfront Center)
・大橋浩 「認知言語学から見た文法化」日本英文学会北海道支部第62回大会セミナーにて講演(2017年10月28日、札幌市、北海学園大学)
・大橋浩 「譲歩から談話標識へ:周辺部の観点から」第7回動的語用論研究会、シンポジウム『「歴史語用論」と「発話のはじめと終わり(周辺部)」に見られるダイナミズム』にて口頭発表(2018年3月25日、京都、京都工芸繊維大学)
・木山直毅「英語直接話法に見られる機能的特徴」語楽会(於:西南学院大学),2017年7月29日

研究会を開催した場合は、テーマ・日時・場所・参加者数を記入してください。

・2017 年度「言語研究と統計」共同利用研究班合同中間報告会
 日時:2017 年 9 月 4 日・5 日
 場所:大阪大学大学院言語文化研究科(豊中キャンパス)
     A棟2階 大会議室
 参加者数:約 40 名


・言語研究と統計 2018
 日時:2017 年 3 月 29 日・30 日
 会場:統計数理研究所 セミナー室 I
 オーガナイザー:長 加奈子(福岡大学)
 指導講話:前田忠彦(統計数理研究所)
 参加者数:約 80 名

 

研究参加者一覧

氏名

所属機関

石井 康毅

成城大学

植田 正暢

北九州市立大学

内田 諭

九州大学大学院

大谷 直輝

東京外国語大学大学院

大橋 浩

九州大学

川瀬 義清

西南学院大学

木山 直毅

大阪大学

前田 忠彦

統計数理研究所