平成272015)年度 一般研究2実施報告書

 

課題番号

27−共研−2037

分野分類

統計数理研究所内分野分類

d

主要研究分野分類

7

研究課題名

日本における所得・資産分布の計測史と再集計分析

フリガナ

代表者氏名

センダ テツジ

仙田 徹志

ローマ字

Senda Tetsuji

所属機関

京都大学

所属部局

学術情報メディアセンター

職  名

准教授

配分経費

研究費

40千円

旅 費

54千円

研究参加者数

6 人

 

 

研究目的と成果(経過)の概要

1.本研究の背景、研究目的、及び研究課題の設定
本研究の目的は、戦前戦後を通じての長期時系列比較で所得・資産分布の推計を行うことである。ミクロデータによる日本の所得資産分布の計測と研究は1930年代と1980-90年代に行われたが、両者の研究には断層がある。長期時系列比較を可能にするには、1930年代の分布型の推計と同様な手法で第2次世界大戦後のデータによる統一的な推計がなされなければならない。
また、資産分布はデータの欠如から研究が進展していないのが現状である。例えば、耕地面積に関しては、早川三代治(1957)があるが、その後の全世帯に亘る推計はない。住宅土地統計調査による推計は可能であるが、このデータでは、個人営業者所帯の事業用資産である建物・土地の資産データは含まれないばかりでなく、借財による住宅・土地建設がある以上は、流動資産・負債のデータと組み合わせる必要がある。特に、営業用資産としての土地・家屋は、法人土地基本調査の対象外であるので、土地資産分布を推計する際のアキレス腱となっている。ただ、農林業センサスなども含めた複数統計調査によるアプローチにより、全世帯・法人の土地資産分布の解明に迫ることは可能であると考えられる。

以上の研究目的により、本研究の明らかにすべき内容は、以下の四点としてまとめられる。
1.早川三代治は第2次世界大戦後の税務統計による推計から,特定市町村の全世帯の戸数割分布と同様なPareto分布の小規模所得での乖離の分岐点が全国統計でも発生することを明らかにしている。(Distribution of Income in Japan,1905-1956, Waseda Economic Papers, no. 4.,pp. 19-35, 1960)このような分岐点が、標本調査のより下層のいわゆる中間所得階層でもどのように適合するのかを、極めて少数の高所得者層と中間所得階層の世帯とのリンケージによって推計する。すなわち、個人所得分布を世帯のカレントなフローのとして所得のいわゆる賃金・給与を世帯統計調査から推計するとともに、これら大規模標本世帯統計でも、脱落しがちな最上階層の所得を税務統計と組み合わせて全世帯所得分布を推計し歴史的な所得分布の不平等度の係数を求める。
2.第2次世界大戦戦前期は地主階層の所得分布が重要であるので、それを耕地面積統計の不平等度の測定により明らかにする。さらに、第2次世界大戦後の農地解放による不平等度の減少を係数的に明らかにし、さらに都市化に伴う農地の宅地化に伴う、別個の資産価値の変動による不平等度の進行の過程を解明する。
3.農地解放は第2次世界大戦中に自作農創設法としてその端緒は実現するが、そこに至る有島武郎から早川三代治に通じる農村意識改革の社会思想史的流れを位置づけ、1946年のいわゆる農地改革が占領下の占領軍のみの発想でなかったことを明らかにし、都市化による解放耕地の宅地化による新たな不平等度の進行を予見できなかった意味を明らかにする。この点は農業センサスのパネルデータの活用によって解析する。
4.近年の資産保有の不平等度の進行は世界的な流動資産の不平等度と一体化して分析しなければならないことがリーマンショックにより明らかになった。このような事態に即応した資産分布の計測方法も将来課題として最終年次に検討する。

2.本研究の研究計画
 1)本研究全体の研究計画
本研究の研究計画は以下の五点に集約され、3カ年の研究期間で実施することとした。
1.日本の所得資産分布の第2次世界大戦前の地主階層の心理の社会思想史的研究と実際の所得資産分布の係数的関係を明らかにし、第2次世界大戦後の農地改革の成果が都市化の中で埋没してしまい新たな資産格差を生んだ点の実証的検討を行うことである。
2.所得分布のPareto係数の推計比較による第2次世界大戦前後の比較研究を行い、Pareto分布で近似できない分岐点の変動解析を行うことである。
3.税務統計と結合したPareto分布による上層階層補外によるジニ係数の長期時系列比較を行うことである。
4.土地・家屋資産分布の変動の特質の分析と都市化の効果の推定を行う。
5.所得資産分布の長期時系列推計とそのデータベース化を行い、それを公開する。

上記の1から5の成果をもとに、土地・資産の多国籍保有の将来予測のために統計調査の試案設計とその対外発信を行う。

 2)平成27年度の研究計画
平成27年度の計画は、次の通りである。
1.本研究は比較的異分野の研究者の共同研究であるので、平成27年度には東京・京都で分担研究者全員が集合し、これまでの各人の研究成果を共通にするために研究集会を開催する。すなわち、(1)仙田の農林業センサスミクロのパネルデータの実態の紹介、(2)松田によるこれまでの国内外の長期時系列的所得分布研究の流れの紹介、(3)金城の日本の農地改革に至る社会思想的背景の紹介、(4)山口の完全照合実験による個票情報の活用経験紹介とその統計的照合への拡張の試案の提示、(5)稲垣によるによる同世代所得分布の遷移の紹介と所得分布のライフコースによる変容の検討結果の紹介などであり、いずれも別掲の文献リストにあるものである。研究会には、所得分布等の歴史的研究者を招待しコメントを求める。
2.仙田はこれまで収集した農林業センサス個票情報のデータベース化について検討を行い、農林業センサスの裾切りの影響の測定のために1960年代の農林業センサス個票情報の活用の可能性に関して検討する。
3.金城は、小樽商科大学に2014年に新たに追加寄贈された早川文書の検討と京大に残存している可能性のある汐見三郎資料を仙田の協力を得て探索整理する。
4.松田・山口・稲垣は統計的照合技法による所得資産分布の合成推計の方法に関して検討し、個票情報の利用申請を行う

3,本年度の研究成果
 上記項番2-2)研究計画について、本年は2回の研究会を開催し、研究メンバーのこれまでの進捗状況を相互に把握し、積極的な意見交換を行うことができた。仙田は農林業センサスのデータベース化の検討を行い、2000年〜2010年までのパネルデータベースを構築した。それとともに、1960・70年代の農林業センサス個票情報についても検討を行った。金城は、小樽商科大学に2014年に新たに追加寄贈された早川文書の検討を行った。 その結果、早川の生立ちや複数の顔の共通項として「土」・「土地」、すなわち農業を見出した。また、早川による耕作地や所得の分布の経済学的実証研究は、裏を返せば不平等社会の実証的研究であること、そして、文学作品の中核は土・土地の小説であり、有島の影響を多く受けていることを指摘した。また、もう一人の戦前期所得分布の研究者である汐見三郎についても資料収集に向けた調査を行った。ただし、京都大学に残存している汐見の資料は少なく、これ以上の調査は困難であるという結論に至った。松田・山口・稲垣は、所得資産分布の合成推計の方法に関して検討を行った。松田は、税務統計を用いた所得資産分布の推計、ならびに世界所得分布の研究動向の検討を行った。稲垣は、マイクロシミュレーションによる所得・資産分布の推計に向けた検討を行い、前提となる基礎データの整備ができれば、途上国でもマイクロシミュレーションを用いた実証分析が可能であることで合意を得た。山口は、所得資産分布のレビューを行い、個票を用いた所得資産分布の推計に向けた申請準備を行った。資産分布については、農地、山林の所有分布の把握を、農林業センサスとともに、住宅・土地統計調査から行うこととした。
 以上の通り、研究メンバーの各々の研究の推進と別掲のような研究会の開催により、研究メンバーの研究内容の相互把握ができ、本研究の基盤を形成することができた。農地、山林も含めた所有状況に基づく資産分布の推計は、本メンバーのみでは限界があるため、次年度に向けたメンバーの拡充と人選についても検討を行った。

 

当該研究に関する情報源(論文発表、学会発表、プレプリント、ホームページ等)

論文発表
仙田徹志・吉田嘉雄・齊藤昭「農林業センサスの高度利用」『エストレーラ』公財)統計情報開発研究センター,2016年(印刷中).
稲垣誠一「年金改正・物価上昇が将来の高齢世帯の貧困にもたらす影響」『貧困研究』15号,33〜44頁,2015年.
稲垣誠一「所得格差や貧困の潜在的リスクとその将来見通し」『統計』 66(5), 8〜13頁,日本統計協会,2015年.
金城ふみ子「経済学者・早川三代治が小説「処女地」で描いた北海道虹別開墾村民の生活:世界大恐慌の年に始まった凶作続きの村の「敗者」の物語」『東京国際大学論叢人文・社会学篇』第1号,2016年.

学会発表
仙田徹志・吉田嘉雄・松下幸司「農林水産統計の公的ミクロデータとその活用」2015年度 統計関連学会連合大会,2015年9月8日,(於:岡山大学)
松下幸司・吉田嘉雄・仙田徹志「森林所有者の世帯構成と高齢化?2000年世界農林業センサスによる統計的把握?」2015年度 統計関連学会連合大会,2015年9月7日,(於:岡山大学)
山口幸三「副標本による標本誤差の計測」経済統計学会全国研究大会,2015年9月12日,(於:北海学園大学)
金城ふみ子「経済学者、文学者、地主という三つの顔を持つ早川三代治の「土」・「土地」への関心 ?師の有島武郎からの影響および文学作品を中心に?」有島武郎研究会 第58回全国大会,2015年11月21日(於:二松学舎大学).
稲垣誠一「第3号被保険者制度廃止の財政影響と貧困率の将来見通し」第35回日本年金学会総会・研究発表会、2015年10月29日、JJK会館(東京).
Seiichi Inagaki, The Development of Microsimulation Models in Japan, The 9th International Workshop on Agent-based Approach in Economic and Social Complex Systems, 10 September 2015, Bali, Indonesia.
Seiichi Inagaki, The effect of the introduction of mandatory Category 3 contributions on the poverty rate for the elderly in Japan , The fifth World Congress of the International Microsimulation Association, 10 September 2015, Esch-sur-Alzette, Luxemburg.
Seiichi Inagaki, The effect of the introduction of mandatory Category 3 contributions on the poverty rate for the elderly in Japan, IAA Colloquium in OSLO, Norway, PBSS, LIFE and IACA, 8 June 2015, Oslo, Norway.
Seiishi Inagaki, Microsimulation Models in Japan, Asia-Pacific Social Simulation Workshop 2015, 10 April 2015, Jeju Island, South Korea. (Invited)

研究会を開催した場合は、テーマ・日時・場所・参加者数を記入してください。

第1回研究会 
 1.第2次世界大戦前後の所得・資産分布の研究動向のサーベイ(松田)
 2.早川三代治の資産・所得分布研究と農村文学作品(金城)
 3.アジア世帯ミクロ統計データベースの活用計画について(馬場・岡本)

場所:統計数理研究所
参加者数: 8名

第2回研究会
1.マイクロシミュレーション ?海外の研究動向と日本のモデル?(稲垣)
2.早川三代治と有島武郎について(金城)
3.日本の所得分布に関する統計データ(山口)
4.税務統計の利用可能性について(松田)
5.経済センサスの所得分布への利用可能性(古隅)
6.世界所得分布の研究動向(松田)

場所:統計数理研究所
参加者数: 6名

 

研究参加者一覧

氏名

所属機関

稲垣 誠一

東京工業大学

金城 ふみ子

東京国際大学

土屋 隆裕

統計数理研究所

松田 芳郎

公益財団法人統計情報研究開発センター

山口 幸三

公益財団法人統計情報研究開発センター