平成252013)年度 重点型研究実施報告書

 

課題番号

25−共研−4203

分野分類

統計数理研究所内分野分類

a

主要研究分野分類

7

研究課題名

死亡率予測のための時系列モデリング

重点テーマ

ファイナンスリスクのモデリングと制御

フリガナ

代表者氏名

カワサキ ヨシノリ

川崎 能典

ローマ字

Kawasaki Yoshinori

所属機関

統計数理研究所

所属部局

モデリング研究系

職  名

准教授

配分経費

研究費

40千円

旅 費

0千円

研究参加者数

5 人

 

研究目的と成果(経過)の概要

【研究目的】
 年金制度は、少子高齢化や資産運用のリスク増大等の問題に直面しており、社会経済が成熟する中、年金制度を持続して行くことは重要な課題である。世代間扶養を前提とする公的年金のみならず、事前に年金原資を積み立てる企業年金等の私的年金においても、人口構造の変化への対応が求められている。平均寿命は、終戦後の1947年には男50.06歳、女53.96歳であったのが、直近では、男79.94歳,女86.41歳と著しく上昇し、世界最高水準となっている。我が国は世界的にも著しい速さで少子高齢化が進んでおり、年金財政への影響も大きい。本研究では、このような背景を踏まえ、主に死亡・長寿リスクに焦点を当てる。

【成果1:残差構造解析に基づくLee-Carterモデルの拡張】
将来人口推計、年金制度の財政推計や負債評価に国際的に広く使用されて来ている死亡率モデルは、Lee-Carter (LC) モデルである。LCモデルは、死亡率の水準を死亡指数  の系列により表現でき、取り扱い易く、死亡率水準の長期的な傾向を捉えるのに優れている。しかしながら、LCモデルを我が国の死亡データへ適用し最尤推定したパラメータによる中央死亡率の年齢と時代を軸に取った残差局面にはうねりのようなものが観察され、残差系列には時系列相関が認められる。Willets (2004)は日本の女の高齢死亡率に生年コーホート効果が観察されるとしているが、コーホート効果を考慮した既存の拡張LCモデル(Renshaw and Haberman (RH) モデル、Age-Period-Cohort (APC)モデル)を我が国の死亡データへ適用し最尤推定したパラメータによる中央死亡率の年齢と時代を軸に取った残差局面には依然としてうねりが残り、これらのモデルでは捉えきれていない効果が存在する可能性がある。本論文では、LCモデルのパラメータ推定値による中央死亡率の残差構造を解析することにより、概ね10歳代後半から90歳くらいまでの年齢の残差には生年コーホート別の効果(効果1)と補足的な年齢・期間別の効果(効果2)の2つがあるとする仮説を策定し、その仮説に沿って新たなLee-Carter Vector Autoregressive (LC-VAR)モデルを提案する。LC-VARモデルを我が国の1971-2009年・14-90歳の死亡データへ適用し、LCモデルや既存の拡張LCモデルと比較すると、男女とも良好な適合度を持ち、パラメータ推定値による中央死亡率の残差局面からうねりが消滅することを確認できる。1次のLC-VARモデルの効果1のパラメータ推定値は、10歳代半ばでは0.2程度であるのが60歳近辺では1近くまで増加し、その後、漸減して90歳近くなると急激に低くなる。効果2のパラメータ推定値は、10歳代後半では0.6近いが年齢の上昇とともに低下し、50歳代前半ではほぼゼロとなる。効果2のパラメータ推定値は、Granados (2008)が経済指標と相関がある死因別死亡率の全死因死亡率に占める割合と類似しており、関連している可能性がある。

【成果2:死亡率の国際比較分析】
LC-VARモデルを、英国、米国、フランスの1951-2009年・14-90歳の死亡データへ適用し、LCモデルや既存の拡張LCモデルと比較すると、国や性別により異なる結果が得られた。先行研究においてコーホート効果があるとされる英国については、コーホート効果を考慮した既存の拡張LCモデルであるRHモデルの適合度が最良であるが、米国については、男は1次のLC-VARモデル、女は2次のLC-VARモデルの適合度が最良であった。米国では、社会経済状況の影響等も受けながらLC-VARモデルで仮定している2効果も反映し死亡率が変動している可能性がある。また、米国の死亡データについては、1次のLC-VARモデルの効果2の係数を16歳から公的年金支給開始年齢の手前の66歳迄前提とすると更に良好な適合度の結果が得られた。フランスについては、男は1次のLC-VARモデル、女はRHモデルの適合度が最良であり、男女差が見られた。フランスでは女性の社会進出が遅れていることが指摘されており、このようなことが死亡率の変動が異なる原因となっている可能性がある。

【成果3:死亡率モデルのバックテスト】
 死亡率モデルは、将来人口推計や年金制度の財政推計に利用されている。また、年金や保険の負債評価へ応用することが可能である。新たに構築したLC-VARモデルを用いて将来死亡率推計(点予測・信頼区間評価)のバックテストを行うと、LCモデルと比較し、中短期的な予測が改善することが分かる。また、LC-VARモデルにより、中短期的な年金や保険契約の負債をより適切に評価することが可能であり、将来死亡率におけるコーホート効果の収束期間を検討する上でも有用である。

【成果4:超過分散に対応した死亡率予測モデルの研究】
LCモデルを死亡データへ適用した場合、超過分散(overdispersion)となる可能性が指摘されている。LCモデルと1次のLC-VARモデルを我が国の死亡データへ適用した場合、Cameron and Trivedi (1990)の方法により超過分散の検定を行うと、帰無仮説は棄却され超過分散の可能性がある。このことを踏まえ、超過分散へ対応したLC-VARモデルを策定し、LC-VARモデルとパラメータ推定値や適合度について比較した。超過分散へ対応した1次のLC-VARモデルの適合度は、1次のLC-VARモデルと比較し若干良好となるが、異質性を表すパラメータの推定値は余り大きくない。また、超過分散へ対応した1次のLC-VARモデルを用いてパラメトリックブートストラップ法により将来死亡率の不確実性を評価すると、上述の1次のLC-VARモデルによる将来死亡率の信頼区間評価と異なる結果となり、1次のLC-VARモデルによる点予測の結果等を踏まえ適否について検討することが必要と考えられる。

 

当該研究に関する情報源(論文発表、学会発表、プレプリント、ホームページ等)

Igawa, T. (2013), "Analysis of the Residual Structure of the Lee-Carter Model: The Case of Japanese Mortality," Asia-Pacific Journal of Risk and Insurance, Volume 7, Issue 2, p.53-80. (DOI: 10.1515/apjri-2012-0015) [査読あり]

井川孝之 (2013)「LC-VARモデルと死亡率予測・リスク評価」応用経済時系列研究会報告集第30号, p.75-90. [査読なし]

研究会を開催した場合は、テーマ・日時・場所・参加者数を記入してください。

開催しませんでした。

 

研究参加者一覧

氏名

所属機関

井川 孝之

総合研究大学院大学

田村 義保

統計数理研究所

山下 智志

統計数理研究所