平成232011)年度 一般研究1実施報告書

 

課題番号

23−共研−1006

分野分類

統計数理研究所内分野分類

a

主要研究分野分類

8

研究課題名

生態系の環境応答機構の解明に向けたデータ同化手法の応用

フリガナ

代表者氏名

ヨコザワ マサユキ

横沢 正幸

ローマ字

Yokozawa Masayuki

所属機関

独立行政法人農業環境技術研究所

所属部局

大気環境研究領域

職  名

上席研究員

 

 

研究目的と成果(経過)の概要

1.はじめに
陸上生態系の土壌は大気の二倍とも言われる大量の炭素を蓄えている。地球温暖化にともなう土壌有機炭素の分解速度の増加は、大気中の二酸化炭素濃度を増加させるため、気候変動に対して正のフィードバックを起こす可能性がある。したがって、気温上昇に対する土壌有機物分解の温度依存性が、近年注目を集めており、特に、土壌の性質によって土壌有機物分解速度の温度依存性がどのように異なるのかという問題が重要な問題となっている。
 ところが、特に難分解性土壌有機物については、実験的に分解速度の温度依存性を推定するのは難しい。なぜなら、的確な温度管理下におけるインキュベーション実験を非常に長く行う必要があるからである。したがって、土壌の性質と温度依存性の関係について、現在のところコンセンサスは得られていない。本研究では、野外長期観測データを使って、土壌炭素動態モデルの温度依存性に関するパラメータ値を逆推定することにより、土壌の性質と温度依存性の関係について評価することを試みる。土壌炭素動態に関する野外長期観測データを用い、炭素動態の将来予測に広く用いられているRothamsted carbon model (RothC)の温度依存性に関するパラメータをメトロポリス・ヘイスティング法 (MH法) とパーティクルフィルター法のハイブリッド法を用いてデータ同化を行った。

2.データ
データ同化に用いる野外長期観測データとして、北海道、秋田県、埼玉県、愛知県、大分県の5つの農地サイトで9年間定期的に観測された土壌全炭素量に関するデータを用いた。それぞれのサイトでは窒素肥料投入量が異なる3つ処理区 (窒素無施用区、化学肥料施用区、化学肥料及び有機肥料施用区) があるため、合計で15圃場についてのデータを用いてデータ同化を行った。

3.土壌炭素動態モデル
RothCモデルは、土壌の性質が異なる5つのコンパートメントを保持している。5つのコンパートメントの内訳は、植物残渣コンパートメントが2つ (DPMとRPM)、微生物バイオマス (BIO) のコンパートメント、腐植土 (HUM)、及び、不活性有機物のコンパートメント (IOM) となっている。それぞれのコンパートメントでは、土壌有機物の基礎分解率が異なり、DPM > BIO > RPM > HUMとなっている。IOMでは土壌有機物は分解されない。コンパートメント間の炭素フラックスの一部が二酸化炭素として大気に放出される。それぞれのコンパートメントでは一次反応に従って炭素が分解される:dY/dt = I - a(T) b(W) c(P) k0 Y K

ここで、Yは土壌コンパートメントの炭素量、Iは炭素のインプット量、aは温度依存性の関数、bは土壌水分依存性の関数、cは植被度に関する関数、k0は基礎分解率、Kは分解率の時間変化パラメータ、tは時間、Tは気温、Wは土壌水分量、Pは植被の有無を表す。ここで問題とする温度依存性に関する式は次式のようになる:a(T) = 47.91 / [1 + exp(R/19.27+T)]

ここで、Rは温度依存性パラメータであり、値が小さいほど、温度依存性が高いことを示す。本研究では、データ同化によってパラメータRの値をコンパートメントごとに推定することによって、土壌コンパートメントごとの温度依存性の違いを推定した。

4.パーティクルフィルター法とMH法
本研究では、データ同化の対象として、野外長期観測データを扱う。従って、モデルで考慮できない要因 (窒素含量の変化や土壌の凝集度の変化) によって、土壌の分解率が変化する可能性がある。本研究では、上記式のKの値をデータ同化手法によって時間更新することによって、モデル外要因の変化を吸収させることによって、より正確な温度依存性パラメータの推定を行う。
 著者らはデータ同化手法として、パーティクルフィルター法とMH法の複合アルゴリズムを利用した。パーティクルフィルターは、マルコフ連鎖モンテカルロ法 (MCMC) の逐次版であり、逐次的に各時間のデータを元に各時間のパラメータの事後分布を多数の粒子で数値的に近似する。
 複合アルゴリズムのMHサブルーチンでは、MHアルゴリズムの各ステップで毎回パーティクルフィルターを行う。本研究では、毎ステップ1000個の粒子で100万回のMCMCを行った。この方法により、時間変化パラメータKと温度依存性パラメータなど他の時間固定パラメータを同時に数多く推定することができる (本研究では、モデル内の34のパラメータを同時に推定した)。

5.温度依存性パラメータのコンパートメント間の違い
 MH法とパーティクル法の複合アルゴリズムによって推定された温度依存性パラメータの事後分布が得られた。単純なアレニウス式の予測から土壌の基礎分解率が上がるほど土壌の温度依存性が高くなることが予測されるが、そのような関係は見られなかった。ただ、BIO、RPM、HUMコンパートメントがデフォルトのパラメータよりも高い値 (低い温度依存性) が推定された。

6.温度依存性パラメータのコンパートメント間の違い
 データ同化によって得られたパラメータ値のデフォルト値との差異が、将来予測にどのような影響を及ぼすのかを評価するために、大気-海洋結合モデル MIROC 3.2 hiresによって推定された将来気候値 (A1B) において、土壌呼吸による二酸化炭素発生量を比較した。
 データ同化によって推定されたパラメータ事後分布を用いて、2100年までの二酸化炭素発生量の積算値 (t/ha) を推定した。その結果、難分解土壌の温度依存性が他に比べて高いほど、将来の二酸化炭素発生量が増えることが分かった。また、デフォルトのパラメータ値による将来予測は、過大評価傾向があることも分かった。

7.まとめ
 土壌有機炭素の分解速度の温度依存性は、土壌の性質によって変わらないことが示唆された。このことは従来の予測とは異なる結果である。さらに、将来予測において、難分解性土壌有機炭素の温度依存性と二酸化炭素放出量に相関があること、また、RothCモデルのデフォルトパラメータは、将来の二酸化炭素発生量を過剰評価する可能性が高いことを示唆した。

 

当該研究に関する情報源(論文発表、学会発表、プレプリント、ホームページ等)

Sakurai G, Jomura M, Yonemura S, Iizumi T, Shirato Y, Yokozawa M. 2012. Inversely estimating temperature sensitivity of soil carbon decomposition by assimilating a turnover model and long-term field data. Soil Biology and Biochemistry 46: 191-199.

研究会を開催した場合は、テーマ・日時・場所・参加者数を記入してください。

研究会は開催していない

 

研究参加者一覧

氏名

所属機関

飯泉 仁之直

(独)農業環境技術研究所

櫻井 玄

農業環境技術研究所

戸田 求

北海道大学

中河 嘉明

筑波大学

中野 慎也

統計数理研究所