第63巻第2号203−228(2015)  特集「日本人の国民性調査─第13次全国調査の成果─」  [研究詳解]

意識の国際比較可能性の追求のための「文化多様体解析」

統計数理研究所 吉野 諒三

要旨

本稿は,戦後の統計数理研究所の国民性調査の経緯を概観し,特に国際比較研究で開発されてきた「文化多様体解析」というパラダイムや解析結果の知見の一端に触れる.それらの研究の断片に触れるに過ぎないが,広範な読者の方々が「日本人の国民性」調査という世界でも稀な長期継続調査とその発展である「意識の国際比較調査」に理解を深め,官民学の調査研究や政策立案の基礎情報として,既刊の関連書籍や論文,研究リポート等を活用するようになるきっかけになることがあれば,まことに幸いである.

キーワード:日本人の国民性,意識の国際比較,連鎖的比較方法論,文化多様体解析,アジア・太平洋価値観国際比較,有効回収率.


第63巻第2号229−242(2015)  特集「日本人の国民性調査─第13次全国調査の成果─」  [原著論文]

「日本人の国民性第13次全国調査」の欠票分析:個人・地点・調査員の特性と調査回収状況の関連

早稲田大学 松岡 亮二
統計数理研究所 前田 忠彦

要旨

「日本人の国民性第13次(2013年)全国調査」に加え,「調査員事後アンケート」および国勢調査のデータを用い,個人と地点の2水準を考慮した多項ロジット・マルチレベル分析によって個人・地点・調査員の特性と回収状況(有効回答,接触不能,本人拒否,他者拒否)の関連を実証的に検討した.先行研究が示す若年層と男性の低回収傾向に加え,以下の4点が明らかになった.参照カテゴリである有効回答と比較したとき,(1)対象者の住居形態が一戸建であることは,本人拒否と他者拒否の増加と関連している,(2)地点間に回収状況の差異があり,中でも,接触不能に比較的大きな地点間差異がある,(3)国勢調査に基づく町丁字水準の変数が,地点間の回収状況の差異と関連している,(4)調査員の経験年数が長いと接触不能,本人拒否,他者拒否が減る傾向がある.調査主体が制御可能なのは調査員のみであるので,今後も調査員の特性と回収状況に関する実証的知見を蓄積し,回収率の向上に寄与する方策を模索することが求められる.

キーワード:日本人の国民性調査,欠票分析,社会調査,調査員特性,国勢調査,マルチレベル分析.


第63巻第2号243−260(2015)  特集「日本人の国民性調査─第13次全国調査の成果─」  [原著論文]

ボランティア活動に対する参加態度と社会観の関係性
—第12次・第13次の日本人の国民性調査から—

関西大学 松本 渉

要旨

本稿では,第12次(2008年)と第13次(2013年)の「日本人の国民性調査」の質問項目`ボランティア活動'への参加態度の説明要因を検討するために,多項ロジスティック回帰分析を適用した.その際,自由競争(支持)派と弱者保護(支持)派のそれぞれが異なる参加態度決定要因を持っているのかどうか,持っているのであればそれがどのようなものかを検討するため,自由競争派と弱者保護派の2つのグループに分けた場合についても同様の分析を行い,結果を比較した.その結果,第12次についても第13次についても,グループに分けない場合よりもグループに分けた場合の方が,モデルのあてはまりがよく,かつ自由競争派と弱者保護派とで有意となる変数に違いが見られることから自由競争派と弱者保護派のそれぞれが異なる参加態度決定要因を持っていると考えられた.また両方のグループで第12次と第13次とで有意となる変数が異なっていたが,それは自由競争派における変化が大きかった.参加態度決定のメカニズムが変化した可能性,あるいは5年間に自由競争派が増加したことに伴って自由競争派の性質が変化した可能性がうかがえた.

キーワード:ボランティア活動,社会観,多項ロジスティック回帰分析,国民性調査,自由競争,福祉国家.


第63巻第2号261−276(2015)  特集「日本人の国民性調査─第13次全国調査の成果─」  [原著論文]

誰が努力は報われると感じているか
—現代日本人の〈努力有効感〉に関する分析—

統計数理研究所 朴 堯星
統計数理研究所 前田 忠彦

要旨

日本人にとっては,努力というものは長期的な目でいつか報われるといった期待とともに勤勉という美徳として受け入れてきた.しかし,現代社会では,努力と成果に対する価値観が変化しつつあり,現代の日本人における〈努力有効感〉に対する考え方は変化している可能性がある.そこで本研究では,現代日本人が感じている努力と成果との関係,さらにどのような人が努力は報われると感じているのかについて探求することを目的としている.そのため,「日本人の国民性調査」のデータを用い,ロジスティック回帰分析により〈努力有効感〉の説明要因に関する分析を行っている.結果として,まず`努力は報われると思う'との回答割合における第8次(1988年)調査と第13次(2013年)調査の比較結果から,努力すればだれもが報われるといったこれまでの考え方がバブル経済の崩壊以降の``失われた20年''の歳月を経て退潮の兆しを見せていることが示される.さらに,`努力が報われると思う'といった考え方の背後には,社会構造的要因による格差に関する意識,社会的孤立の自覚,さらには自国に対する愛着,社会の公平さについての感覚が影響していることが明らかになった.

キーワード:「日本人の国民性調査」,〈努力有効感〉,社会的孤立,社会の公平さ.


第63巻第2号277−297(2015)  特集「日本人の国民性調査─第13次全国調査の成果─」  [原著論文]

潜在クラス分析による「日本人の国民性調査」における信頼の意味とその時代的変遷の検討

統計数理研究所 稲垣 佑典
統計数理研究所 前田 忠彦

要旨

社会科学の分野において,信頼は社会の根幹をなす重要概念と考えられており,盛んに研究がおこなわれてきた.しかし,その概念の多様さゆえ,測定にあたって同一の調査項目を用いても,異なる概念が抽出されるという問題が指摘されてきた.この指摘から,「日本人の国民性調査」で採用されている信頼感項目を用いて信頼の時代的な変遷を追う場合,そのまま項目の値を比較しただけでは,変化の実態を十分に把握できない可能性があることが示唆される.そこで本稿では,第6次から第13次(第8次を除く)の「日本人の国民性調査」データを使用し,信頼に関連する項目に対して潜在クラス分析をおこなった.これにより,いかなる信頼概念が測定されてきたのかを示しつつ,それが時代を経る中でどう変化してきたかを検証した.分析からは,〈用心深さ〉,〈一般的信頼〉,〈不信(安心)〉という概念に相当する3つのクラスが導出された.信頼感の測定が開始された1978年当時は〈用心深さ〉が最大の割合を占めるクラスであった.だが,時代の経過とともに〈用心深さ〉の割合は減少し,その一方で〈一般的信頼〉の割合は増加していった.そして2013年には,〈一般的信頼〉が全体の約半数を占めるようになった.本稿では潜在クラスへの帰属に対して属性要因が与える効果についても併せて検討した.

キーワード:「日本人の国民性調査」,信頼感,潜在クラス分析,時代的変遷.