第61巻第2号181−188(2013)  特集「環境リスクと統計解析―データ基盤構築と解析―」  [研究ノート]

森林炭素動態シミュレーションシステムを用いた気候変動が森林炭素吸収量に及ぼす影響評価の試行

森林総合研究所 光田 靖
森林総合研究所 鹿又 秀聡
森林総合研究所 松本 光朗

要旨

森林炭素動態シミュレーションシステムを用いてシミュレーションによる気候変動リスク評価を試行した.森林炭素動態シミュレーションシステムは森林データベースと林分成長モデルから構成される.森林データベースは国家森林資源データベースを標準地域メッシュ3次メッシュ単位で再構成したものであり,樹種,林齢やサイズ(葉群,枝,幹,根バイオマスなど)といった情報から構成されている.森林データベースのサイズ情報については森林資源モニタリング調査データから推定されている.林分成長モデルは光合成や呼吸などによる物質収支に基づくプロセスモデルである.このシミュレーションシステムを用いて,日本全国のスギ林を対象として2050年までの炭素動態シミュレーションを行った.入力する気象値を将来予測値および平年値としてそれぞれシミュレーションを行ったところ,将来予測値を用いた場合では比較して炭素吸収量が小さくなり,炭素蓄積量も蓄積量も小さくなるという結果となった.

キーワード:炭素蓄積量,調整サービス,国家森林資源データベース,森林資源モニタリング調査,スギ人工林.


第61巻第2号189−200(2013)  特集「環境リスクと統計解析―データ基盤構築と解析―」  [研究ノート]

離散データに対する回帰モデルによる冠雪害の解析

札幌医科大学 加茂 憲一
富山県農林水産総合技術センター 嘉戸 昭夫
統計数理研究所 吉本 敦

要旨

本論文の目的は,2004年1月富山県小矢部市子撫川ダム近傍のスギ林において発生した冠雪害に関するリスク解析である.冠雪害は偶発的に発生するわけではなく,気象要因,地形要因,立木の特性などによりその発生確率が変化することが,多くの先行研究により指摘されている.そこで,これらの要因を説明変数とするロジスティック回帰モデルおよび多項ロジット回帰モデルにおける変数選択により,リスク要因の特定を行い定量的な評価を行った.その結果,立木の特性としては細長な形状におけるリスクが高く,地理的・気候的な要因としては風の影響の少ない状態におけるリスクが高かった.これは,風により立木に付着した雪が払い落とされて,立木に対する荷重負荷が軽くなる効果が存在するという先行研究における見解と一致するものであった.このような冠雪害リスクの定量的な評価は,危険度に応じた品種管理や間伐に対する予測を与えるといった,実際の森林経営に対する貢献も期待される.

キーワード:ロジスティック回帰モデル,多項ロジット回帰モデル,赤池情報量規準,モデル選択,冠雪害,リスク確率.


第61巻第2号201−216(2013)  特集「環境リスクと統計解析―データ基盤構築と解析―」  [総合報告]

林分施業法に基づく持続的・順応的森林管理とデータ基盤

東京大学大学院 尾張 敏章

要旨

東京大学北海道演習林は北海道中央部に約2万haの森林を保有・管理し,1958年からは林分施業法の施業実験を継続している.本報告では,森林生態系管理のリスク研究において不可欠なフィールド情報基盤の構築と整備に寄与することを目的に,同演習林で50年以上にわたって蓄積された森林動態および管理に関するデータの種類および内容を総合的に記載した.林分施業法に基づく森林管理においては,1)林種区分測量,2)森林資源調査,3)収穫調査が毎年行われ,林分スケールの森林資源管理データが記録されている.また,演習林内には個体スケールの永久測定試験地として1)天然林施業試験地,および2)大面積長期生態系プロットが設定され,定期的に測定が行われている.さらに,オルソ空中写真やデジタル標高モデル(DEM)など,様々な種類の地理空間データが整備されている.多様な専門分野の研究者による協働のもと,これらのデータ基盤を利用することで,森林生態系の挙動および施業実行に対する応答の適切なモデル化と,その管理に伴うリスクの定量的評価が可能になるだろう.

キーワード:順応的管理,持続的林業,林分施業法,森林管理記録,永久測定プロット,地理空間データ.


第61巻第2号217−231(2013)  特集「環境リスクと統計解析―データ基盤構築と解析―」  [総合報告]

ビッグデータ時代の環境科学
—生物多様性分野におけるデータベース統合,
横断利用の現状と課題—

独立行政法人農業環境技術研究所/地球規模生物多様性情報機構(GBIF)日本ノード(JBIF) 大澤 剛士
独立行政法人国立科学博物館/地球規模生物多様性情報機構(GBIF)日本ノード(JBIF) 神保 宇嗣

要旨

ITの発展やデータベース公開等,情報公開の機運が高まったことに伴い,環境科学分野における巨大データを利用した研究は急増している.巨大データを利用した研究を行う際には,膨大なデータセットと,その巨大データをハンドリングする技術,そして適切な統計解析技術の全てが必要とされる.しかし,このうちデータ管理技術について,情報が著しく不足しており,国内においてはデータの統合,横断利用の促進といった取り組みが遅れている.本稿はデータ管理技術,すなわち散在するデータをどのように整理し,利用可能な形に整備するかについて,特に生物多様性情報関係のデータに注目し,データ記述フォーマット,通信プロトコル,メタデータフォーマットの標準化といった技術的な概説ならびに国内における現状の紹介を行い,国内における巨大データを利用した環境科学研究の推進に向けた課題について論じる.

キーワード:横断利用,生物多様性情報学,メタデータ,標準化,データフォーマット,Darwin Core.


第61巻第2号233−246(2013)  特集「環境リスクと統計解析―データ基盤構築と解析―」  [原著論文]

鉛はんだ代替におけるリスクトレードオフ評価のための用量反応関係の導出

(独)産業技術総合研究所 竹下 潤一
(独)産業技術総合研究所 蒲生 昌志

要旨

本論文では,金属の物質代替事例として,鉛はんだから鉛フリーはんだへの代替を取り上げ,4つの金属(鉛,銅,スズ,銀)のベースライン暴露量からの単位暴露量(1$\mu$ g/ kg/ day)増加あたりの損失QALY(Quality Adjusted Life Years: 質調整生存年数)を算出する.金属類のリスクを評価する際には,一般的に,個々の金属について,特徴的な有害性に関するヒトにおける用量反応関係の情報が必要となるが,4つの金属についてはそのような情報は皆無である.そこで,本論文では,(独)産業技術総合研究所(2012)にて提案された化学物質暴露による損失QALYの算出の方法を用いて算出することを試みる.すなわち,主要臓器ごとに設定される参照物質のヒトにおける用量反応関係と,対象物質と参照物質の相対毒性値とから,各物質の各臓器の用量反応関係を導出する.相対毒性値を算出するにあたり,次の手順を踏む.(1)少なからず存在する既存の動物試験データのNOEL(No-Observable-Effect Level,無影響量)をトレーニングセットとし,共分散構造モデリングを行う.(2)推定された共分散構造に基づく最良予測式から,試験報告がないエンドポイントについてNOELを推定する.(3)参照物質と4つの金属のNOELの比として相対毒性値を算出する.なお,参照物質としては,肝臓影響については塩化ビニルモノマー,腎臓影響についてはカドミウムとした.

キーワード:リスクトレードオフ評価,物質代替,相対毒性値,損失QALY,共分散構造分析.


第61巻第2号247−256(2013)  特集「環境リスクと統計解析―データ基盤構築と解析―」  [研究ノート]

東京電力福島第一原子力発電所近隣地域における空間放射線量率と直下土壌の放射能汚染度との関連について

広島大学 大瀧 慈
広島大学 大谷 敬子
京都大学 今中 哲二
広島大学大学院 遠藤 暁
広島大学 星 正治

要旨

2011年6月〜7月に実施された文部科学省による東京電力福島第一原子力発電所近隣地域の土壌放射能汚染調査データに基づいて,土壌放射能汚染の地理分布の現状実態を把握し,空間放射線量率との関連性について分析した.土壌の放射能汚染度と空間放射線量率の相関は,測定日に降水がある場合高くなり,決定係数は64%であったが,降水のない日のデータでは相関が低く,決定係数は28%であった.今回の分析により,空間放射線量率の約20%〜35%程度は直下の土壌放射能汚染では説明できず,土壌放射能汚染のみを対象とした局所的な除染では,空間放射線の低減効果に限界があることが示唆された.

キーワード:回帰分析,空間放射線量率,除染,土壌放射能汚染,福島第一原子力発電所事故.


第61巻第2号257−270(2013)  特集「環境リスクと統計解析―データ基盤構築と解析―」  [原著論文]

地震音波データ同化システムの開発
—双子実験による検証—

統計数理研究所 長尾 大道
統計数理研究所 樋口 知之

要旨

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)は,東北地方太平洋沿岸部を中心に,特に巨大津波による未曾有の大被害をもたらした.近い将来起こるとされる東海・東南海・南海地震の際にも巨大津波が発生することが確実視されており,今回の経験を教訓にして被害を最小限に食い止めるために,あらゆる科学分野において様々な視点からの努力がなされている.大地震発生直後に,津波の規模と到来時刻をいち早く予測するための一つの手段として,地震によって励起される地震音波を利用する方法が考えられている.東日本大震災の際には,津波起源と考えられる音波によって電離層を含む地球の大気が大規模に揺り動かされている様が,陸域の高感度気圧計や GNSS 受信機によって捉えられた.音波が津波よりも速く伝搬する特性を利用し,津波が到達する前にその規模および到達時刻を予測する津波早期警戒システムの実現に期待が寄せられている.本稿では,地震音波伝搬の数値シミュレーションと微気圧観測データの融合によって,震源に関する物理パラメータならびに各時刻における音波伝搬の状態を推定する地震音波データ同化システムについて紹介し,東南海地震を想定した仮想地震について,震源パラメータを再現する双子実験を実施することにより,本システムを検証する.

キーワード:データ同化,マルコフ連鎖モンテカルロ法,東北地方太平洋沖地震,微気圧,地震音波,津波.


第61巻第2号271−287(2013)  特集「環境リスクと統計解析―データ基盤構築と解析―」  [原著論文]

ゼロの多いデータの解析:負の2項回帰モデルによる傾向の過大推定

慶應義塾大学 南 美穂子
Inter-American Tropical Tuna Commission Cleridy E. Lennert-Cody

要旨

動物の生態研究や生物資源評価のために観測される個体数などの計数データには,多くのゼロが含まれることがよくある.また,観測された環境や時間などの違い,または,観測されることのない潜在的な条件の違いなどの影響により,ほとんどの場合,個体数のばらつきも平均に比べてはるかに大きい.負の2項回帰モデルは,分散が平均よりも大きい過分散の計数データに対する回帰モデルとして生物個体数の解析に多くの研究で用いられている.しかし,Minami et al.(2007)はゼロが多いデータに対して負の2項回帰モデルを用いて,他の変数の影響を調整した年ごとのサメの平均混獲数(混獲とは,漁業の際に対象魚種とは異なる種を意図せずに捕獲してしまうことをいう)を推定すると,混獲数の減少傾向を過大に推定することを示した.これは,例えば,研究の目的が生息数の増減の推測にある場合には,実際以上に急激な減少という誤った結論を導くことにつながり危険である.本論文では,ゼロの多いデータに対して負の2項回帰モデルをあてはめた場合に傾向の過大推定が起こることを実データで示すとともにシミュレーションでも再現し,どのような状況のときに過大推定が起こるか,それはどのような現象が起きた結果なのか,また,理論的にどのように説明できるのかを考察する.

キーワード:過分散,影響関数,サイズパラメータ,zero-inflated 負の2項回帰モデル, クックの距離,テコ比.


第61巻第2号289−305(2013)  特集「環境リスクと統計解析―データ基盤構築と解析―」  [総合報告]

環境科学における方向統計学の利用

慶應義塾大学/統計数理研究所 客員 清水 邦夫
慶應義塾大学 王 敏真

要旨

風向は環境科学における典型的で重要な角度観測値であり,また風向と共に風速やオゾン濃度などの別の観測値を伴う場合がある.本稿では,角度を含む観測値をモデル化・解析する学問である方向統計学における最新の結果を含んで総合的に報告を行うことを目的としている.

最初に,角度データに対する基本統計量としての標本平均方向および標本平均ベクトル長の計算法およびそれらの量の持つ意味と性質が線形な観測値の標本平均および標本分散と比較して述べられる.また,国立環境研究所が提供する霞ヶ浦における風向データを用いてデータのプロットと基本統計量の計算の例示を行う.Pewseyの分布対称性検定法の説明の後に,JonesとPewseyによる柔軟な対称角度分布および正弦関数摂動法による対称分布の非対称化が紹介され,風向データを用いて当てはめ例が示される.さらに,対称/非対称性とは異なる性質として,分布の頂上付近で平坦/急傾斜の性質を表すPapakonstantinou分布とBatschelet分布が紹介される.説明変数に角度を含む場合の線形回帰がシリンダー上の分布から自然に導かれることを述べると共に,角度変数間の回帰モデルおよび構造モデルに関する最近の結果も紹介する.

キーワード:角度回帰モデル,角度構造モデル,角度分布の当てはめ,シリンダー上の分布,トーラス上の分布.


第61巻第2号307−322(2013)  特集「環境リスクと統計解析―データ基盤構築と解析―」  [研究ノート]

人工林長期継続調査データを利用した林分成長モデルのパラメータ推定

森林総合研究所 光田 靖
森林総合研究所 細田 和男
森林総合研究所 家原 敏郎

要旨

林業の収穫量を把握することを目的として長期間継続調査がなされている試験地(収穫試験地)のデータを用いて,光合成や呼吸による物質収支に基づくスギ人工林林分成長モデルのパラメータ推定を行った.本研究における林分成長モデルは1)葉群による日射の吸収プロセス,2)吸収した日射エネルギーを用いた光合成による生産プロセス,3)光合成による日射エネルギー変換効率が気温および湿度から律速される律速プロセス,4)樹木個体を維持するための呼吸および5)器官の付け替え(ターンオーバー)プロセス,および6)余剰光合成生産物を各器官へ配分してサイズ成長を行う配分プロセスといった6つのプロセスから構成される.収穫試験地において観測された樹木サイズ(直径および樹高)から部位別(葉,幹,枝および根)バイオマスを推定し,さらに連続する調査データの差分としてバイオマス成長量をもとめた.また,試験地における調査期間の日射量,平均気温および湿度といった気象値を推定した.これらの部位別バイオマスおよび気象値の時系列データを入力値とし,バイオマス成長量を目的変数として,ベイジアンキャリブレーションによりパラメータ推定を行った.推定されたパラメータを用いてモデルの再現性を検証したところ,大きな過大推定をするケースもあったが,おおむね良好に林分成長量を再現できていた.

キーワード:パターン試行モデリング,ベイジアンキャリブレーション,スギ人工林.