環太平洋価値観国際比較調査

― アジア・太平洋地域 ―

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はしがき

 本サイトは、情報・システム研究機構 統計数理研究所のプロジェクト研究「日本人の国民性の統計的研究と国際比較調査」の一環として、国際比較調査チームにより2005年から2009年に遂行された環太平洋(アジア太平洋)価値観国際比較「中国調査2005」、「台湾調査2006」、「USA調査2006」、「韓国調査2006」、「シンガポール調査2007」、「オーストラリア調査2007」、「インド調査2008」に関する報告である。
 この研究は、歴史的には統計数理研究所における1953年以来の「日本人の国民性」調査及び1971年以来の「意識の国際比較」調査の延長上にある。「日本人の国民性」は戦後民主主義の基盤としての官民の世論調査発展と緊密に結びつき、「意識の国際比較」は連鎖的方法論(Cultural Linkage Analysis, CLA)の確立につながった。そして、さらに最近の我々の国際比較調査研究とともに、計量的文明論「文化多様体解析(CULMAN)」という方法論の確立を目指す研究の一環に位置づけられる。

 その背景と意義は、以下の通りである。
 冷戦が終了し、世界情勢のダイナミックな変動があり、政治、経済、社会の伝統的枠組が大きく変わり、社会生活の基盤であった人々の信頼のあり方も大きな影響を受けている。伝統的な産業社会から高度情報化社会への遷移期にもあり、従来の家庭、学校、職場での人間関係のあり方も崩壊しつつあり、新たな時代の流れが確立するまで混乱した社会が続くのであろう。
 一方、政治経済の視点からは、欧州共同体や南北アメリカ圏のみならず、東アジア圏の再編成が唱えられている。東南アジアを含む東アジア圏は、欧州とは異なり、多様な文化、歴史を背景に持つ国々や地域の集合であり、政治にせよ経済にせよ、それらの統合は必ずしも容易ではないであろうが、現実にはASEAN等の協力関係が推進されつつある。実際、私が前調査研究の申請時に、タイトルとして「東アジア」という言葉を用いた際には、この言葉はまだ一般的には地理的にはあいまいな言葉でしかなかった。しかし、今日では「東アジア共同体」や「東アジア・太平洋共同体」等々の国際協力の枠組みの検討など、既に実体を持った言葉となっている。
また、かつてMax Weberは「プロテスタンティズムと資本主義の精神」との関係を論じた中で、儒教の影響がある中国などのアジアの国々に対しては資本主義の順調な発達に否定的な見解をのべていた。しかし、日本は明治維新以降、そして戦後に目覚しい発展を見せてきた。その例外を説明するために、日本は儒学の影響はあったが、儒教が生活に入り込むことはなかったなどの議論がなされたこともあった。しかし、さらにその後のNICS,NIESなど台湾、韓国、東南アジアの国々の発展、そしてこの10年ほどの中国の目覚しい発展は、特定の宗教や倫理と経済発展との関係を簡単に論じることは賢明ではないことを証明している。また、特に中国の過去数十年の急激な社会変化は、「社会体制と国民性(国民の意識構造)との相互関係」という社会学の主要テーマに対して、大きな示唆を与えるであろう。

 我々はこういった世界の流れを適格に把握し、将来を見通すための実証的基礎情報を収集すべく、各国、各機関が様々な社会調査、国際比較調査を遂行している。例えば、世界価値観調査(World Value Survey)は世界の20〜30数カ国で共通質問項目を用いた国際比較調査データや時系列比較可能なデータを提供し、学術研究にも行政施策にも資するところが大きい。しかしながら、例えば、過去の中国調査の実情を詳細に調べてみると疑義が隠せない。国際比較調査では質問項目を各国の言語に適切に翻訳することが重要な手続きであるが、各国内の事情の差異を見過ごしたための誤訳が見受けられる。また統計的無作為標本抽出調査の手続きの計画が、調査の現場でどこまで遵守されているのか、報告された回収率などを考えると疑義を持つ調査研究者は少なくない。

 以上のような背景があり、我々は、アジア・太平洋の調査はやはり当該地域の人々により慎重に推進されるべきであるという認識に至った。我々は各国でどの程度統計学的に適正な標本抽出調査が遂行でき、また国際比較可能性が保てるかという課題を自ら実証的に検討することを主眼にし、それを把握した上でアジア・太平洋諸国の人々の価値観や意識を比較分析する課題に取り組もうとしているものである。

 今回の調査票は、一般社会意識調査としてのスタイルをとり、人々の生活一般に関する多様な項目を含めている。しかし、特に21世紀の変わり目の急変しつつある世界情勢、そしてその中でも、急速に変化する東アジアの国々と、数々の問題を抱えながらも再秩序化されつつある国家間の関係を考慮して、日本と他の東アジアの諸国の人々の価値観、対人的信頼感や法意識を含む人間関係に関する意識、自然観や生命観の統計的解明に適切と思われる項目を検討して試行している。これらのテーマに関する項目は、一部、重複させながら、2004年度に日本04Aと日本04Bの二つの調査票を作成し、調査が遂行されている。重複部分は基本的な価値観や態度に関する項目が多く、2つの調査間での同項目に対する回答の安定性や、それぞれの調査内での人々の回答の多次元パターン解析等を意図するためである。社会調査、特に国際比較調査では費用、時間、労力のみならず様々な技術的な限界が常に付き纏うものであり、決して目前の多様な問題解決へ直ちに繋がるような調査項目の選定は容易ではない。今後の各方面での調査データや情報とともに、相補的に事を考慮して研究を推進するのみである。

 2004年度の日本調査04Aにおける調査質問票は、これまでの国際比較調査で用いられてきた項目やそれらを一部修正した項目を取り入れ、さらに当該調査のために作成した新項目などで構成した。これは、われわれの東アジア価値観国際比較調査の第1ラウンド(2002-2005年度)とでも呼ぶべき科学研究費補助金・基盤研究A(2)による「東アジア価値観国際比較---信頼感の統計科学的解析」の成果に基づき、その拡張としてのアジア・太平洋地域の比較調査にふさわしい意識一般の調査票となることを意図した。今回の調査票は、日本調査04A調査票を、国際比較のために、一部最小限の修正を施し、翻訳したものであり、東アジア価値観国際比較調査の第2ラウンド(2004-2007年度予定)ともいえよう。

 詳細なデータ解析は、避けられない各国・各地域の言語の差異、調査方法の差異などを考慮し、単純に回答分布の皮相な数学の大小比較ではなく、今後収集されていく他の関連諸国・地域の調査データや資料、情報とともに、慎重に時間をかけて安定したパターン構造を浮かび上がらせるような分析がなされて行くべきであるが、国内外の多くの方々に速やかに情報を提供すべく、一次報告として刊行した旨を御了解願いたい。

参考文献

林知己夫(2001).データの科学.朝倉書店
林知己夫,鈴木達三,吉野諒三他(1998).国民性七か国比較.出光書店
林知己夫他(1992).第五 日本人の国民性.出光書店
Inkeles, A. (1997). National character. Transaction Publishers: New Brunswick. (吉野諒三(2003)訳「国民性論 ― 精神社会的展望 ―」出光書店)
吉野諒三(2001).心を測る ― 個と集団の意識の科学 ―.朝倉書店.
Yoshino, R. (2002). A time to trust . Behaviormetrika. Vol.29 No.2,pp.231-260.
吉野諒三. (2003). 「信の崩壊」---世論調査方法論の今日の課題. 行動計量学.  展望「21世紀の行動計量学」 第29巻第1号, pp.45-54.
吉野諒三. (2003)「信頼の時代」. Eco-Forum, Vol.22, No.1, 特集号「ソーシャル・キャピタルPart II」,pp.42-51. 統計研究会.
吉野諒三. (2005). 東アジア価値観国際比較調査―文化多様体解析(CULMAN)に基づく計量的文明論構築へ向けて―. 行動計量学. 第32巻2号, pp. 133-146.
吉野諒三. (2005). 富国信頼の時代へ―東アジア価値観国際比較調査における「信頼感」の統計科学的解析―. 行動計量学. 第32巻2号, pp. 147-160.
Yoshino, R. (2006). A social value survey of China --- on the change and stability in the Chinese globalization ---. Behaviormetrika,Vol.33, No.3, 111-130.
Yoshino, R. (2005). Trust and National Character--Japanese sense of trust, Cross-national and longitudinal surveys-. Comparative Sociology, Vol.4, No.3-4, pp.417-450.
吉野諒三. 東アジア価値観調査−文化多様体解析(CULMAN)に基づく計量文明論の構築へ向けて -. Vol.32, No.1, pp.133-146. (2005).
吉野諒三. 富国信頼の時代へ-- 東アジア価値観国際比較調査における信頼感の統計科学的解析--. Vol.32, No.1, pp.147-160. (2005).
Yoshino, R. (2006). A social value survey of China --- on the change and stability in the Chinese globalization ---. Behaviormetrika,Vol.33, No.3.
吉野諒三編. 「東アジア国民性比較 データの科学」.  勉誠出版. (2007).
Yoshino, R. Reconstruction of trust on a cultural manifold: sense of trust in longitudinal and cross-national surveys of national character. Behaviormetrika, Vol.36, No.2, pp.114-147. (2009)
Yoshino, R. & Hayashi, C. (2002). An overview of cultural link analysis of national character. Behaviormetrika. Vol.29 No.2, pp.125-141.
吉野諒三、鄭躍軍、朴承根. (2003).「東アジア諸国の人々の日本語観.」 行動計量学, 第30巻 第1号(通巻58号), pp.311-52.
三好 美浩, 吉野諒三. 東アジアの職業観--日本・中国・台湾・韓国の比較--. Vol.32, No.1, pp.173-189. (2005).
鄭躍軍, 吉野諒三、村上征勝. 環境意識--日本・中国の比較--. Vol.32, No.2, pp.55-68. (2006)
袰岩晶・吉野諒三・鄭躍軍 (2008). 国際比較における「データの安定性」に関する一考察---中国調査データの検討を通した文化多様体解析の試行---. 統計数理、55,2,pp.285-310. 
Tsunoda, H., Yoshino, R., & Yokoyama. (2008). Components of Social Capital and Socio-Psychological Factors That Worsen the Perceived Health of Japanese Males and Females. The Tohoku Journal of Experimental Medicine, Vol.216, No.2,pp.173-185.
Yoshino, R., Nikaido, K., & Fujita, T. Cultural manifold analysis (CULMAN) of national character: paradigm of cross-national survey. Behaviormetrika, Vol.36, No.2, pp.89-114. (2009)
Fujita, T., & Yoshino, R. Social values on international relationships in the Asia-Pacific region. Behaviormetrika, Vol.36, No.2, pp.148-165. (2009)
Hayashi, F. & Nikkaido K. (2009). Religious Faith and Religious Feelings in Japan: Analyses of Cross-Cultural and Longitudinal Surverys. Behaviormetrika, Vol.36, No.2, pp.167-180.
(行動計量学32巻2号、33巻1号及びBehaviormetirka、Vol.29、No.2、Vol.30、No.1、Vol.36、No.2の特集号も参照していただきたい。)

Web公開に伴う注意点

 Web公開上の技術的問題から、表示形式等に、本来のものと異なる箇所が存在する。正式なものは、統計数理研究所研究「2005年度中国[北京・上海・香港]調査報告書」、「2006年台湾調査報告書」、「2006年USA調査報告書」、「2006年韓国調査報告書」、「2007年シンガポール調査報告書」、「2007年オーストラリア調査報告書」、「2008年インド調査報告書」に掲載されている。データを利用する際は、これらを必ずご参照していただきたい。また、これらの報告書の修正点については、本サイトのトップページにある「報告書正誤表(Corrigenda)」から確認していただきたい。

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2009/12/16