第3回「赤池メモリアルレクチャー賞」受賞者及び記念講演が決定

ISM2020-06
2020年7月10日

◆  概  要

 「赤池メモリアルレクチャー賞」は,2016 年 5 月に統計数理研究所と日本統計学会により共同で創設されました。「赤池情報量規準(Akaike Information Criterion: AIC)」を提唱,予測の視点に基づき従来の統計理論とは異なる新しい統計モデリングのパラダイムを確立して,広範な研究分野に大きな影響を及ぼした故赤池弘次博士の功績を記念したものです。
 このたび第3回を迎えた同賞の受賞者は,ウォーリック大学(イギリス)名誉教授のジョン・ブライアン・コーパス(John Brian Copas)博士に決定しました。コーパス博士は,常に現場からの問題を意識しながら統計的推測の方法論の研究を推進し, 多くの業績を挙げています。そのうち6編の論文はイギリスの王立統計学会(RSS : Royal Statistical Society)から刊行されている王立統計学会誌(JRSS:Journal of the Royal Statistical Society)のディスカッション付き論文として掲載され, 王立統計学会から,1987年にGuy Medal(*) in Silverを授与されています。近年では, メタアナリシスの方法論の研究に注力され, 「コーパス選択モデル」は, 公表バイアスに対する感度解析のための標準モデルの一つとして, 広く使われています。
新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の影響により,残念ながら今年の来日は実現しませんが,記念講演は,富山県で行われる 2020年度統計関連学会連合大会の期間中,9月9日に開かれるプレナリーセッションでオンライン講演として実施されます。

 (*)イギリスの医師・医学統計家で王立統計学会の前身,ロンドン統計学会の会長だったWilliam Guy (1810年6月13日-1885年9月10日) の功績を記念してその名を冠した栄誉メダル。学会総会で授与され,金 (in Gold)・銀 (in Silver)・銅 (in Bronz)の3種類がある

【受賞理由】
 ジョン・コーパス博士は,故赤池弘次博士同様,実データに根差した統計的思考を基にして研究を進めてきました。
 1980年代には,予測方式の評価について,観測データの分布と予測データの分布とを別に考えるという,故赤池博士の開発した赤池情報量規準 を拡張するための極めて重要なアイデアを発表しています。 統計学における因果推論では,ハーバード大学の統計学者ドナルド・ルービン博士が1970年代に開発した「ルービンの因果モデル」が最も有名ですが,実質的に疫学分野で議論の始まっていた(Hamiltonモデル=寄与危険の拡張)の因果推論を統計学的に定式化するという意味で,コーパス博士がルービン博士より早い時期に示唆的研究を行っているなど,先駆的な研究の実績があります。また,コーパス博士は5回以上統計数理研究所の客員教授として滞在し,同研究所から輩出した研究者たちがコーパス教授の下に赴き指導を受ける等,長年の研究交流実績があり,日本の研究者の育成にも尽力しています。
 以上の理由により,選考委員会はコーパス教授に第3回赤池メモリアルレクチャー賞を授与することを決定しました。

 

◆  第3回受賞者  ジョン・ブライアン・コーパス博士について

【研究業績】

 コーパス博士は1967年にインペリアル・カレッジ・ロンドンにおいてバーナード教授の指導の下で複合決定問題について学位論文を提出しました。その翌々年には王立統計学会誌に複合決定問題と経験ベイズについて討論付き論文を発表し,観測ごとに未知パラーメータが異なる場合の統計決定問題の深い考察がなされました[1]。その後1983年に出版されたコーパス博士の名を有名にした「回帰,予測そして縮小」論文の基礎を与えています[2]。この論文は,スタインによって発見された縮小推定の不思議な現象(スタイン・パラドクス)に対して予測の観点から光を与え,統計研究者に合理的な理解を与えました。 縮小推定の理論は日本の統計研究の中でも優れた貢献が輩出されてきましたが,この論文の影響も大きいと言われています。これらを含めコーパス博士は王立統計学会誌に6編の討論付き論文を発表し,常に理論と実際の絶妙なバランスから普遍的な業績を打ち立てています。データに潜む広い意味でのバイアスに対して深い洞察と広い理解を与えた研究[3][4]は今後も光輝き続けることが想像に難くありません。考察された分野も医療統計学,計量経済学,計量心理学に渡り,様々な分野での貢献が認められています。

 例えば,受動喫煙と肺がんの関係についてのメタアナリシスに対して公表バイアスを考慮した再解析[5]は, 疫学学会に従来の解析からの解釈を得ることに反省の機会を与えるものでした。この際に考案された感度解析のためのモデルは「コーパス選択モデル」[6]と呼ばれ, メタアナリシスにおける公表バイアスを評価するための標準モデルの一つとして使われています。
 また,コーパス博士の継続的な研究に犯罪統計の解析があります。これはイギリスの目まぐるしい社会の変化に伴って生じた社会問題であった性犯罪,薬物乱用などの犯罪の増加があり,データから得る犯罪統計に対する正確な理解と予測を与えることが統計研究者に要請されていたことに対するコーパス博士の長年の貢献です。特に再犯のデータに対して再犯イベントのコックスの生存モデル解析や犯罪とリスクファクターのロジステック回帰による分析が司法省の専門家にも高く評価され,犯罪リスクを計る指標である「コーパス・レイト」[7]は司法省のレポートにも広く採用されています。

 このようにコーパス博士のオーソドックスなイギリス流の統計学のスタイルに基づく鋭い視点から切り込む研究スタイルは特筆すべきものです。また,日本,中国,イランなどの学生や研究者を広い心で迎え入れる公正な精神には心打たれるものです。
 ウォーリック大学を退官後も研究活動を行っており,近年はユニバーシティ・カレッジ・ロンドンを拠点としてイギリスの第一線の研究者たちと共に, 多変量メタアナリシスやネットワークメタアナリシスといった応用上も重要なテーマについて活発な研究を継続している姿は, 多くの研究者に勇気を与えています。

 

[1]

 

Copas, J. B. (1969).
Compound Decisions and Empirical Bayes (with discussion).
Journal of the Royal Statistical Society, B, 31, 397-425.

[2]

 

Copas, J. B. (1983).
Regression, Prediction and Shrinkage (with discussion). 
Journal of the Royal Statistical Society, B, 45(3), 311-354.

[3]

 

Copas, J.B. and Li, H.G. (1997).
Inference for non-random samples (with discussion). 
Journal of the Royal Statistical Society, B, 59, 55-95.

[4]

 

Copas, J.B. and Eguchi, S. (2005).
Local model uncertainty and incomplete-data bias (with discussion).
Journal of the Royal Statistical Society, B, 67, 459-513.

[5]

 

Copas, J. B. and Shi, J.Q. (2000).
Reanalysis of Epidemiological Evidence on Lung Cancer and Passive Smoking.
British Medical Journal, 320 (7232) 417-418.

[6]

 

Copas, J.B. and Shi, J.Q. (2000).
Meta-analysis, funnel plots and sensitivity analysis.
Biostatistics, 1, 247-262.

[7]

 

Copas, J.B. and Marshall, P. (1998).
The Offender Group Reconviction Scale: A Statistical Reconviction Score for Use by Probation Officers.
Journal of the Royal Statistical Society, C, 47, 159-171.

    

ジョン・ブライアン・コーパス博士プロフィール

【現在】

ウォーリック大学 名誉教授
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン 栄誉教授

 

【略歴】

誕生年月:1943年8月(満76 歳)

学歴:

1964年 イギリス インペリアル・カレッジ・ロンドン 理学士(最優等学士)
1967年 イギリス インペリアル・カレッジ・ロンドン 博士(統計学)

    

主な職歴:

1966年-1973年 イギリス エセックス大学     講師/上級講師
1969年-1970年 アメリカ ニューヨーク州立大学  助教
1973年-1983年 イギリス サルフォード大学    教授
1983年-1991年 イギリス バーミンガム大学       教授
1992年- イギリス ウォーリック大学       教授
2009年- イギリス ウォーリック大学    名誉教授
2019年- イギリス ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン 栄誉教授

※   ウォーリック大学統計学部 学部長(任期3年)二期就任
※   統計数理研究所を含め,海外の大学,研究機関に短期客員赴任

 

◆  第3回赤池メモリアルレクチャーの実施について

 第3回赤池メモリアルレクチャーは,日本統計学会の委託を受け,統計数理研究所と統計関連学会連合大会組織委員会が主催して,2020年度統計関連学会連合大会プレナリーセッションとして開催する予定です。コーパス博士の講演はオンラインを通じて同セッション会場で行われます。

【セッション名】
  
統計関連学会連合大会プレナリーセッション
赤池メモリアルレクチャー
【講演者】  ジョン・ブライアン・コーパス博士(ウォーリック大学名誉教授)
【題 目】 “Some of the Challenges of Statistical Applications”
【オーガナイザー】 岩崎 学(統計関連学会連合理事長)
  椿 広計(統計数理研究所長)
【討論者】 田栗 正隆(横浜市立大学 教授)
  逸見 昌之(統計数理研究所 准教授)
  ※  セッションはすべて英語で行われます。
   
【日 時】 2020年 9 月9日(水)16時~18時
【会 場】
  
富山国際会議場
〒930-0084 富山県富山市大手町1番2 (https://www.ticc.co.jp/access/

 

詳細情報は,

 統計数理研究所(https://www.ism.ac.jp/ ),
 2020年度統計関連学会連合大会(https://confit.atlas.jp/guide/event/jfssa2020/top ),
 日本統計学会(https://www.jss.gr.jp/

の各ウェブサイトにおいて発信していきます。

 

◆  赤池メモリアルレクチャー賞の趣旨

 赤池メモリアルレクチャー賞は,統計数理研究所と日本統計学会の共同事業の提案として2014 年から企画が温められてきたものです。統計科学の分野において,多大な功績を残し, その発展に大きな影響を及ぼした故赤池弘次博士(※1)にちなんだ賞を創設し,その受賞者による記念講演(以下,「赤池メモリアルレクチャー」)を実施することで,国内外の統計科学研究者の交流の機会を設け,若手の人材育成を促進すると同時に,統計科学分野のさらなる発展に寄与していきます。
 受賞者は,統計科学(制御,最適化など数理科学・数理工学分野も含む)及びその応用分野において,故赤池博士のように時代を先取り,広範囲の研究分野に影響を与え国際的に活躍された研究者の中から,2年に一度,一名が選出されます。なお,受賞者には賞金 10 万円と記念の盾及び旅費が授与されます。
 赤池メモリアルレクチャーでは,人材育成の観点から,学生・若手研究者の数名を討論者として指名し,講演後に,講演者との質疑応答の機会を設けることにしています。そして,講演内容は,討論付きの招待論文として,「Annals of the Institute of Statistical Mathematics (AISM) 」に掲載されることになっています。

 

(※1)故赤池弘次博士について

 1927 年 11 月 5 日静岡県で誕生し,海軍兵学校,第一高等学校,東京大学理学部数学科を卒業後,1952 年に統計数理研究所に入所。
 1960 年代にスペクトル解析法,多変量時系列モデル,統計的制御法,時系列解析ソフトウェア TIMSAC などの研究・開発を行って時系列解析の分野で世界を先導しました。1970 年代には情報量規準 AIC を提唱,予測の視点に基づいて従来の統計理論とは異なる新しい統計モデリングのパラダイムを確立し,広範な研究分野に多大の影響を及ぼし,1980 年代には,ベイズモデリングの実用化を推進し,大規模情報時代に即した新しい情報処理の方法の発展に先駆的な役割を果しました。故博士の研究論文は統計科学界において永くに渡って引用され, その研究成果は非常に高い評価を受けた証として,故博士は紫綬褒章,勲二等瑞宝章,京都賞等数多くの栄誉を受勲,受賞しました。
 1986 年からは統計数理研究所長を務め,研究所の運営及び総合研究大学院大学統計科学専攻の発足に伴う大学院教育にも従事した後,1994 年に任期満了退官,同年に統計数理研究所名誉教授,総合研究大学院大学名誉教授となった後も,ベイズモデル,ゴルフスイングの解析に取り組む等,過去の業績に満足することなく,飽くなき情熱を持って最期まで研究を継続しました。また,1989 年 1 月~1990 年 12 月の間,第 19 代日本統計学会会長を務めました。
2009 年 8 月 4 日茨城県で永眠(享年 81)。

 なお,2017 年 11 月 5 日には,世界 16 の国と地域で Google 検索画面に「赤池弘次生誕 90 周年」として,記念ロゴが掲載されました。

(参考;https://www.google.com/doodles/hirotugu-akaikes-90th-birthday

*故赤池弘次先生記念ウェブサイト 赤池記念館* https://www.ism.ac.jp/akaikememorial/index.html

   

 

 本件に関するお問い合せ先

 大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 統計数理研究所 運営企画本部企画室 URAステーション
 〒190-8562 東京都立川市緑町10-3
 TEL: 050-5533-8580  FAX: 041-526-4348
 E-mail: ask-ura@ism.ac.jp
 

      

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