所長挨拶

 

2016年8月5日

統計数理研究所長 樋口知之

昨年度は人工知能に関する話題が毎日のようにメディアに取り上げられた一年でした。特に世界的な囲碁のプロ棋士にグーグルの開発した人工知能システム「アルファ碁」が勝利したことは、人工知能技術の急速な進歩を一般の方々に肌身をもって感じさせました。チェスの世界王者がIBMの開発したディープブルーに完敗したのが1997年ですから、今年はそれからほぼ20年になります。この間の劇的な環境変化は、なんと言ってもデータの爆発的増加に他なりません。例えば、ゲノム配列を1秒間に読む量が約1億倍にもなった一方、計算機の性能の向上を示す経験則であるムーアの法則によれば、速度向上は“たった”1万倍程度です。「データの爆増」こそが人工知能技術のブレイクスルーだったのです。

人工知能の及ぼす影響は、私たちの身の回りの生活から、第4次産業革命とも言われる産業構造、そして最先端の科学技術研究開発にまで広範にわたり、今後は著しく増大するデータをいかに有効かつ高速に、そして適切に利用できるかがグローバル社会を勝ち抜く鍵となります。人工知能の中核的機能を担っている機械学習は、その概念的構成や理論的基盤の面から、統計数理と同根であるところも多く、統計数理研究所(統数研)では4年前に統計的機械学習センターを設置し、早くから当該分野の発展に貢献してきました。このセンターは、「統計数理を中核とするNOE(Network Of Excellence)形成事業」を推進する5センターの1つでもあります。また、国内においてはデータを扱うプロフェッショナルが圧倒的に不足しているため、センター設立と同時期に統計思考院も設立し、統計思考力育成事業を推進することで、データサイエンティストの育成にも力を注いで参りました。

2016年3月に終了した第2期中期目標・中期計画期間中は、上述した、NOE形成事業と統計思考力育成事業の2つを研究所の事業の柱とし、研究ネットワークの構築、統計思考力育成事業の充実とOJT による若手人材育成、スーパーコンピュータシステムの更新・新規導入・HPCI(革新的ハイパフォーマンスコンピューティングインフラ)への資源提供等を始め、十二分に第2期中期目標の達成を果たしたものと自負しております。また、昨年度は産官学連携が、より深化した年度でもありました。立川市とも連携・協力に関する協定を締結し、同市の住民意識調査への参画や、市が開催する行事に協力することで、地域との連携、地域への貢献にも尽力いたしました。本2016(平成28)年4月から、統数研は第3期中期目標・中期計画期間に入りました。現実との接点を非常に意識した基礎および応用両面での研究活動に従事するとともに、全国の産官学機関、地域、社会への研究成果の還元、機能強化への貢献を行っていく所存です。

いずれは人工知能が社会の難問を解決してくれるかのように楽観論を語る記事も時折目にします。しかしながら今の人工知能技術の方法論だけでは、災害などの巨大なリスクインシデントの予知、メンタルヘルスケアへの対応、複雑な製造プロセスにおける熟練者の知とスキルのリアル(代替)化など、大きな期待が寄せられる問題の解決には至りません。統計数理の最も得意とする、予測、発見、最適化、制御等の「知」を基盤に、学術・社会からの要請に応えられる研究所づくりに邁進して参ります。皆様には、統数研に対し一層のご指導ご鞭撻をお願いするとともに、ご理解とご支援を賜りたく、どうぞよろしくお願い申し上げます。