所長挨拶

 

2013年7月17日

統計数理研究所長 樋口知之

昨年度は“ビッグデータ元年”とも呼ぶべき、産官学界ともにビッグデータの利活用に関するセミナーやシンポジウムが多数開催され、その結果、現在数多くの研究開発プロジェクトや企画が進行中です。流行の話題に即座に飛びつく人がいる一方、冷ややかな態度をとる人も同時に出てくるのが世の常です。すでにビッグデータの旬は過ぎ、急な下り坂を転げ落ちつつあると意地悪な見方をする人もいます。メディア等での話題性はいずれそうなるかも知れませんが、ビッグデータが与える影響は社会の奥深くにまで及ぶ本質的なものであることは十分に認識すべきです。

つい2、30年前までは、マネーと情報は移流と拡散という物理現象に似た形で社会構造内をじんわりと流通していました。ところが現在はインターネットの普及により実空間上の距離と関係なくそれらは高速に伝搬していくため、それまでの社会構成要素が役割を失い、結果として多くの職種の消滅が起きています。このような構造体においては、生起する現象を記述する第一原理(支配方程式)はもはや存在せず、情報の運搬と加工、つまり計算サービスが大きな経済的価値を産むようになります。ビジネス界のビッグデータは、このような人工物とも言うべき構造体の観測値です。そこでは、支配方程式を解く代わりに、ビッグデータを手がかりとして、現象を理解し、より良い予測と意思決定を行うためのモデリング技術が大切になります。

統計数理研究所はビッグデータ時代の本格的到来を先読みし、法人第二期(平成22~27年度)の中期目標・中期計画において、大規模データ時代に対応した人材育成を大きな目標として掲げました。NOE(Network Of Excellence)形成事業内では、機械学習、データ同化、リスク解析、次世代調査法などを活用したビッグデータの研究開発を推進しています。統計思考力育成事業を担う母体としての統計思考院では、さまざまな人材育成プログラムを通して若手のデータサイエンティストの養成に取り組んでいます。

平成24年11月からスタートした文部科学省の委託事業「数学協働プログラム」では、数学・数理科学と諸科学・産業界との協働によるイノベーション創出のための研究促進が企図されており、ビッグデータも研究重点テーマとなっています。統計数理研究所はその事業の中核機関に選定され、日本を代表する8つの数学・数理科学の研究教育機関と協力して事業を推進していきます。これからもデータに関わる研究分野の基礎的研究を担う研究所として、社会からの期待に応えていく所存でございますので、統計数理研究所の活動に対する皆様のご理解とご支援をよろしくお願い申し上げます。