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統計数理研究所公開講演会

「社会に生きる統計思考の力」

−統計思考院設立記念講演−

「クイズ番組に挑戦したコンピュータの開発から学んだこと」
武田浩一(日本IBM 東京基礎研究所 技術理事)

本講演では、2011年2月に米国の有名TVクイズ番組であるジョパディ!に登場し人と対戦した質問応答システムWatsonの開発について紹介し、その研究開発プロジェクトに参画して学んだことについて述べる。

Watsonで活用されている中核的な技術は「質問応答(questionanswering)」と呼ばれており、これは知りたい対象についての記述を質問文として受け取り、その解答を提示するまでの一連の情報処理プロセスを含んでいる。Watsonの実現において最も困難であったのは事前に出題分野が制限されないオープン・ドメイン型の質問応答で人に匹敵する精度を実現することであり、このために自然言語処理、情報検索、機械学習などの多数の分野にわたる手法を統合する必要があった。質問応答の難しさ、Watsonに実装されて特に効果的であったと思える技術、人との対戦で感じたこと、などに言及するとともに、今後の質問応答技術の応用についての展望を示す。

「科学の言葉としての数学」
新井紀子(国立情報学研究所 教授)

人類がいつから「数学」という技術を持つようになったのか、はっきりとしたことはわかりません。ラスコーの洞窟の中にも、獲物の数を数えたらしい跡が残っていますから、そういう意味では、人類が「人類」として地球上に登場したときから、数学は私たちとともにあったといえます。認知科学の研究によれば、乳児の段階で人間は小さな数や量の違いを見分け、規則性や軌道を感じるそうです。人間は本能として、数と量とその変化という数理的な感覚を備えて生まれてくるといってよいでしょう。

数と量の違いを感じることができれば、大小や多寡を比較することができます。規則性や軌道を感じることができれば、予測したりリスクを回避したりできるようになるでしょう。数理の能力とは、損得を目敏く判断し、未来を予測しようとする能力なのです。これは、身体能力としては他の生物に比べて弱々しい人類のDNAに「生き残り戦略」として埋め込まれた能力だと言っても過言ではありません。

本講演では、古代バビロニアや旧約聖書に残る数理的記述からコンピュータまでの約5千年にわたる数理の歴史を、「人類の生き残り戦略」の観点から眺めていきたいと思います。

「21世紀型ソフトスキルとしての統計思考力の育成 ― 科学的探究・問題解決・意思決定のための統計教育 ―」
渡辺美智子(東洋大学 教授、統計数理研究所 客員教授)

OECD(経済協力開発機構)は、21世紀の知識基盤社会と呼ばれる新しい時代に、国際社会の中で私たちが生きていくための知識と技能をPISA(*)型学力として、生徒の到達度を国際比較しています。よく国別ランキングが新聞を賑わせ、日本の順位の低下傾向が話題になっているので、ご存知の方も多いと思います。このPISA型学力の中で統計思考力は、数理リテラシー、科学リテラシー、問題解決能力、読解力のいずれの分野においても重要な要素の一つとして取り上げられています。数理リテラシーでは「不確実性の数理」、科学リテラシーでは「科学的探究」、問題解決能力では「データに基づく問題解決」、読解力では「図・表・グラフを含めた資料の読み取り」、「批判的思考力」などが統計思考力と対応する内容になっています。

日本の学校教育では、これまで統計教育、とくに統計思考力育成のための統計教育は重視されてきませんでした。しかし、諸外国は既に20年ほど前から、科学的探究と問題解決の枠組みで、組織や自身の意思決定に繋げるための統計思考力の育成を目的とした教育改革を行い実践してきています。高度に複雑化した社会経済活動や自然現象に潜む不確実性を科学的に探求する技能としての統計思考力を人材育成の要として位置づけ、学校教育の早期から段階を追って教育しているのです。 

明日,雨が降るのか降らないのか,株価は上がるのか下がるのか,新商品はヒットするのかしないのか,この治療で病気は治癒するのかしないのか,大リーグのバッターは次の打席でヒットを打つのか打たないのか,次にどういう現象が生じるのかが確実に分からない事柄(不確実性)に関して,身近なデータに基づく議論で不確実性と適切に向き合い、データから客観的で実証可能な仮説や結論を導き出す、それらを生徒同士で議論する、このような統計教育の新しい形を講演で分かり易くご紹介できればと思います。

(*) PISA:Programme for International Student Assessment

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