研究室訪問

医学アカデミアにおける医療統計学の振興と発展を目ざして

 一般的には馴染みがない「コントリビュート」(Contribute)という言葉をよく使う。医薬品や医療技術の開発にContributeしたい、よりよい社会と医療のためにContributeしたい…。専門の医療統計学を通じ医学・医療へ「貢献したい、寄与したい」という意味だ。「医療統計学は医学・医療の発展を支える極めて重要な分野ですが、日本では大幅に遅れている。それを世界的な水準まで押し上げるのが目標です」。折しも国内の大学で臨床試験データの改ざん疑惑が問題化し、データ管理と統計解析の公正さが厳しく求められている時代である。まだ十分に整備が進んでいないこの分野を切り拓き、医療統計家として広く社会へ貢献したいと強い意欲を示す。

 はじめは九州大学理学部数学科で純粋数学を学んでいたが、抽象的な理論よりも現実世界の問題に貢献できる研究に携わりたいと、京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻へ進んだ。医療と健康に関わる広範な学問の体系的な研究・教育を行う欧米式の公衆衛生大学院(School of Public Health)に倣って日本で初めて2000年(平成12年)に設立された専攻だ。自ら医療や公益性の高い仕事に関心を持っていたので、大学で学んだ数学を医療統計学で生かし世の中の役に立ちたいと考えた。

顔写真

野間 久史
データ科学研究系
計量科学グループ助教

大学院での研究が国際一流ジャーナルに相次いで掲載される

 選択は正しかった。大学院でいきなり大きな足跡を印した。膨大な遺伝子情報の解析を行うための新しいベイズ流の統計手法について書いた修士論文が医療統計学のトップジャーナルのひとつである「Biostatistics」誌に2010年に掲載された。当時、ここに日本人の論文はほとんど掲載されておらず、修士課程の研究としては、ほぼ初めてとなる快挙だった。

 大学院ではその後、過去に行われた臨床試験の結果を統合し総合的な治療効果の評価を行うメタアナリシスについての研究論文などが「Statistics in Medicine」誌、「Biometrics」誌に掲載された。これら3誌は医療統計学での国際的なトップジャーナルと言われており、大学院での研究論文が、そのすべてに掲載された研究者は国内では稀だった。

 統計数理研究所には2012年4月に入所した。大学院生のころ、赤池弘次元所長の京都賞記念講演を聴いて大きな感銘を受けて以来、野間にとっては憧れの研究所への入所だった。以来、若手研究者として、医療統計学の理論や方法論の研究だけではなく、医学系の研究機関での共同研究や製薬企業、医学・薬学系の学会への技術協力など、さまざまな活動に取り組んでいる。

いつか内外から、日本の医療統計学は素晴らしいのだと思ってもらえるようにしたい

医学研究の発展に関わる理論的研究と現場での貢献

 研究テーマの1つの柱は「臨床研究・疫学研究における研究デザインと統計学の方法論」である。特に、国際的な注目度が高く、新規性・重要性の高い研究テーマに取り組んでいる。遺伝子情報や分子生物学的情報を医療で活用するための統計解析の方法の研究がその1つだ。高額の費用がかかる臨床研究で、コストを抑えつつ十分な統計的評価を行うための研究デザインの研究も行っている。有効性が確立された複数の治療の有効性・安全性を比較・評価するネットワークアナリシスや、医学研究における欠測データの防止と統計解析の方法についての研究にも取り組んでいる。こうした研究活動の中で今年5月には応用統計学会と日本計量生物学会から2つの学会賞を受賞した。

 もう1つの柱が、医学系の研究機関で行われる臨床研究・疫学研究の統計支援だ。海外では、医療統計家は、医学研究の科学的妥当性を保証する必須の人材として広く認知され、多くの大学や研究機関に医療統計学部門が置かれており、国内でもその重要性は広く知られつつある。野間は多くの研究機関に足を運び、がん・循環器疾患・呼吸器疾患・精神疾患など、さまざまな疾患領域の専門家との共同研究を行っている。

国内でも医学アカデミアにおける統計家の重要性が高まる

 医療統計学の重要性は、近年になって国内の全国の研究機関で急速にその認知度が高まり、多くの大学の医学部や臨床研究センターで医療統計家のポストが増設されている。一方で、十分な経験と研究業績を持つ医療統計家は完全に不足している。「いまや医療統計の専門家は医学研究の現場から大きな期待を寄せられています。海外にひけをとらない研究支援を行うためにも統計家同士の連携・協同や人材育成を行っていくことが重要だと思っています」

 臨床研究・疫学研究で一緒に仕事をした医学研究者から「統計の先生に参加していただくことでこんなに良い研究ができるとは思いませんでした」と言われるときは嬉しいという。同時に「大きな理想を持って大変な仕事をこなされている先生方や人間的にも素晴らしい先生方に出会えて、一緒にお仕事ができたときは心からよかったと思います」とも言う。

 明治維新で日本近代化の原動力となった鹿児島出身の野間は、実は当時の薩摩隼人のような熱い心を持っている。今後はこの分野で「世界的な水準の研究を目ざす」と明言する。「地道な仕事をコツコツと積み重ねながら日本の臨床研究・疫学研究がさらに世界から評価される成果を上げるようにしたい。いつか内外から、日本の医療統計学は素晴らしいのだと思ってもらえるようにしたい」。心の中で高い志を抱いて歩む研究者である。

(広報室)

図1.大規模遺伝子情報データの解析と効率的な臨床研究デザインについての研究。疾患の機序解明や画期的な新薬の開発、新たな分子診断法の開発などに大きな期待が持たれている。図2.双極性障害のネットワークメタアナリシス。過去の臨床試験の結果を統合し、治療間の有効性・安全性を総合的に比較・評価する研究である。国際共同研究グループによる研究に野間は統計家として参画している。写真1.2013年度はリスク解析戦略研究センターの医療系プロジェクトのリーダーを務めた。産学官の医療統計家の連携・交流や人材育成のために、ワークショップ、シンポジウムを主催した。


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