研究室訪問

極端な数値を扱う極値理論と無限分解可能過程を研究

 数学の理論を研究している。紙とエンピツがあればどこでも仕事ができる立場である。一般の人には難解でハイレベルな数学理論だが、理論のための理論を研究しているわけではない。工学、産業、経済、金融、気象、災害と幅広い分野での応用につながる基礎的な研究を行っており、研究集会や産業界との交流にも意欲的だ。専門をいかに分かりやすく説明するか、例え話をまじえて話す努力もしている。

 子どものころから算数、数学が性に合い、その方面に進むことを早くから志した。シロクロのつく、ハッキリとしたことを好む性格が左右しているという。主観が入り込む文系より正否が絶対的な数学の世界が気に入っていた。名古屋市の高校から東大数学科へ進み、名古屋大大学院で学んだ後、平成3年(1991年)に統計数理研究所へ入った。

顔写真

志村 隆彰
数理・推論研究系
統計基礎数理グループ助教

地震や大雨災害などで極端な値はどう出るかを研究

 専門は数学の分野の一つである確率論である。その中で主に「無限分解可能過程」と「極値理論」の研究をしている。

 水の中の花粉が周囲の影響を受け連続的にランダムに動くブラウン運動などの時間的推移を数学的に記述するものを確率過程と言い、無限分解可能過程はその中の1つである。ブラウン運動は連続的な動きだが、そこにはない、跳んだりはねたりする、不連続でより複雑な動きを無限分解可能過程は記述できる。この分野の研究には確率微分方程式の創始者として知られる伊藤清(故人)をはじめ、多くの日本人研究者が関わっており、最近は数理ファイナンスなどの応用分野でも広く活用されるようになってきた。

 極値理論は、ランダムな事象のうち大地震や大雨のような極端に大きい現象を研究するものだ。この理論は統計学との結びつきが強い。災害では小さいものを含む平均の数値はあまり意味を持たず、大きなものだけが問題である。そこで、極端な数値としてどんなものが出るか、確率的にどういう出方をするか、1番ではなく2番はどう出るか、などを研究する。歴史的には洪水などの災害対策を目的としていたが、最近では、この理論を使って人の究極の寿命やスポーツの究極の世界新記録を予想する専門家もいる。

 志村自身の研究は純粋な理論の部分である。主に数式を使って研究を進める。その1つは誤差についての研究。極値の世界では、データのちょっとした誤差が大きな影響を及ぼす。測定誤差は以前から知られているが、最近は「まるめ誤差」が目立つ。現実の数値は小数点以下何けたもの細かい数字だが、これを効率化のために切り上げて計算すると、誤差を含んだ結果が出てしまい、判断ミスにつながるおそれがある。ここ数年は、こうした誤差をどう制御するか考えているという。「何歳の人が何人いるかという計算でも、年齢だけでやると月や日単位の誤差が生じてしまう。人が何歳まで生きるかという追究では日単位までやらないと正確ではない。そうした理論を研究しています」

いいアイデアが浮かぶのは電車や出張時のホテルの中

分布の裾がなだらかだと極端なことが起きる確率が高い

 無限分解可能にも極値にも共通する、分布の性質を調べている。極端な値はどれくらい出るかという研究である。分布の裾、テールが正規分布のように鋭角に落ちず、連山の裾野のようになだらかに落ちていく場合は、極端なことが起きる確率が圧倒的に高いという。裾が重いとかヘビーテールと表現される。「金融の例で言えば、現象が裾の軽い正規分布に従っていればいいが、なだらかにゆっくりと落ちていくヘビーテールだと、確率的には、リーマン・ショックのような、いきなり大きなことが起きる」。これを野球に例えると「災害や金融の世界がアベレージヒッターだと御しやすいが、打率の悪いホームランバッタータイプだと、たいていは抑えられるが、たまに打たれると酷い目にあうようなもの」と分かりやすく説明する。「災害は忘れたころにやってくる」の数学的、理論的研究である。

 研究会や交流活動にも熱心だ。統計数理研究所で毎秋開催し、今年で22回目となる「無限分解可能過程に関する諸問題」と20回目の「極値理論の工学への応用」の研究会を担当している。とくに「極値」の研究会は国内ではここしかなく、志村はその責任者も務め、取り仕切っている。大学院生、一般社会人らを対象とした極値統計学に関する公開講座も過去3回開き、講師を務めた。昨年は文部科学省主導の「数学・数理科学と諸科学・産業との連携研究ワークショップ」に参加し、極値理論の工学への応用について産業界との連携を探る研究会を行った。

 数学を研究していると実業の世界とミゾが生じやすいが、志村は「協力できることはやります」と積極的姿勢だ。「極値理論は応用を動機付けとして始まったところがあり、産学協同は学問の流れとして不自然ではない。物の破壊とか耐久性、寿命と関係していますから。ただ、目標を指定されて、言われたことだけを研究しろ、みたいになると、純粋な学問からすると心配な面もある」と、慎重さも忘れていない。

正しく理解される統計報道を期待する

 こうした研究活動の経験から一般の人には「数字は統計の基本なので、よく考え、理解してほしい」と要望する。特にマスコミに対し「もう少し正確に伝えてほしい。統計的に怪しいことを言っても、そのままスルーしちゃうことが多い。不正確で誤解を与える報道の悪影響は決して少なくない」と言う。例えば、対象が限定されているのに一般的として伝えられる報道や、統計的には有意ではない、わずかな差に意味を持たせる報道。また、生活保護対象者200万人と報道する場合は、人口1億人中の200万人なら「100人中2人と表現する方がより実感をもって理解できると思う」と注文する。

 研究生活の息抜きは水泳で、プールで1、2キロは泳ぐ。広尾の研究所の近くにプールがあったので、ここの研究者は水泳を趣味とする人が多い。立川移転後は山へも行くようになった。研究室は6階の新しい部屋だが、いいアイデアが浮かぶのは電車や出張時のホテルの中が多いという。「研究室で何かひらめくことは皆無に近い。事務的な仕事も多いですから。旅行先は最近、非常に有効です」。周辺の景観や緑に恵まれた立川の地で大いに気分転換しながら、人類への貢献につながる研究に頑張ってもらいたいものである。

(広報室)

図1.統計数理研究所で平成24年夏に開かれた共同研究集会「極値理論の工学への応用」ではこの分野の世界的権威、Laurens de Haan氏が講演した。


図2. 極値理論の研究会集会では、報告集である共同研究リポートが作成され、関係方面に配布されている。


ページトップへ