研究室訪問

複雑なデータから関連性や因果関係を浮き彫りにする数理を研究

 政治工学、金融工学という言葉があるが、この分野はまだ未発達である。金融工学の本家本元のアメリカでサブプライムローンに端を発した経済危機が訪れていることが、そのことを示している。福水さんが取り組んでいる研究テーマが実りの時を迎えると、こうした社会科学の分野で展望が開けるかもしれない。ドイツとアメリカの研究活動で貴重な体験をした福水さんは、理論研究が最重要としながらも社会での活用を視野に入れた研究に取り組んでいる。

研究所の新機軸創発センター長に

 京都生まれの京都育ち。京都大学で数学を学び、「社会に役立つ仕事をしたい」と平成元年(1989年)、リコー中央研究所(横浜市)に入り、9年間在籍した。2年間の理化学研究所脳科学総合研究センターを経て、12年に統計数理研究所助教授に33歳で就任した。主な研究テーマは、新しいデータ解析の方法論である「カーネル法」の理論と応用と、確率計算の効率的方法に潜む数理的構造の研究など。16年に「特異モデルの統計学−未解決問題への新しい視点」(岩波書店、共著)を出版した。論文や発表で日本神経回路学会などから何度も賞を受けている。

顔写真

福水 健次
モデリング研究系・知的情報
モデリンググループ准教授
新機軸創発センター
センター長(兼務)

 20年4月、統計数理研究所の将来を見据えて新しく設置された新機軸創発センターのセンター長に就任した。研究所のコアとして、新しい潮流をつくっていく先導的セクションである。

 「外から何をやっているか見えやすいものとし、将来へつながるものを形にしたい。社会のニーズにマッチした統計数理の新しいトレンドをつくっていきたい。センター長はその環境整備係り。」福水さんは若手として研究所との長い関わりを期待されているのだろう。

外から見えやすく、社会のニーズにマッチした統計数理の新しいトレンドをつくっていきたい

多方面での応用が期待できる「カーネル法」

 このセンターで福水さんが取り組んでいるのが「カーネル法」を使って非線型の複雑なデータを分析し、物事の因果関係を推論していこうとする研究である。

 「社会科学で、調査データから因果関係を判定することは非常に難しい。タバコと肺がんは相関はあるが、因果関係の判定は簡単ではない。隠れた遺伝子によって両方が左右されているかもしれない。こういう問題に対し、カーネル法を使って因果関係を推論する研究をしている。ある程度、まとまった結果は出ています。」ドイツの研究者とも共同で取り組んでいる。

 この手法は、政治、経済、脳科学、生命科学など、さまざまな現象の分析と因果関係の判定に応用できるという。たとえば企業のサービスと顧客の反応、売り上げの関係という「原因と結果」の分析に使うこともできる。研究は平成14年から始め、すでに応用できるものが出ているという。企業やビジネスの世界にも応用でき、適用分野の広い、楽しみな研究である。

 もう一つの確率計算の効率的方法に潜む数理構造解明の研究は、理論の研究が中心だ。機械の自動故障診断に使われるような、複雑なネットワークで表現されるモデルを用いて推論を行う時に必要な確率を計算する際、「確率伝搬法」を使って近似計算を行うと非常によい結果が得られることが知られているが、どうしてそうなるかの裏付けがないため、その理論的根拠を追求している。

 この研究は携帯電話のノイズ除去やCD-ROM の音質精度向上などにも役立つ。これも少しずつ成果が上がっているという。

ちゃんとした使い道のある理論研究を

 福水さんの研究スタンスは、カリフォルニア大学(平成14年)とドイツ・チュービンゲンのマックスプランク研究所(18年)へ各1年間、滞在したことに大きな影響を受けている。

 「実はアメリカでは基礎研究は外国人をアウトソーシングしている。日本はポストや言葉の壁があって外国の基礎研究者を簡単に招くことはできない。自前で育てざるをえないのです。」

 そう考えた福水さんは、自らの基礎研究、理論研究を大事にするとともに、後進研究者の育成に多大な関心を寄せている。

 「日本では理論的な研究や長期的な研究は段々とやりにくくなっている。若い人が理論をやることにはリスクが伴っている。でも、理論研究は根絶やしにさせてはならない。応用どっぷりにならず、理論から応用までと進めたい。理論だけで閉じるのではなく、ちゃんとした使い道のあるような理論を研究したい。そのためにも若い人の教育は頑張りたいですね。」

 そう語る福水さんの好きな言葉は「Nothing is more practical than a good theory」、よい理論ほど現実に役立つものはない、という英語だ。

図1.確率密度関数の空間の中の特異点をもつ統計モデル。特異点のまわりではさまざまな興味深い現象が生じる。

図2.「カーネル法」によるデータの特徴空間への埋め込み。データの非線形な特徴が抽出される。

図3.「カーネル法」に基づいて推定した、変数間の因果ネットワークの例。

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