研究室訪問

「日本人の国民性調査」55年続く社会調査を担当

 5年に一度の大仕事のさなかにある。55年間続く伝統の社会調査「日本人の国民性」調査の担当の1人である。10、11月と実施し、これからが集計、分析の本番だ。

 「個人情報保護法や平成の市町村大合併後初の調査で、困難な調査環境にありますが、世界でも例を見ない継続調査なので、いい結果を出したいですね。」資料で埋まった研究室の中で日夜、研究作業に取り組んでいる。

昭和48年が意識の大転換点

 調査は、戦争に負けた日本人が自信を失い、自虐意識にとらわれているのではないか、として昭和28年(1953年)に始まった。アメリカから輸入されたランダムサンプリングの世論調査が研究され、民主主義の具現の一つとして、その技術開発を望む声が高まっていた時期でもあった。

顔写真

前田 忠彦
データ科学研究系・
調査解析グループ准教授

 第12回目の今年は、統計数理研究所の中村隆教授をリーダーとする4人の研究者が担当し、前田さんは事務局役も務めている。この調査は初回から面接調査だ。前回(平成15年、2003年)は対象4,200人、回収率56%。今回は全国400地点、6,400人対象。質問内容は少しずつ追加されているが、基本的なものは、時代の変化を見るため同じもので統一されている。

55年間で日本人の考え方はどう変わったか。「生まれ変わっても女性になりたいという女性は時代とともに増えた。無理な仕事はさせないが面倒もみないという課長より、無理はさせるが面倒見はいいという人情課長の方が長い間、圧倒的に支持されている。養子をもらって家を継がせたいという人は、どんどん減っている。一方、宗教を信じる人は30%程度と、ほとんど変化していない。日本人の人間関係の基底にあるウエットな価値観は変わっていない。」前田さんら担当研究者の分析だ。

 注目されるのは、昭和48年(1973年)が日本人の考え方の大転換点になっていることだという。この年を境に、自分が正しいと思えば世間に反しても押し通していい、子供にはお金が一番大事だと教えていいというドライな意見が目立って減少し、人間が幸福になるためには自然に従わなければならないという意見は上昇に転じた。経済成長路線から一度伝統回帰へと転換したという。長く、この調査に取り組んだ坂元慶行名誉教授の考察だ。この年は第1次石油ショックの年で、高い経済成長が終わった年でもあった。

日本人の価値観の変化をまとめ、一種の羅針盤のように、今後の判断材料として提供することによって社会に貢献したい

層化二段無作為抽出法の精度向上を研究

 前田さんは大学院で心理統計学を学び、平成6年(1994年)に入所した。専門は、社会調査、心理学的測定法。「日本人の国民性」調査には、入所直後から関わり、4回目となる。

 この調査の目的は、国民性の解明とその変化をみることのほか、調査方法と統計手法の研究開発がある。55年の間に研究開発分野でも多くの貢献をしてきた。よく知られているのは継続的社会調査の分析におけるベイズ型コウホート分析法の確立。中村隆教授によるものだ。人々の意見は、時代や年齢、育った世代(コウホート)に影響され、それが混然一体となっている。それをベイズ型モデルという統計的手法によって、きれいに分離させたのである。

 これによって、女性が生まれ変わっても女性になりたいという意見は、年齢や世代ではなく、時代の変化に影響されていることが分かった。宗教の調査では、時代や世代の影響はなく、加齢とともに信じる人が増えていることが分かった。

 数量化法やCATDAP(カテゴリカル・データ・アナリシス・プログラム)も、数値化が難しいデータの統計分析の面で国内の各種調査に多大な影響を与えている。

 担当14年目の前田さんは、調査の正確な実施に全力をそそぐとともに、調査対象者のサンプリングの方法である「層化二段無作為抽出法」の精度向上の研究を行っている(図1)。統計的な誤差を小さくし、より正確な結果を引き出すためである。

今秋の調査結果を来年5月に発表

 「国民性調査のような統計的手法による意識調査は、その時代の日本人が何を考えて生きていたかを記録する唯一の手段です。私たちは、日本人の価値観の変化をまとめ、一種の羅針盤のように、今後の判断材料として提供することによって社会に貢献したいと思っています。」唯一の手段であることは多くの人に知ってもらいたい、と前田さんは言う。

 「今年は平成20年なので、この20年間にどのような意識の変化があったかをみてみたい。情報へのアクセス方法が大きく変わり、人への信頼感や家族への思いがどう変化したか、注目すべきところです。調査結果を分析する中で、どういうことが言えるのかとストーリーを考える時が一番の楽しみ。そのストーリーが納得でき、統計学的にも裏付けが取れた時は面白いと思いますね。」

 前田さんは今、日本人の自信が回復しているかどうか、気になっている。バブル経済崩壊後、平成10 年(1998)調査では、日本人は自信を失い、自国の評価はがた落ちとなっていた。「今度の調査では回復するのでは、と期待していたが、この1年で経済状況の不安要素が多数出てきて、心配です。」

時代の大転換点とされた昭和48年(1973年)から35年後の今回調査。奇しくも再び石油の価格や経済の混乱に翻弄されている年である。日本はどのような時代を迎えているのだろうか。来年5月の調査結果の公表が待ち遠しい。(企画/広報室)

図1.第10次調査項目の推定比率と推定標準誤差調査の誤差に関する評価法の検討結果の図。最下段の実線はベンチマークの単純無作為抽出の場合の誤差の大きさで、各点はベンチマークよりどのくらい誤差が大きくなっているかを表示している。前田准教授作成

図2.「一番大切なもの」に対する1958年からの調査結果。「家族」という回答が増え続けている。国民性調査委員会作成

図3.女性の「女に生まれかわりたい」の3Dグラフ。年齢別(左下)、調査時期別(右下)に回答率(右上)を立体的に表示している。このような複雑なグラフに世代(コウホート)の情報が潜んでいる。国民性調査委員会作成

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