研究紹介

Donskerの不変原理と確率過程のノンパラメトリック推測

数理・推論研究系 西山陽一

 標題にある3つのキーワードから説明しよう。

 確率過程は時間とともに変化するランダム現象を記述するための数理的道具である。例えば、株価の変動がブラウン運動と呼ばれる確率過程を用いて記述されることは、現在ではよく知られている。また、地震の発生の危険率の時間的変化も、点過程と呼ばれる確率過程を用いてモデリングすることができる。打ち切りデータを含むセンサリングという現象を扱う生存解析の分野でも、確率過程の手法が応用されている。このように、確率過程の統計学における有用性は、すでに確立されている。

 Donsker の不変原理は、関数空間における中心極限定理の一種である。その歴史は古く、
Kolmogorov-Smirnov 統計量にまで遡ることができる。歴史的には、当初はそういった統計量の漸近分布は個々の問題に応じた特性関数の計算によって導出されていた。ところがDonsker は、それを統一的に扱う定理を証明した。すなわち、独立同一分布に従う1次元の確率変数の列に対する経験過程がブラウン橋に汎関数の意味で分布収束することを示した。その後、その結果の多次元化を目指した努力がなされたが、Dudley (1978)はそれを一挙に集合値確率変数にまで拡張した。彼の結果を改良することは80年代に入ってからも続けられ、独立同一分布の場合の集大成はvander Vaart and Wellner (1996) によって与えられた。その理論の中核はメトリック・エントロピーであり、学習理論におけるVC エントロピーとの関連で多くの読者に周知であろう。私の研究は、独立同一分布の仮定をゆるめて、マルチンゲールの場合にまで拡張することである。

 ノンパラメトリック推測といっても色々ある。その中でも私が研究しているのは経験過程に基づく理論の現代化である。例えば上述のKolmogorov-Smirnov 統計量の確率過程の場合への一般化は、最も基本的な問題のひとつである。また、経験過程の一般化にあたる積分型推定量の漸近有効性は、LeCam による局所漸近正規族の理論の無限次元の場合を応用することによって証明される。ノンパラメトリック最尤推定量を含むM推定量の収束率が、上述のメトリック・エントロピーを用いて記述できることが90年代になって証明された。無限次元Z推定量の理論は、セミパラメトリック推測の発展に貢献してきている。ノンパラメトリックモデルの変化点問題にもDonsker の定理は有用である。

 さて私の研究目標は、この3つのキーワードを結びつけ、確率過程のノンパラメトリック推測の理論の発展に貢献することである。まずDonsker の定理の確率過程の場合へ一般化することから始め、このステップはほぼ完成の域に達した。詳しくは省略するが、確率過程の場合に特有のquadratic modulus というランダムな量が確率有界で、かつ独立同一分布の場合と同じ形のメトリック・エントロピー条件が満たされている場合には、確率過程に対するDonsker の定理が証明できる。一方、ノンパラメトリック推測への応用のステップも、同時進行で逐次研究してきており、上のパラグラフで述べた課題はことごとく確率過程の場合に一般化できた。今後の目標は、1つ目は、ノンパラメトリック推測の理論への貢献を(先行研究の一般化のみならず) 独自の結果として産み出していくことである。2つ目は、計算機のためのソフトウェアの開発である。いずれも容易ではないが、やりがいのある課題だと思っている。

参考文献
Dudley, R. M. (1978). Central limit theorems for empirical measures. Ann. Probab. 6 899-929. Correction, 7 909-911.
Nishiyama, Y. (1999). A maximal inequality for continuous martingales and Mestimation in a Gaussian white noise model. Ann. Statist. 27 675-696.
Nishiyama, Y. (2000). Weak convergence of some classes of martingales with jumps.Ann. Probab. 28 685-712.
Nishiyama, Y. (2000). Entropy Methods for Martingales. CWI Tract 128, Centrum voor Wiskunde en Informatica, Amsterdam.
Nishiyama, Y. (2007). On the paper “Weak convergence of some classes of martingales with jumps”. To appear in Ann. Probab. 35 No. 2 or3.
van der Vaart, A. W. and Wellner, J. A. (1996).Weak Convergence and Empirical Processes:With Applications to Statistics. Springer-Verlag, New York.

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