響き合う人とデータ―統数研プロジェクト紹介

第34回「アジア諸国の資源管理に関わる統計実践教育と研究ハブ組織の形成」

保全と利用の最適バランスで途上国の森林資源を持続可能に

森林は世界の陸地面積の3割を占め、多くの生物の生息地となっている。減少を続ける開発途上国の森林の保全は、地球規模の課題だ。一方で、保全のための過剰な規制は、森林の利活用を生活基盤とする途上国経済に打撃を与える。トレードオフの関係にある保全と利活用の最適なバランスを統計学の手法で明らかにし、現地に技術移転するプロジェクトを紹介する。

開発途上国が自主的に最適な森林資源管理をできるように

開発途上国の森林資源管理をめぐる問題には、複雑な事情が絡み合っている。

いきすぎた伐採によって森林が減少すれば、環境負荷は高まる。その半面、生態系保全のために伐採規制を強化しすぎれば、豊富な森林資源があるにもかかわらず、現地の人々がそれを活用できなくなってしまう。過剰な規制は、途上国の貧困問題に直結する。

一方で、従来自国産の木材でつくった家具を輸出していた途上国が、原料を他国に依存するようになり、「環境負荷の国外移転」だとして国際的な批判を招く状況も生まれている。天然林資源を適度に利活用することで外材依存度を低減させつつ、多種多様な野生動植物の生息地保全を達成できる管理手法の確立は喫緊の課題だ。

▲吉本敦教授

統計数理研究所データ科学研究系の吉本敦教授は、2001年に数理モデリングの知見を森林資源管理に生かす有志の研究会「FORMATH(Forest Resources & Mathematical Modeling)」(2020年にFORMATH研究学会に変更)を立ち上げ、シンポジウムやワークショップの開催を通じて20年以上にわたり、この問題に取り組んできた。

「最も重要なのは、現地を熟知している各地域の人々が自分たちの手でデータを収集し、分析し、それに基づいて計画を立て、森林資源を管理できるようになることです」と吉本は信念を語る。森林の利活用によって生計を立てている現地の人々の事情を顧みず、先進諸国の価値観に基づいて自然保護を推し進めるような従来のやり方に、以前から疑問を持っていたという。

「先進諸国の研究者らが現地でデータを取って自分らの研究に利用するだけでは、途上国の人たちにはメリットがありません。解析の方法論を技術移転し、現地の人たちが自分らで分析できるようになれば、森林資源に対する意識も変わり、保全と開発のバランスを取りながら計画的に森林資源を管理できるようになる。SDGsの本質である『持続可能な開発』という思想にも適うはずです」と吉本は話す。

統計解析手法を軸に他分野からも研究者が集結

森林資源管理の技術移転を目指し、吉本は東南アジアの国々を訪れてワークショップを開催し、フリーソフト「R」を使った統計解析手法を伝授する活動を地道に続けてきた。そんな吉本の熱に感応して集まってきた若手研究者も少なくない。現在、統数研で吉本とともにプロジェクトを進める加茂憲一客員教授と木島真志客員教授もその仲間だ。

▲加茂憲一客員教授

加茂は統計数学の専門家で、主に医療分野の研究を手がけてきた。2004年の統計学会で吉本と出会い、その後2007年にFORMATH神戸のシンポジウムを機に研究交流を開始。同シンポジウムでカンボジアの研究者から同国の森林管理の実情を聞いたことをきっかけに、現地のワークショップを担当するようになった。

「数学科の出身で、林業のことはまったく知りませんでしたが、温かく迎えてもらえました。それに、医療統計で用いる技術は森林にも適用できます」と加茂は話す。例えば、森林における枯死リスクの特定には、人間の疾病と喫煙や肥満などの要因との相関を調べるのと同じ手法が応用できる。

「もともと統計を社会のために役立てたい気持ちが強くあり、医療統計を研究テーマにしたのもそのためでした。森林に関するテーマは、解析に基づく施策が実施されてから結果が出るまで長い時間がかかりますが、その分やりがいがあり、最後まで見届けたいという思いが湧きます」。加茂は、現地のワークショップでは受講者からひっぱりだこの人気講師だ。

2023年2月にインドネシア農業経済学会プレイベントで開催したRのワークショップ。総勢50名程度が参加した。コロナ後でのオンライン・オンサイトのハイブリッドで開催。 ▲木島真志客員教授

木島は経済学部の学生時代から、フィリピンの植林ボランティアを経験するなど森林問題に関心があり、アメリカの大学院で林学を修めた。FORMATH神戸で旧知の吉本からシンポジウムに登壇者として招かれ、加茂ともここで知り合った。「吉本先生からアジア諸国の森林についての構想を聞いたとき、自分もぜひ参加したいと思いました」。木島はそう振り返る。

同年に帰国した木島は当時、東北大学に所属していた吉本のもとでポスドクとなり、2008年に吉本とともに統数研に移籍。現在は、途上国との共同プロジェクトの企画や相手国との調整なども担当している。

ひとくちに森林資源管理と言っても、各国の事情やニーズはさまざまだ。例えば、山岳地帯のネパールでは、エコトレイルや自然公園など森林を観光資源として開発するための最適な手法を求めている。「以前、ポルトガルのモンタド生態系の資源管理のために開発した景観評価手法が、活用できると考えています」と木島は話す。

長年ワークショップを続けるなかでの変化もある。カンボジアは政府が失業者を森林管理者として大量に雇用したことから、当初はコンピュータに触ったことのない人もいたという。それでも最近は、ワークショップに先立ち、自発的に事前講習会を行うなど態勢が整ってきた。「初期の受講者が、今では事前講習会の講師として新人を指導しています。これも続けてきたことの成果の一つと思うと嬉しいですね」と吉本は頬を緩ませる。

また、インドネシアではランプン大学でセミナー・ワークショップを重ねた実績が、統数研とランプン大学のMOU(Memorandum of Understanding:国際交流協定)締結につながった。さらにその後、インドネシアの農業経済学会も巻き込み、大規模なワークショップを展開するなど大きな広がりを見せている。

途上国の森林を対象とする共同研究コンソーシアムが発足

2019年には、吉本が以前から構想していたコンソーシアムが、統数研の分野横断型NOE(Network Of Excellence)に採択されて実現した。農業・森林資源管理に関する共同研究を実施するための基盤となるもので、「AgFReM(Innovative Research Consortium for Asian Agri-Forest Resource Management:アジア農林資源管理革新的研究コンソーシアム)」と名付けられた(図1)。

図1:AgFReMの概念図。アジア諸国で農業・森林資源管理に関する共同研究を行うためのプラットフォームとして、研究コンソーシアムを構築する。フィールドデータを収集・アーカイブしてデータベースを開発し、統計分析を実施。天然資源の可用性を予測し、効率的かつ効果的に管理するための意思決定支援システムを開発する。最終的には、利用可能な科学的根拠と最新の分析ツールに基づいて政策分析に役立てる。また、コンソーシアムは共同研究の機会を提供し、ワークショップを通じてアジア諸国の若い学者や実務家の育成に貢献する。

現在は、カンボジア、ベトナム、ネパール、ラオス、インドネシアの5カ国の農業・森林資源を対象として、現場データの収集とアーカイブ、データベースの開発、統計分析の実施、将来の天然資源の利用可能性の予測、天然資源を効率的かつ効果的に管理するための意思決定支援システムの開発などのテーマで活動を展開。コンソーシアムには、ポルトガル、チェコ、カナダ、台湾、韓国などの研究機関や大学も参加している。

AgFReMが目指しているのは、「森林生態系ランドスケープ管理」と呼ぶ概念を創設し、天然林資源の最適な利活用のあり方を探求することだ。森林生態系ランドスケープ管理とは、「地域コミュニティーによる持続的な森林施業の管理」と「保護区の形成」をランドスケープレベルで達成するもの。広域の天然林を施業区と保全区に二分するのではなく、両者を分散して配置し、それぞれの保全区を野生動物が行き来できるようにする(図2)。

図2:森林生態系ランドスケープ管理のイメージ。保全区の空間構造が画一的で、保全区と施業区が二分された状態から、保護対象動物ごとに異なる空間構造を持つ保全区の周囲に施業区が分散配置された状態へ導く。

そのためには、伐採後の土壌に残った枝や根を取り除く「地拵え(じごしらえ)」や、森林を維持しながら用途に適した木を選んで切る「択伐(たくばつ)」といった施業を「いつ、どこで、どの程度」行えば需要に見合う木材を確保でき、しかも野生動植物の生息地を保全できるかを定量的かつ客観的に評価する必要がある。

インドネシアではエビなどの集約型養殖の急速な普及によって多くのマングローブ林が伐採されてきたことから、マングローブ植林・育成と養殖を組み合わせる「シルボフィッシャリー」が導入されている。伐採の閾値を突き止めることで、持続可能な利活用の可能性を探る。

しかし、森林資源管理の最適化の基盤となるデータの収集が、いずれの国もまだ十分ではない。データを収集し、それを蓄積するデータベースの構築を急ぐと同時に、それらのデータを活用した解析や最適化モデリングを遂行できる研究人材も育成しなければならない。

そこでAgFReMではこれまで続けてきた現地でのワークショップや日本各地でのシンポジウムに加えて、東京・立川の統数研に若手研究者を受け入れるインターンシップなどを開催している。

Rのワークブックを独自に作成し、ワークショップで活用している。英語版のほか、カンボジア語、ベトナム語、ラオス語にも翻訳した。

また、各国と個別に共同プロジェクトも展開している。例えばベトナムとの共同プロジェクトでは、ベトナム森林調査計画研究所のチームと、統数研を中心とする日本側研究チームが協働。ベトナムチームは現地の天然林でデータ収集のノウハウを蓄積している。

フィールド調査の様子。2022年に北部沿岸ベトナム森林研究所Ha Long地域試験林でThuyen氏(写真左)と、2023年には南部沿岸フエン地区周辺でThuy氏(写真右)と実施した。

一方の日本チームは、最新の統計手法を駆使した分析や森林ランドスケープレベルの管理・利用の最適配置を決定する離散最適化モデルの開発などの知見を有する。両者が情報共有によって互いのリソースを活用することで、測量技術やモデリングの応用方法についての新たな研究シーズの発掘につながることが期待される。

「ベトナムは不適切な木材輸入によって諸外国から批判されていますが、ベトナム製家具の主な輸出先は日本なのです。その意味でも、日本の研究者がベトナムの研究者と力を合わせ、科学的な知見に基づいて状況改善に取り組むことに意義があります」と吉本は言う。

今後は、調査地でドローンとLiDAR(3D測量機)によるデータ収集を進め、収集した高次元データに基づく統計手法や大規模離散最適化手法の開発により、森林生態系ランドスケープ管理に対する最適化モデルを構築。それによって持続的な生態系保全・資源利活用の最適な管理を明らかにし、実装に向けた政策を提示していく予定だ。

途上国経済に配慮しながら地球環境を保全するグローカルな解決策を導き出す。低くはないこのハードルも、コンソーシアム参加メンバーのコミュニケーションと統計数理の力で乗り越えられると信じたい。

(広報室)


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