コラム

星の王子さまとキツネの絆、人々のつながりのメカニズムを調査で知る

朴 堯星(データ科学研究系)

 「なつくこと、絆を結ぶということだよ。…もしきみがぼくをなつかせたら、ぼくらは互いに、なくてはならない存在になる。」

 (星の王子さま アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ/著、河野万里子/訳)

 『星の王子さま』の一節である。旅のなか、友達が欲しくなった王子は、砂漠でキツネに出会う。キツネから絆を学び、互いに唯一の存在になる。そしてその絆を通じて2人は大切な友達になる。

 子供のころは絵本に描かれた王子に惹かれ、その後は、思春期ならではの葛藤を重ね、どこに居ても人は寂しいと嘆くキツネの一言に惚れ込んだ記憶がある。そして不惑(昨日も今日もあれこれ迷ってしまうのだが)に近づくようになった今、「なつくこと」、すなわち、人々のつながりの大切さを考えさせられる物語と読める。きっと、人々は、じっくりと時間をかけ、段階を踏んで他者との人間関係を形成していく過程で、一人ではなく、誰かとつながっている自分に安堵しているのではないだろうか。

 つい最近、全国の政令市で2015年度に亡くなった人の約30人に1人が、引き取り手のない無縁仏として弔われていたという(毎日新聞https://mainichi.jp/articles/20170716/k00/00m/040/143000c)衝撃的なニュースを耳にした。これは、都市化・少子高齢化に伴い、地域生活上の人々の連帯性の喪失が進み、人々のつながりが弱くなってしまったことに関連するだろう。しかし一方で、例えば2011年東日本大震災の直後、震災地域の復旧活動にいち早く取り組んでいる自治会・町内会などの地域コミュニティの活動が話題になっていたことは記憶に新しい。さらに2016年熊本地震でも、隣近所同士の助け合いや互いに分かり合えることが一番の慰めになったとの被災者の声が多いと聞く。このことは、現在でも人々のつながりを通じたコミュニティが地域の問題解決に取り組んでいることを意味する。現代社会は、人間関係の希薄さと裏腹に他者とのつながりをより求めていることがうかがえる。

 このような問題意識をもとに、私はパーソナルネットワークの重要性に焦点を当て、これまで統計数理研究所で実施されている日本人の国民性調査および多摩地域住民意識調査で培ってきた統計科学的調査手法のノウハウを基盤に、自治体調査を行っている。

 現在、日本の地方都市においては、人口減少を契機に、象徴的な意味での「老い」が進んでいる。過疎地域の多い市町村においては、地域コミュニティの再構築を目指して地方移住政策に取り組んでいるものの、一向に移住者は増えていないのが現状である。それは、移住者と地域住民の間の関係に対し、家族、親戚、隣人、職場の同僚等、住民自身の周囲の親密な人物で構成されるパーソナルネットワークが、どのようにコミュニティとして相互的に溶け込んでいくのかについて究明されていなかったことが原因の一つとして挙げられる。そこで現在、地方移住に力を注いでいる東京都島しょ部、三重県および島根県の過疎地域市町を対象とした調査を進めている。まず、複数の自治体における地域支援・移住推進部署者並びに関係者へのヒアリングを行っている。そして、実際、ぶらぶら街歩きをしたり、スーパーや駅などで地域住民とおしゃべりしたりする中で、移住そのものに対する地域住民の意識をつかもうとしている。こういった下ごしらえのもと、移住者と地域住民のパーソナルネットワークに関する統計科学的調査手法に則った量的調査を行い、その実態を多角的かつ徹底的に明らかにする。そしてそのデータを用い、統計科学の先端的なモデリングによる問題の解決を試みている。

 このように複数のアクターをターゲットとした調査の実施は、けっして容易ではない。しかし、丁寧な調査で得られたデータをもとに、パーソナルネットワークを軸としたコミュニティの再構築メカニズムを究明することは、希薄な人間関係から生じる現代社会の諸問題の解決の鍵になると考えている。そして、最終的には、社会システムの制度設計の在り方の解明に貢献できると期待している。

式根島の風景

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