コラム

走るということ:クーパーって知ってますか?

上野 玄太(モデリング研究系)

 その日の仕事を終えて運動着に着替え、市役所前の横断歩道を渡ると、昭和記念公園の外周・8キロのジョグのスタートである。これを書いている12月は手袋がいる。

 速く走るには、つま先で走ればいいのだ。そうわかったのは保育園のころである。運動会も手つなぎ鬼もハンカチ落としもそれで十分だった。しかし小学校に入ってサッカーを始めると、それだけでは足りないことが分かってきた。15分ハーフの試合でも、ずっとつま先で走り続けるのは不可能だったのである。

 そんなサッカー部の練習メニューに、「クーパー」というものがあった。「クーパー30分」などと使う。あらかじめ決めた時間をずっと走り続けるという練習である。「クーパー30分」ならば30分間走り続ける。30分間校庭のトラックを周回するのだが、これはきつい練習だった。小学生の心理として、1周100mのトラックを何周もし、ときに周回遅れが起こる状況は闘争心をかき立てる。いきおい、スタート直後に得意のつま先で飛ばして大幅リードを狙ってしまうのだが、2周目くらいでばて、以降ペースは上がらず抜かれていく。そう苦しんでからは、30分間の持久走なのだから、初めから飛ばさず先頭集団についていくのだ、早く飛ばしても後で抜かれるぞ、飛ばすのはラスト30秒だ、と心を改めた。

 誤りである。これは「クーパー」のあるべき姿ではない。と気づいたのは、大学院を終えて統数研でポスドクを始めたころである。港区スポーツセンターでエアロビクスに興味を持ったおり、エアロビクスを有酸素運動のプログラムとして提唱したケネス・クーパー博士の名をふと思い出した。そういえばそんな名前のきつい練習があったなあ、とぼんやり思った直後にあっと声が出た。まさにその博士の名前から来ているに違いない。

 そのとき有酸素運動の練習法の代表格は、大学のスキー部で経験したLSD(long slow distance)である。LSD とは、ゆっくりしたペースで長時間走る練習法である。心拍数が毎分130回を超えないというのは本当にゆっくりで、厳密に守って鴨川でウォーキングの人に抜かれたこともある。途中で給水もするし、心拍の上限設定があるために息が上がることもないので、きつい練習ではない。LSDを行うことで、今までの走り方よりも楽な走り方があることに気づかされた。正しい姿勢を維持し楽な呼吸を確保したうえで、正しい動作を繰り返すことが大事だ。「つま先」以来の開眼だった。

 本来は「クーパー」の小学生時代にLSDの効果が得られたはずであった。しかし、「走る」ことと「速く走る」ことが同義で闘争心溢れる小学生に、ゆっくりしたペースで走ることの意義を理解させるには情報が少なすぎた。練習時間中には水を飲んではいけない時代である。

 市役所前をスタートした昭和記念公園の外周コースのお気に入りの景色は、昭島口を過ぎて公園を左手に見ながらの左カーブである。都道153号線の道なりに、夜の中に青梅線の明かりが見えてくる。暗い中のことなので、写真でお見せするのは技術的に難しい。そのかわりに示すのは、海外出張先で早朝や昼休みに走ったときに出会った風景である。

 走る時間のある生活では、研究活動がうまく流れている。走り終わって高松駅に向かうのは、明日への期待を予感させる至福の時間である。

雨上がりのルンド駅にて

アルヘルゴナ教会前にて

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