コラム

統計地震学の起源と進展

庄 建倉(モデリング研究系)

 「統計地震学」(Statistical Seismology)は、著名な地震学者、安芸敬一博士(1930―2005)が1956年にはじめて使用した用語である。1993年Vere-Jones 教授が中国科学院研究生院の大学院生に行った連続講義について石耀霖教授(Shi Yaolin)は「統計地震学コース」と称した。以来、統計地震学は、地震学中の統計的問題に対処するための応用統計ではなく、地震発生のプロセスを確率的に理解するための研究対象を意味している。これはたとえば物理学における“統計力学”に対応するものである。

 発生しては減衰する地震波の時系列は、時間軸を縮小すると、各地震の波形部分がパルスになる。1960年代から70年代、Vere-Jones教授は地震の発生事象を点過程(連続時間軸上の事象の発生の確率過程)で初めてモデリングした。その後、点過程の核心になる概念「条件付き強度関数」が形成される。これは例えば、過去の地震の発生時刻、場所、大きさなどや他の地球物理学的観測値の時系列の履歴の情報のもと、将来の地震の発生率を表す確率関数である。

 1980年まで統計地震学に関する発表された論文は10本足らずであったが、その後この研究分野は急速に発展する。今では多くの地震学者は地震現象の不確実性を定量化することの重要性を認識し、ますます地震発生の様々な点過程モデルを提案している。

 2001年南カリフォニア地震センターがカリフォニア州の地震活動をモデリングするためにRELM(Regional Earthquake Likelihood Models)共同研究プロジェクトを始めた。これが発展して現在、スイス、イタリア、ギリシャ、日本、ニュージーランド、中国なども含む世界規模のCSEP(Collaboratory for the studies of earthquake predictability、地震可予測性の共同研究)プロジェクトに拡大している。これらのプロジェクトで統計地震学は中心的な役割を果たしている。

 統計地震学に関する代表的な学術集会は統計地震学国際ワークショップ(The International Workshop on Statistical Seismology、略称Statsei)である。最初の統計地震学国際ワークショップ(Statsei1)は、中国の地震学者、馬麗博士(Ma Li、1945―2008)の尽力で1998年中国杭州市にて開催された。それから、ほぼ2年ごとに開催されている。Statsei2は2001年ニュージーランド、St atsei3は2003年メキシコ、Statsei4は2006年日本(葉山)、Statsei5は2007年イタリア、Statsei6は2009年アメリカで開催された、Statsei7は今春ギリシアで開催される予定である。

 学生や若手研究者のための統計地震学の教科書がないので、2010年に私を含む有志がスイス連邦工科大学に集まり、WEB版教科書(Community Online Resource for Statistical Seismicity Analysis、略称CORSSA)の編集を始めた。編集委員会はCORSSAプロジェクトを周知するために、AGU(米国地球物理学連合)2010年秋季大会で“統計地震学の進展と教育”という分科会を開催した。これは、もともと小さいセッションとして計画したが、最終的に地震学に関する分科会の中で最大となった。発表応募が非常に多かったためである。

 赤池博士(統計数理研究所元所長、1927―2009)が1976年にVere-Jones教授を招聘して以来、統計数理研究所の統計地震学研究グループは一貫してこの分野の展開に大きく貢献している。とくに1980年代、尾形良彦氏はETASモデルを開発した。このモデルは地震活動の標準モデルとして考えられ、様々な研究仮説を検証するために使用されている。第4回の国際統計地震学研究集会は2001年に当グループによって組織され、地震学研究者層への影響力を格段に拡大した。現在、時空間モデルと予測評価方法などの研究開発に貢献し、短期・中期・長期の確率予測の実践に関してCSEP プロジェクトに参画している。

 この3月11日には東北地方太平洋沖地震が発生し、甚大な被害が報告されている。被災された皆様に心よりお見舞い申し上げるとともに、我々のグループの研究成果が将来、そのような地震による被害の縮小に役立つように尽力したいと考える。

世界地震活動分布から見たプレート境界

ページトップへ