コラム

医学統計の今。そして、新しい試み

松井 茂之(データ科学研究系)

 私が主にかかわっている医学の分野は、数ある統計科学の応用分野のなかでも、もっともダイナミックで活発な分野の一つといってよいのではないだろうか。医師も含めこの分野の研究者は、人間社会の根幹にある健康問題に真っ向から取り組んでいるという使命感、緊張感はもちろんのこと、研究者の多さ、その独特な(階層的)組織体系もあってか、総じて、かなりアグレッシブである。当然、彼らと一緒に仕事をすることはたいへんである。しかしその一方で、いろいろな面で得るものが大きいのも事実である。一流のscientist、医師の先生方と共同研究ができればなおさらである。

 90年代に欧米でひろがったEvidence-basedmedicine(根拠にもとづく医療)という考え方は日本でもすでに定着している。医学論文の審査に関しては、医学系の一流雑誌はどこも統計レビューボードをもつようになり、私のところにも三ヶ月に一回程度、医学論文の査読の依頼がくる。研究デザインや統計解析に大きな問題がある医学論文は受理されないことになるので、統計家への統計相談や共同研究の依頼は増加の一途をたどっている。さらに、最近では、世界的に高く評価されている日本の医学基礎研究の成果を臨床応用することで、医療分野での国際的競争で活路をみいだそうという動きがある。これはいわゆる橋渡し研究(translational research)とよばれるものであり、再生医療、医療機器、テーラーメイド医療などの先端的医療技術の開発のための臨床研究を行うための基盤の整備が国家的事業として行われている。今後、医学・臨床研究での統計家の役割はますます重要となり、より高度な専門性が求められることは確実である。特に、先端的医療技術の開発では、開発全体を見通した上での新しい統計的方法論・手法の開発が必要である。従来の“検定”一本槍の考え方では通用しない。

 しかしながら、現場の統計家は基本的に医学研究の実務に日々追われており、統計の研究をするためのまとまった時間をとるのはなかなか難しいのが現状である。これに対して、現場の統計家のネットワークをつくって互いに問題を共有し、そこに、統計数理の理論家も加わって、共に連携して問題解決をする体制をつくりたいと以前より考えていた。幸いにして、このたび、情報・システム研究機構の次期「新領域融合研究センター」プロジェクト立案のための調査研究において、このネットワーク作りの支援をいただいた。全国の医学研究拠点を訪問し、このネットワーク作りを呼びかけたところ、すべての統計家の先生方からご賛同をいただいた。 ネットワークは国内だけに限らない。例えば、今年1月と2月には、がん臨床研究のデザインと統計解析の世界的権威である米国国立がん研究所のRichard Simon博士(写真右)と再会し、改めて今後の定期的な研究交流を約束した。今後はこのネットワークがうまく機能し、さらに発展するよう、粘り強くがんばってゆきたいと思っているところである。

純ジャパニーズスタイルの居酒屋にて(今年2月、京都)

ページトップへ