第66巻第1号3−14(2018)  特集「統計教育の新展開」  [総合報告]

小学校・中学校における算数・数学教育の中に如何にして統計的考え方を導入すべきか?

独立行政法人統計センター 椿 広計

要旨

この総合報告は,日本の初中等教育に導入すべき一般的問題解決を支援する統計的思考の役割とあり方を明確にすると共に,数学的知識と統計的ものの見方を融合したより有効なアクティブ・ラーニングのあるべき姿について論じる.

キーワード:PPDACサイクル,QCストーリー.


第66巻第1号15−36(2018)  特集「統計教育の新展開」  [総合報告]

統計的探究プロセスとその評価

東京医療保健大学 深澤 弘美
東京情報大学 櫻井 尚子
滋賀大学 和泉 志津恵

要旨

Cyber-Physical System(CPS)によるデータ駆動型社会では,あらゆる業種や領域においてビッグデータをはじめとするデータ活用による意思決定プロセスが必須となる.インターネットの普及やモバイル社会,IoT,AIの進化により,データの蓄積は爆発的に増殖を続け,従来,勘や経験に頼っていたあらゆる人々の選択や判断は,データの分析結果を根拠に行われる.このような時代に生きる必要条件として,統計を用いて問題を探究し,科学的に判断する力の重要性はますます高まっている.本稿では,科学的探究力・科学的判断力の育成を目指した統計教育の在り方,具体的な授業のデザイン,評価の方法について,イギリス,アメリカ,ニュージーランド等の海外の事例を含めて調査・研究した結果をまとめる.科学的探究や判断を実体験させる授業デザインとしては,統計的探究プロセスに沿って問題解決を行うプロジェクト型式の授業を提案する.評価については,統計的探究プロセスの各フェーズにおける生徒や学生の理解や能力を評価する基準として「統計的問題解決評価ルーブリックSPART」を提案する.

キーワード:統計教育,統計的問題解決,PPDACサイクル,探究力,アセスメント.


第66巻第1号37−48(2018)  特集「統計教育の新展開」  [総合報告]

中高一貫校における統計教材開発

成蹊高等学校 須藤 昭義

要旨

2017年2月,文部科学省から新学習指導要領(案)が公示された.それによると,小学校算数,中学校数学において統計分野の内容がこれまでと比べより充実したものになっている.閣議決定や日本学術会議数理科学委員会数学教育分科会の提言など世の中の風潮を考えると,高等学校の統計分野も同じように充実したものになるだろう.
ところが現在の教員の多くは,小学校,中学校,高等学校で統計をほとんど習っていない.中高の数学教員でさえ,大学での統計関連の習得単位は2単位ほどであることが多いのである.また,新しく出版される教科書も学習指導要領の充実した内容に対して記述量が十分でない可能性が大きい.
本論文では,現在の教育現場における統計教育の問題点をまとめ,この問題点が解決できる教材として提案した中高一貫校用のテキストの説明をする.さらに,このテキストによってどのような教育効果が期待できるかについて述べる.

キーワード:テキスト形式の統計教材,私立中高一貫校,中学校,高等学校.


第66巻第1号49−62(2018)  特集「統計教育の新展開」  [総合報告]

臨床統計家育成の諸問題

京都大学大学院 田中 司朗
京都大学大学院 相田 麗
京都大学大学院 今井 匠
京都大学大学院 廣田 誠子
京都大学大学院 森田 智視
国立循環器病研究センター 濱崎 俊光
京都大学大学院 佐藤 俊哉

要旨

臨床試験の実務を行う統計の専門職(臨床統計家)の人材育成が社会から強く要請されている.2016年には日本医療研究開発機構生物統計家育成支援事業が公募され,京都大学大学院と東京大学大学院が選定された.また,2017年には日本計量生物学会が試験統計家認定制度を開始した.このような国・学会の動きの中で,どのように臨床統計家を育成すればよいか.本論文では関連する国内外の取り組みを概観し,公衆衛生大学院における教育モデルとして京都大学臨床統計家育成コースを取り上げ,臨床統計家育成の諸問題について論じる.公衆衛生大学院における教育モデルの特長として,(1)医学系科目が充実していること,(2)医学研究の経験,研究倫理,コミュニケーション能力など座学では身につきにくい能力を涵養することができること,(3)医療統計学以外の学生・教員への波及的な教育効果が見込まれることがある.その一方で,課題として挙げられるのは,(1)日本の公衆衛生大学院において医療統計学の教員は数人程度に過ぎないこと,(2)既存の学部からの分野を越えた学生募集が海外に比べ難しいこと,(3)長期的視点に立ったときの教育の在り方である.

キーワード:臨床統計家,臨床試験,医療統計学教育,公衆衛生大学院,日本医療研究開発機構(AMED).


第66巻第1号63−78(2018)  特集「統計教育の新展開」  [総合報告]

データサイエンス教育の滋賀大学モデル

滋賀大学 竹村 彰通
滋賀大学 和泉 志津恵
滋賀大学 齋藤 邦彦
滋賀大学 姫野 哲人
滋賀大学 松井 秀俊
滋賀大学 伊達 平和

要旨

ビッグデータから価値を引き出すための方法がデータサイエンスである.データサイエンスの技術的基礎をなすのは,データエンジニアリング(情報学)とデータアナリシス(統計学)である.理系のスキルを持つとともに文系的なマインドも持つデータサイエンティストを育成するため,滋賀大学データサイエンス学部が2017年4月に誕生した.本論文では,滋賀大学のデータサイエンス教育の内容を解説する.まず滋賀大学モデルの概要をまとめる.続いて,データサイエンスの情報系と統計系のカリキュラムについて,それぞれ述べる.そして,これらのカリキュラムをサポートする学習環境について述べる.さらに,課題解決型(Project-Based Learning,PBL)演習のための国内の組織との連携の実例を幾つか紹介する.国内の多くの大学が,滋賀大学モデルを参考にして,データサイエンス分野の教育を強化することを期待したい.

キーワード:ビッグデータ,課題解決型学習,アクティブラーニング,MOOC.


第66巻第1号79−96(2018)  特集「統計教育の新展開」  [総合報告]

大規模授業支援テスティングシステムとそのラーニングアナリティクス

広島工業大学 廣瀬 英雄

要旨

多様な学生を受け入れながら最終的には大学のディプロマポリシーに沿う学生にまで育成させる使命を負う大学が抱えている重要な課題の一つは,早期にドロップアウトリスクを持つ学生を発見し適切な手当てを施し可能な限りそのリスクを低減させることである.このため,広島工業大学では新しく開始した基礎教育のフォローアッププログラムに,項目反応理論(IRT)を用いた評価法を取り入れたオンラインテストシステムを組み込み,2016年4月から運用することで対応してきた.対象学生は1年生全員で対象科目は数学(解析基礎と線形代数)である.開始から2年が経過した現在,システムは順調に動き,ラーニングアナリティクスが実施できるようなデータもそろいつつある.そこで本稿では,これを,大規模なテスティングシステムによって学習データを周到に蓄積するシステムの事例として紹介し,そこから得られた大量のデータを統計的に分析することにより,ドロップアウトリスクのある学生を早期に特定する可能性について述べる.これまで漠然と感じてきたリスク要因が,データを統計的に分析することで明確に示されるようになった意義は大きい.ここで調査した科目は数学であるが,他の基礎科目(例えば,統計や統計教育,あるいはSTEM教育のような,科学・技術・工学・数学の教育分野)にも容易に適用可能である.

キーワード:ラーニングアナリティックス,ドロップアウト,フォローアッププログラム,項目反応理論,習熟度確認テスト,アダプティブテスティング.


第66巻第1号97−105(2018)  特集「統計教育の新展開」  [研究ノート]

統計的問題解決を取り入れた授業実践の在り方に関する一考察
—既存のデータを活用した問題解決活動におけるプロセスの相違に着目して—

愛知教育大学 青山 和裕

要旨

新学習指導要領において小・中学校における統計教育は充実化され,特に,統計的な問題解決・意思決定活動が行われることとなった.学習指導要領解説には,統計的な問題解決プロセスとしてPPDACサイクルが提示されているが,「P:問題」「P:計画」「D:データ」を実際に行うのは時数的に,また授業運営の面からも負担が大きく容易ではない.それに比べて既存のデータを活用する実践は負担が軽減されるが,データ収集のプロセスがないため,PPDACサイクルとしては本来の定義と異なっている.そこで本稿では,統計的問題解決に取り組んだ実践事例等を概観し,既存のデータを利用する際のPPDACサイクルのプロセスの相違について分析し,今後の授業実践の在り方について示唆を導出することを目的とする.

キーワード:統計教育,データの活用領域,統計的探究,PPDACサイクル.


第66巻第1号107−120(2018)  特集「統計教育の新展開」  [研究ノート]

データサイエンス教育に関する調査結果からみる統計基礎教育の現状

実践女子大学 竹内 光悦
鹿児島純心女子短期大学 末永 勝征

要旨

2010年ごろからメディア等でも統計学やデータサイエンスが取り上げられ,初等中等教育でも統計に関する内容が拡充された.高等教育である大学でもデータサイエンス学部が開設,企業でも関連の勉強会やセミナーが実施され,統計に関連する知識や技能の修得を目指す動きが活発化してきている.しかしながら関連の学会・研究会等で発表される調査研究では,教員や児童・生徒・学生に十分にその有意性が伝わっているとは言い難い.そこで著者らはすべての人が最低限の統計を学ぶことの必要性を意識する環境づくりを主目的としたデータサイエンス教育の導入を検討している.著者らは現在の就業状況下での統計に関連する知識や技能の必要性,学習意欲等の現状把握に関する調査を実施し,その概要を報告した.本論文では著者らのこれまでに行った報告の内容を展開し,統計教育導入の基礎資料となるよう,この調査資料を検証した.この結果,統計・データ分析に関する能力の自己評価は低く,必要性はおおむね認知されているが,達成度は低いと思われていた.また内容については基礎的な内容を求める傾向があり,演習や社会調査・実験などと絡めた授業が望まれていた.

キーワード:アクティブ・ラーニング,高等教育,授業法,データサイエンス教育,データリテラシー.


第66巻第1号121−133(2018)  特集「統計教育の新展開」  [研究ノート]

高校数学における統計教育の教材開発とその実践

西日本工業大学 及川 久遠
京都大学 井出 和希
田園調布学園 細野 智之
静岡県立大学大学院 芥川 麻衣子
千葉大学 川崎 洋平
慶応義塾大学大学院 渡辺 美智子

要旨

高等学校の数学教育において必修科目である数学Iの単元「データの分析」の指導が始まり2018年度で7年目を迎える.そこで本研究ノートでは「データの分析」の学習内容を復習するために作成した教材とそれを用いた2つの授業実践を紹介する.はじめに行った特別授業は,薬ができるまでの流れや臨床試験について専門家による講話を行い,その講話の中で統計の利活用について触れ,続いて講話と関連した題材を用いて「データの分析」の復習を試みる内容になっている.次にこの特別授業を踏まえ,授業者である現場の数学教員が普段行っている授業に合うように教材をアレンジして行った通常授業の様子を紹介する.これら2つの授業後に実施した自由記述による生徒の感想から,いずれの授業においても生徒の統計学への興味・関心が増したことがわかった.また,この生徒の感想から創薬や臨床試験そのものにも高い関心があることがわかった.

キーワード:教材開発,授業改善,統計教育,数学教育.


第66巻第1号135−151(2018)  特集「統計教育の新展開」  [研究ノート]

高等学校における「データの分析」その後の統計教育実践の一事例
—データを活用する力の育成の観点から—

立命館宇治中学校・高等学校 酒井 淳平
立命館宇治中学校・高等学校 稲葉 芳成

要旨

「データの分析」が高等学校の「数学I」の内容となり2016年現在で5年目を迎えた.その一方で推測統計の内容を持つ「数学B」における「確率分布と統計的な推測」の分野の履修率は低いことが大学入試センター試験でのこの分野の選択状況からみて推測される.しかし,初等・中等教育における問題解決型の統計教育の更なる充実のためには一人一人の統計リテラシーの素養をさらに涵養することが不可欠であり,そのためには,初等・中等教育段階から現実のデータに日常的に接し,不確実性の概念について繰り返し訓練することが求められるものと考えた.本稿では,高等学校において実践した推測統計分野の教育実践について報告する.実践の当初では「データの分析」の定着の不十分さや実際にデータを活用することに不慣れな高校生の姿が見られたが,授業・演習・他者との協働を通じて受講した多くの高校生が課題学習としてデータを活用する姿を見た.

キーワード:データの分析,推測統計.


第66巻第1号153−165(2018)  特集「統計教育の新展開」  [研究ノート]

大学学部における統計教育の実践報告
—演繹と帰納をつなぐアクティブラーニング—

総合研究大学院大学/芝浦工業大学 石綿 元

要旨

本研究ノートは,一般的な理科系大学の学部統計教育におけるアクティブラーニングを導入した講義の実践報告である.アクティブラーニングの展開として導入した教育方法は,履修学生各個人の興味関心に応じたレポート作成を課すことである.その目的は,教室における丁寧な演繹的内容の解説と,レポート作成時の自主的な活動による帰納的思考を,自然な形で融合させ,演繹と帰納をつなげて思考する統計の考え方を,経験を通じて理解させることである.このことにより,履修者自らの能動的な活動を促し,各自にとって身近なデータを実際に解析させることで,より深い統計の理解が得られ,学生の満足度も高いことがわかった.

キーワード:大学学部統計教育,アクティブラーニング,演繹と帰納.


第66巻第1号167−176(2018)  特集「統計教育の新展開」  [研究ノート]

中心極限定理のクリッカーによる教室実験が効果的であるために必要なクラスサイズの評価

龍谷大学 樋口 三郎

要旨

教室内の学習者が送信した情報を即時に収集,集約して表示する装置であるクリッカーを用いて,教室で学習者が自ら標本抽出を行って中心極限定理を実証する学習活動を提案する.この活動では,学習者が形成に関与したデータを用いて学習者の関心を喚起するが,活動が効果的であるかどうかは形成される標本のサイズに依存する.このサイズは単純な場合にはクラスサイズ(学習者数)と一致する.学習が効果的となるために必要なサイズを,質問紙調査を行い項目応答理論で分析して評価した.質問紙は,多数のヒストグラムを示し,正規分布と似ていると感じるかどうかを調べるものである.その結果,考慮した特定のタイプの教室実験については,80名のクラスにおいて,中心極限定理への信頼が高まる学習者の比率は1/2を越えない程度であることがわかった.これは十分に高い比率とは言えないので,実質的な標本サイズをクラスサイズより大きくする工夫が必要である.

キーワード:クリッカー,教室実験,中心極限定理,統計教育,項目応答理論.


第66巻第1号177−186(2018)  特集「統計教育の新展開」  [研究ノート]

統計教育連携ネットワーク(JINSE)の展開

青山学院大学 美添 泰人

要旨

文部科学省の大学間連携共同教育推進事業として2012年に発足した統計教育大学間連携ネットワーク(JINSE)の5年間の活用を要約し,その後継組織として2017年に発足した統計教育連携ネットワーク(拡大版JINSE)について紹介する.

キーワード:統計教育,学習達成度評価.