第64巻第1号3−22(2016)  特集「生態学における統計モデリング」  [研究詳解]

動的サイト占有モデル
―状態の不確実性を考慮したサイト占有動態の統計的推測

統計数理研究所 深谷 肇一

要旨

生態学研究で行われる種々のサイト占有状態の調査では分類誤差が発生することがあり,サイト占有状態の観測は不確実性を伴う.このような占有状態の不確実性を無視することは,一般的に,関心のあるサイト占有状態そのものとサイト占有動態を駆動する生態学的過程の推測にバイアスをもたらすことになるため,分類誤差はデータの収集とその解析の過程において適切に考慮されることが重要である.本稿では,分類誤差を考慮してサイト占有動態の統計的推測を行う動的サイト占有モデルと,それを一般化した枠組みである多状態動的サイト占有モデルについて,その動機や適合する調査デザイン,およびモデルの定式化についてその概要を示す.また様々な生態学的問題に適用できる多状態動的サイト占有モデルの1つの例として,固着性生物の観察で生じる特定の観測誤差を考慮した群集動態モデルを紹介し,固着性生物群集動態の推測において動的サイト占有モデルを用いることの利点を述べる.

キーワード:階層モデル,隠れマルコフモデル,生態学,不完全な発見,Pollockのロバストデザイン.


第64巻第1号23−38(2016)  特集「生態学における統計モデリング」  [研究ノート]

多変量状態空間モデルを用いたリター分解実験のためのパラメータ推定

国立環境研究所 仁科 一哉

要旨

自然生態系において落枝落葉(リター)の分解のプロセスは,光合成による一次生産と同様に,生態系全体の短期的・長期的な炭素収支を決める重要な生態系プロセスである.生態学における研究では,リターバッグ法と呼ばれる野外培養法によって,リターの分解速度の観測を行ってきた.本研究ではLIDETと呼ばれる北アメリカを中心にして行われた複数サイトのリター分解実験の結果を用いて,リター分解速度定数およびその環境応答を推定するモデルを提案する.リター分解の時系列データに対して多変量状態空間モデルを構築し,MCMCによるパラメータ推定を行った.用いたデータは26の異なるサイトから得られたものであり,各サイト内に繰り返し数が4つある時系列データである.採取時間間隔は数カ月毎から各年とサイトにより様々であった.本研究では,落葉広葉樹のサトウカエデと,常緑針葉樹のアメリカネズコの観測結果に対して,同じモデルを導入してパラメータ推定を行った.気温応答の樹種間差異は殆ど見られなかったが,降雨応答に関してはアメリカネズコの方が少降雨時においても,高い分解活性を示す傾向にあった.また観測データでは十分に観測できない,リター分解の季節変動を推定することが可能になった.生態学研究としてはサンプルサイズが大きい部類に入るが,利用したデータはバラつきが大きくかつノイジーであるため,いくつかのサイトでは状態空間モデルの導入によってはじめて速度論的な推定および定量的な環境応答が可能となった.またサンプルサイズが小さいサイトにおいても,ランダム効果を用いてサイト間の情報を縮約させることによって,妥当な推定を行うことができた.

キーワード:状態空間モデル,リター分解,生態系炭素循環,欠損値,階層ベイズモデル,縮約推定.


第64巻第1号39−57(2016)  特集「生態学における統計モデリング」  [総合報告]

水産資源学における統計モデリング

国立研究開発法人水産総合研究センター中央水産研究所 岡村 寛
国立研究開発法人水産総合研究センター中央水産研究所 市野川 桃子

要旨

水産資源学は,生態学とは異なる側面を持っている.実験が難しく,主要なデータが漁業からのものであるという点で,不確実性が大きく,バイアスの混入もしばしば見られる.そのような問題に対処するため,古くから統計モデルの活用が積極的に進められてきた.水産資源学は,大きく分けて,資源評価と資源管理からなる.資源評価,資源管理で使われる統計モデルの概要を紹介する.生態学と水産資源学で使われる統計モデルには多くの共通点があり,統計モデルを媒介として,水産資源学と生態学の協調・融合が進むことを期待する.

キーワード:漁業,統計モデル,資源評価,資源管理.


第64巻第1号59−75(2016)  特集「生態学における統計モデリング」  [研究詳解]

一般化状態空間モデルで漁業動態を記述する
―マサバ努力量管理効果の定量評価

水産総合研究センター 市野川 桃子
水産総合研究センター 岡村 寛

要旨

シミュレーションモデルを用いて様々な資源管理の方策を評価するmanagement strategy evaluation(MSE)は,水産資源や野生生物の管理を主な目的の一つとする水産資源学や応用生態学において重要なツールとなりつつある.ここでは,マサバの努力量管理のMSEにおいて統計モデルが用いられた一つの研究例を紹介する.この研究は,漁獲努力量(操業日数)と漁獲量の関係を確率モデルで表し,管理によって獲り控えられた漁獲分が個体群動態を通してその後の資源回復にどれだけ寄与したかをシミュレーションにより評価したものである.結果として,日々の漁獲量と出漁隻数を表す時系列データに潜む自己相関構造と,資源の増減に反応した漁業者の努力量の変化が努力量管理の効果に大きな影響を与えていることが明らかになった.通常のMSEでは努力量と漁獲量の関係(漁業動態)が単純な線形関係で表現されることが多いが,本研究の成果は漁業動態を実データに即した統計モデルで表現することの重要性を示している.今後,資源管理の分野の中で統計モデルが積極的に使われ,より実際的な管理方策の評価に繋がることを期待する.

キーワード:資源管理,水産資源,管理方策評価,マサバ,漁業動態.


第64巻第1号77−92(2016)  特集「生態学における統計モデリング」  [研究詳解]

安定同位体比データをもちいた補食-被食ネットワークのモデル化

国立環境研究所/ゲルフ大学 角谷 拓
総合地球環境学研究所/独立行政法人科学技術振興機構,CREST 長田 穣
東京大学大学院 瀧本 岳

要旨

近年,炭素や窒素,あるいは硫黄の安定同位体比から,食物網構造を探る試みが盛んに行われている.ある特定の消費者とその餌種だけに注目した場合には,消費者と餌種の安定同位体比から各餌種の貢献比率を統計的に推定する方法(混合モデル)は既に確立している.しかし,従来の混合モデルでは食物網の全体構造を定量的に推定できない.本稿では,胃内容分析や糞分析,文献調査等から得られる食物網構成種の間の食う-食われる関係の有無を0(無い場合)と1(有る場合)で記述した二値食物網データと,食物網構成種の安定同位体比データを取得することによって,その食物網における全ての消費者について異なる餌資源の貢献比率を同時に推定することを目的に開発されたベイズ推定モデルIsoWebを紹介する.仮想食物網データを用いたIsoWebの推定精度の検証の結果,IsoWebは現実的な構造やデータの不確実性をもつ食物網において,各餌資源の貢献比率を十分な精度で一括して推定できることが示された.また,安定同位体比データにもとづいた妥当な食物網構造の選択など新たな応用の可能性も示された.

キーワード:群集生態学,安定同位体,食物網,混合モデル,MixSIR,SIAR.


第64巻第1号93−103(2016)  特集「生態学における統計モデリング」  [研究ノート]

機械学習法を用いたSPOT5/HRGデータの土地被覆分類とその精度比較

新潟大学大学院 望月 翔太
新潟大学 村上 拓彦

要旨

近年,植生図作成においてオブジェクトベース画像分類を用いた研究事例が増えてきた.オブジェクトベース画像分類では,オブジェクトの基礎統計量や形状,テクスチャなど多くの特徴量を使用する事ができる.これにより,多次元の特徴空間を持つデータを分類する事が重要な課題となっている.これまで標準的に使用されてきた最尤法や近傍法では,多次元のデータから明らかになるパターンや関係性を特徴付けられないという指摘がある.この時,機械学習による分類が有効視されている.本論では,機械学習方法であるCART,Bagging,Boosting,Random Forest,SVMを用いた画像分類を試みた.本研究の対象地は新潟県佐渡市である.2007年6月に取得されたSPOT5/HRGデータ(パンシャープン画像)を使用した.分類クラスは広葉樹林,スギ林,アカマツ林,竹林,水田,市街地,道路,裸地の8クラスとした.また,特徴量として,オブジェクトの基礎統計量や形状,テクスチャを含む4つのデータセットを用いた.得られた分類画像の精度を比較した結果,BoostingとRandom Forest,SVMにおいて高い精度が得られた.最も分類精度が低かった手法はCARTだった.異なるデータセットでの分類結果から,使用する特徴量が多次元の場合は,Random ForestとSVMが有効な手法となる.一方,使用する特徴量が少ない場合,Boostingの精度がRandom ForestとSVMに勝る.使用可能な特徴量の多さに応じて,どちらの機械学習法を採用するか決める必要がある.

キーワード:衛星リモートセンシング,土地被覆,画像分類,オブジェクトベース,集団学習.


第64巻第1号105−121(2016)  特集「生態学における統計モデリング」  [総合報告]

生態学・進化生物学のメタ解析のための統計モデル

University of New South Wales 中川 震一
北海道大学大学院 久保 拓弥

要旨

生態学・進化生物学の分野において,いまやメタ解析は多くの一次研究(primary study)を定量的に統合するもっとも有望な手法となっている.この手法はもともとは医学・社会科学の分野で発展してきたもので,それは固定効果(fixed effects)モデルやランダム効果(random effects)モデルなどの適用から始まった.メタ解析で扱うデータとは効果量の集まりであるが,生態学・進化生物学の分野ではこれらはより不均質(heterogeneous)かつ相互依存的(inter-dependent)であるという特徴を持つので,効果量間の独立を仮定している上にあげた従来的なメタ解析モデルでは,うまくあつかえない.生態学・進化生物学分野におけるメタ解析では,一次研究内での効果量の非独立性,あるいは対象となる生物種(species)間の系統学的な近縁性といった非独立性(相関構造)をあつかわなければならないことが多い.これらの非独立性を扱うために提案されたメタ解析の統計モデルを紹介する.系統学的な比較法をくみこんだマルチレベルモデル,すなわち系統学的マルチレベルメタ解析は生態学・進化生物学分野で頻出するデータを解析するのに適している.またメタ解析の不均質性I2とメタ回帰のR2の概念についても検討する.メタ解析のモデルは発展しつつあるが,生態学・進化生物学分野ではその利用は進んでいない.この分野の研究者たちに対する実効性のある教育プログラムが必要である.

キーワード:システマティックレビュー,定量的研究,データ統合,階層モデル,混合効果モデル,系統樹.


第64巻第1号123−137(2016)  [研究ノート]

市民主導型環境保全意識の規定因
―日本,韓国,中国における環境意識の国際比較

統計数理研究所 朴 堯星

要旨

近年,環境問題に対する関心が広がっている.日本では2005年に発効された京都議定書により,2008 年から2012年の間に二酸化炭素などの温室効果ガス排出量を1990年比で6%削減することを義務づけられている.環境問題に対する受け止め方が多様化してきた今日,市民一人一人も環境問題の当事者としての意識を持ち,市民のライフスタイルを見直していくことが求められる.しかし,東アジアの諸国のように,様々な環境問題が国境を越えて深刻化している現在では,各国の文化や価値観,さらには経済発展の度合いの違いによって環境保全意識が変動する可能性がある.

本稿では,越境型環境問題の解決に向けた国際的な協力体制が求められている今日,越境型環境問題に直面している日韓中を対象とし,市民主導型環境保全意識の実態を現地調査データによって概観するとともに,各国における市民主導型環境保全意識が醸成される要因を探ることで,日韓中の人々における市民主導型環境保全意識の規定構造の解明へつながることを期待する.

キーワード:国際比較,環境意識,社会調査,一般市民,世論.