第63巻第1号3−27(2015)  特集「地震予測と統計モデル」  [研究詳解]

地震の確率予測の研究—その展望

統計数理研究所 尾形 良彦

要旨

いつ頃どの辺でどの位の大きさの地震が起き得るのか,地震の確率予測は不確定性を伴う.地球物理学,地質学や歴史記録の知見に基づいた数々の地震シナリオに加えて,地震発生の統計的経験則,異常事象の記録データなどが必要である.各種観測データに適合した統計モデルを開発し,それを基準に使ってデータから異常事象を検出することが求められる.そのうえで,異常事象が大地震の前兆たり得るのかを統計的に識別したい.異常事象と大地震発生との統計的因果関係を解析するため,時空間的な危険度や切迫度の変化をモデル化して確率的予測に結びつける.そのために確率点過程の考え方が重要である.一種類の異常事象だけでは十分大きな変化幅のある確率利得で予測できないかも知れないが,幾種類かの異常事象が同時に観測されれば,予測確率が高まることもある.長期,中期,短期の予測を可能にする知見や異常事象を探し,それらを手掛かりに複数要素の確率予測モデルを構成する必要がある.

キーワード:異常事象,確率点過程,条件付き強度関数,基準地震活動モデル,複数要素確率公式,予測確率利得.


第63巻第1号29−44(2015)  特集「地震予測と統計モデル」  [研究詳解]

地震予測の評価法について

統計数理研究所 庄 建倉
統計数理研究所 尾形 良彦

要旨

地震予測可能性の研究には予測結果を客観的に評価できることが必要不可欠である.滅多に起こらない大地震と小さな地震ではその発生確率が極めて違い,予測が当たった場合の評価も大きく違う.地震活動度による地域差も評価に関わる.先ず各地域に適合した経験的な地震活動による基準予測を確立する必要がある.確率予測の成績を測るものとして情報利得が合理的である.新しい予測モデルが提案されれば,基準のモデルの予測と比較して,予測能力がどの程度向上しているか否かの評価ができる.赤池情報量規準AICやABICは提案モデルの将来の予測の良さを予め現在のデータのみで推定する評価スコアとして有用である.予測のアルゴリズムや予測の経験が発展途上であるため,確率の数値予測を出すことが難しい場合がある.したがって,その多くは警告型の予測(二値予測)である.本稿では更に警告型地震予測を評価するためのグラフ法やギャンブルスコア法を解説する.これにも地震の大きさや活動度の経験的な基準確率(相場)の設定が不可欠である.相場に基づいた公平な賭けのもと,警告型予測の成功または失敗の結果の得失スコアを比較する評価法である.経験的基準確率としては,グーテンベルグ・リヒター則(指数分布)を地震の大きさの出現頻度とする.時間・空間に一様な地震発生モデル(定常ポアソン過程)が考えられている.しかし,より現実的に,地震活動度に合わせた空間非一様なポアソン過程や地震の連鎖過程などを基準モデルに設定すると,現状の警告型予測が基準予測より良い評価を得るのは難しくなる.

キーワード:地震確率予測,基準予測,警告型地震予測,情報利得,ギャンブルスコア評価,赤池情報量規準.


第63巻第1号45−64(2015)  特集「地震予測と統計モデル」  [研究詳解]

地震活動の異常性とモデリング

統計数理研究所 熊澤 貴雄

要旨

点過程ETAS(epidemic-type aftershock sequences)モデルは地震の発生時系列を表現し解析する統計モデルである.点過程の「条件付き強度関数」(conditional intensity function)は地震発生の切迫度を予測する関数であり,地震の確率予測の計算に必須である.また,通常の地震発生の時系列(地震活動)に何らかの異常が介入した場合に,それらを検出する手法を与える.異常性の特徴を捉え,条件付き強度関数に組み込むことは地震予測の精度向上に必要である.本稿では,ETASモデルによる地震活動の変化点解析を詳説し,異常地震活動をインバージョン解析する非定常ETASモデルを解説する.これらの解析例として東北沖地震によって誘発された地震活動を考察する.

キーワード:点過程,条件付き強度関数,ETASモデル,異常地震活動,非定常ETASモデル.


第63巻第1号65−81(2015)  特集「地震予測と統計モデル」  [研究詳解]

本震直後からの余震活動のリアルタイム短期予測と中期予測

東京大学 近江 崇宏

要旨

大きな地震が起こると,それに引き続きおびただしい数の地震,いわゆる余震が起こる.強い余震は時として被災地に追加的な被害をもたらすことがある.そのため,余震からの被害の軽減を目的として,余震活動の予測がこれまで行われてきた.しかしながら現在行われている余震の予測にはいくつかの問題がある.例えば,多くの強い余震が本震直後に起こるにもかかわらず,早い段階から予測を行うことは,初期の余震のデータの欠損のため非常に難しい.また,余震活動は長い期間にわたって続くために,中期的な予測をたてることも重要だが,限られた初期の観測データからこれを行うこともまた難しい.私たちは現状の余震活動予測を改善し,より防災上有用なものにすべく,このような課題を解決するための研究をおこなってきた.本稿では,より実践的な予測を行うための統計的な方法論についての概説を行い,実際の余震観測データを用いてその有用性を示す.

キーワード:統計地震学,点過程,確率予測,ベイズ統計.


第63巻第1号83−104(2015)  特集「地震予測と統計モデル」  [研究ノート]

活断層で繰り返される地震の点過程モデルとその長期確率予測

東京工業大学 野村 俊一

要旨

日本には非常に多数の活断層が分布しており,それぞれが大地震を将来引き起こす危険を孕んでいる.各々の活断層はある程度周期的に活動を繰り返しており,その活動周期や前活動時期も異なることから,現時点における地震危険は活断層によりまちまちとなる.本稿では,この``繰り返し地震''の危険性を長期確率予測として評価するための統計モデルおよび予測手法を解説する.大地震の予測においては,その活動周期の長さゆえにデータの不足および信頼性の問題がつきまとう.これらは統計モデルの適用に障害となるだけでなく,予測誤差として重大な影響をもたらしうる.上記問題に起因するパラメータの推定誤差やデータの不確定性に対処し,安定した予測性能を確保する手段として,ベイズ統計を用いた予測手法を紹介する.さらに近年では,海底下で発生する小規模の繰り返し地震が地震予測の一つの鍵として注目を集めている.2011年東北地方太平洋沖地震のような海溝型巨大地震の前ぶれとして,震源域の周辺でゆっくり滑りと呼ばれる先行活動がしばしば起こり,それが小規模の繰り返し地震活動の変調として観測されるためである.ここでも,非定常な更新過程モデルが繰り返し地震活動の変化の解析に重要な役割を果たしている.

キーワード:繰り返し地震,長期確率予測,Brownian Passage Time分布,更新過程,ベイズ予測.


第63巻第1号105−127(2015)  特集「地震予測と統計モデル」  [研究詳解]

GPSデータの逆解析と地震の発生予測

統計数理研究所 松浦 充宏
構造計画研究所 野田 朱美

要旨

地震の原因は岩石の脆性破壊であるから,その発生を決定論的に予測することはできない.そこで,1890年代以降,過去の地震活動データから未来の地震の発生を確率論的に予測する様々な統計モデルが提案されてきた.一方,1990年代に入ると地震の発生過程を物理的に理解しようとする研究分野が誕生し,現在では様々な断層構成則(摩擦則)を支配法則とする地震発生の物理モデルが提案されている.これらの物理モデルでは,地震の発生は断層面に働く剪断応力の解放過程として記述される.従って,物理モデルと統計モデルは応力を介して密接に結びついているはずである.しかし,地殻の応力状態を知るのは容易なことではない.現時点では,地震のメカニズム解やCMT(Centroid Moment Tensor)解の逆解析から地殻の応力パターンが,また,GPS(Global Positioning System)データの逆解析から応力変化が推定できるに過ぎない.本稿では,主に後者について,その考え方と手法を解説し,実際の解析結果を地震の発生予測という観点から考察する.

キーワード:地震発生,統計モデル,物理モデル,地殻応力,GPSデータ,逆解析.


第63巻第1号129−144(2015)  特集「地震予測と統計モデル」  [研究詳解]

地球潮汐と地震活動との相関を用いた地震活動予測

常磐大学/統計数理研究所 岩田 貴樹

要旨

過去,多くの研究によって,地球潮汐に起因する周期的な応力変動と地震活動との相関が議論されている.本稿では,この種の相関を議論するためによく用いられている統計的手法と,それに関連した近年の知見について紹介する.特に,この種の相関の有無が,地殻の応力状態を知るための指標となり得ることを指摘し,地震予測との関連性について議論する.更に,相関を網羅的に調べることに向けた提言を行ない,この分野の今後について展望する.

キーワード:地震活動,地球潮汐,点過程解析,地震活動予測.


第63巻第1号145−161(2015)  [原著論文]

デフォルト企業の正常復帰に関する要因分析と正常復帰確率推定モデル

総合研究大学院大学/日本学術振興会 田上 悠太
統計数理研究所 山下 智志

要旨

信用リスク研究は,非デフォルト債権に対するデフォルト確率の研究が中心に行われており,デフォルト債権の研究は限られている.デフォルト債権の研究においては,正常復帰確率の分析が重要で,本研究ではデフォルト債権の正常復帰確率推定モデルを作成し,正常復帰に影響を与える要因について分析した.2007年3月から2012年3 月までのある地方銀行の法人向け貸付債権に対して,担保情報,保証情報,財務情報,時間情報を説明変数に用いたロジットモデルを作成し,正常復帰に影響を与える要因について分析した.また,本研究ではBox-Cox変換の負の値への拡張であるYeo-Johnson変換(YJ変換)をモデルの説明力向上のために用いた.AIC,AUC,Hosmer-Lemeshow統計量をもとにモデル評価を行い,モデルの説明変数として,YJ変換済みの財務変数,財務評点,時間情報カテゴリー変数などを選択した.また,YJ変換を施したモデルと施していないモデルをAIC,AUC,Hosmer-Lemeshow統計量に基づいて比較を行い,YJ変換によるモデルの説明力の向上を確認した.

キーワード:信用リスク,正常復帰確率,LGD.


第63巻第1号163−195(2015)  [研究詳解]

「お化け調査」が浮き彫りにする人々の意識の基底構造
—アジア・太平洋国際価値観調査(APVS)の関連データの概説—

統計数理研究所 朴 堯星
統計数理研究所 吉野 諒三

要旨

統計数理研究所では,1953年以来の「日本人の国民性」調査や1971年以来の国際比較など,統計科学的標本抽出法に基づき各国の人々の意識について,調査研究を遂行してきた.その流れの中で,1970年代後半頃より林知己夫を中心に「お化け調査」というニックネームの「基底意識構造調査」研究が展開され,例えば「合理派の人々vs合理派ではない人々」などのパーソナリティの分類について研究されてきた.本稿では,まず,林の基底意識構造調査の背景を説明し,その質問項目と成果について簡単に触れる.次に,筆者らの「アジア・太平洋価値観国際比較調査」の中で,「お化け調査」に関連する項目(素朴な宗教的感情,超能力や妖怪などに対する興味,死生観)について基礎データを概観する.

結果として,「お化け調査項目」について,日本人のデータに対しては林の先行研究と完全に同じやり方では「合理派の人々vs合理派ではない人々」のパーソナリティの分類は明確ではないものの,概ね,同様の分類の傾向は確認された.他の国でも概略的には同様の傾向が認められる一方で,詳細には各々の国・地域で異なる様相が見られ,単純に,1つの共通尺度で各国・地域の人々の心の基底構造を定量的に深く解明することができるとは考え難く,幾つもの課題が示唆された.本稿は意識の国際比較の基礎データの一部を概観し,幾つかの課題を示唆するに過ぎないが,これが近い将来,日本人の「意識の基底構造」に関する先行研究の再考を含め,各国の人々の「意識の基底構造」の解明へつながることを期待する.

キーワード:無作為標本抽出調査,アジア・太平洋国際価値観調査,死生観,宗教的感情,お化け調査,文化多様体解析(CULMAN).